2話
とりあえず2話で山城の話は終わりです。
私は涙を隠しつつリボルバーを敵に向け放つ。
リボルバーを撃った数秒後、1隻の駆逐艦が火達磨に変わった。
「駆逐艦叢雲、炎上、艦隊より後落します!!」
大和、武蔵、信濃、紀伊、伊豆の5隻も砲撃を開始した。
目標は恐らくアイオワ級とモンタナ級、どちらも米国が建造した戦艦の中でも5万tを大幅に上回る巨大な戦艦で、攻防どちらも優れている。
10秒後、伊豆の搭載していた51㎝砲の衝撃がここまで伝わってきた。
51㎝砲を搭載する戦艦なんて後にも先にもあの1隻だけね・・・・・・
私はそう思いつつ再びリボルバーに弾を込める。
その私の横で原田砲術長が主砲の仰角を修正する様に命じていた。
「装填完了次第、奇数砲塔は左修正2.5、右修正5.7、偶数砲塔はその逆、各砲塔調整次第、射撃開始!」
私は再びリボルバーを敵に向け構え、射撃準備を整えた。
「撃て!!」
原田砲術長がそう叫ぶとこの船が装備する36㎝連装砲6基12門が一斉に火を噴き、私が握っていたリボルバーも火を噴く。
次の瞬間、艦橋の砲術指揮所が大きく揺れたかと思うと物凄い爆風がこの船を覆い、砲弾が放物線を描いて目標へ飛翔する。
長門に陸奥、金剛、霧島、比叡の5隻と私はサウスダコタ級とノースカロライナ級に狙いを定めているが、明らかに長門さんと陸奥さん以外は敵艦と互角に戦える筈がないが、滝本艦長と原田砲術長の判断は的確だった。
私の放つ砲弾は5:5の割合(つまり12発中6発が)で三式弾と徹甲弾を混ぜ、三式弾で敵のレーダーや対空砲、艦載機などに引火させ、更に熱せられた鋼鉄部分に徹甲弾を炸裂させ、上手く行けば敵艦で大火災が発生し、それによって撃沈とはいかなくても戦闘不能に追い込めると踏んだのだ。
長門は戦艦アラバマに多数の命中弾を与え、航行不能に追い込んだが、結局副砲3基全損と航空機甲板が甚大な被害を受けていた。
一方、陸奥はマサチューセッツを大破させたものの第3砲塔が被弾で使用不能に陥り、誘爆防止の為に注水を決心し、戦闘能力は3/4になった。
榛名はワシントンに撃ち竦められた、沈みつつあったが、そのワシントンも被弾でこちら側の高角砲が全て無くなった様に見えた。
金剛もインディアナとの撃ち合いで海中に没したが、インディアナ自身はアイオワを撃破した直後の大和の砲撃で轟沈したのである。
霧島はサウスダコタとの死闘を制し、浮かんでいたが、艦載機用射出機や第3砲塔に後部艦橋などは大きく損傷していた。
「山城に長門、私は大丈夫だ・・・・・・それよりも目の前で二人の姉を失うとわな・・・・・・くそ、私が未熟だったせいか!!」
霧島はそう言うと自分の船の砲術指揮所の壁を殴った。
その直後だった、米国の46㎝砲搭載戦艦であるメインと撃ち合っていた伊豆の方から巨大な爆音が轟いてきたのである。
2隻の巨大戦艦の殴り合いは共倒れに終わった。
私はあの砲撃戦の末、戦艦ノースカロライナに大きな損害を与えたものの、ノースカロライナからの砲弾を多数浴びて、第2、5、6砲塔や副砲群を損傷したものの、奇跡的に機関室には浸水が無く航行を続けられたわ。
1945年3月、ようやくどこかの外国で停戦条約が結ばれ、長い戦争が終わると陸海軍は組織再編を始めたわ。
そして1950年、私は長門、陸奥、霧島と共に最後のご奉公として北朝鮮砲撃作戦に大和、武蔵と共に参加したわ、それが最後の戦いだった。
~~~~~~~~~~~~~~~回想終了~~~~~~~~~~~~~~
そして1960年から私は舞鶴湾の奥にある軍艦山城記念館として海軍から名が変わった海上自衛隊に理解を深める活動の為に使われている。
もうすぐ新しいミサイル巡洋艦ができるらしいけど、その船にやましろの名が付く事が決まったらしく、私には凄く嬉しい知らせだった。
作中の終わりに登場するミサイル巡洋艦やましろ
全長200m、全幅20m、満載排水量1万5700t
艦橋 史実のイージス艦こんごうの物を搭載、史実ではマストがある場所がある場所に何も無く、原子力艦故に史実のこんごうなら第1煙突がある場所にマストがあるが、史実では第1煙突であるマストと第2煙突となる後部マストの間に対艦ミサイル発射機を装備している。
実物的に言えば船体はロング・ビーチ、艦橋はこんごうと言った所。




