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臣民のエジンコート【完結】  作者: 狛犬えるす
第五章:1940 Catapult M.V. L.23:34
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西暦1940年7月上旬 アルボラン海『前日』

 イタリア王国の総統であるムッソリーニ曰く、地中海は「我がマーレ・ノストラム」とのことであり、昨年の三月にはイタリア海軍に、地中海内外のあらゆる場所で攻撃態勢をとるようにと命じていた。




 だが、それがどうしたことか。




 1940年7月2日。

 H部隊は、地中海西部のアルボラン海を順調に航行している。

 ジブラルタルから出発したこの艦隊は、地中海旗艦である巡洋戦艦『フッド』を初め、戦艦『レゾリューション』戦艦『ヴァリアント』そして戦艦『エジンコート』に、航空母艦『アーク・ロイヤル』が主力として肩を並べていた。さらには、軽巡洋艦『アリシューザ』と『エンタープライズ』が、駆逐艦は十一隻がいる。


 駆逐艦の内訳はF型駆逐艦『フォークナー』『フォックスハウンド』『フィアレス』『フォアサイト』、E型駆逐艦『エスコート』にK型駆逐艦『ケッペル』A型駆逐艦『アクティブ』、V及びW型駆逐艦『レスラー』に『ヴィデッテ』と『ボルティゲルン』であった。

 

 総数、十八隻からなる艦隊はジブラルタルより出発し、目下、フランス領アルジェリアのオラン県メルセルケビール沖へ向けて航行を続けていた。



 メルセルケビールにはフランス海軍襲撃部隊第一艦隊が控えており、これは戦艦四隻を含む総数十一隻の艦隊であったが、そもそもフランス政府はドイツとの間で休戦中であり、彼らに命令を下す海軍本部は連絡すらおぼつかないありさまであった。

 メルセルケビール以外には近隣のオランにいまだ駆逐艦が十隻いたが、その駆逐艦隊にせよ第一艦隊にせよ、フランス海軍がこれからどう舵を切り、どういった方針の下で戦うのかはいまだ不明瞭であった。

 個人としての発言が、その願いを打ち明けることが許されるのであれば、マリア・ヴィクスはフランス海軍がこちらの要求を飲み、ともにドイツと戦ってくれることが良いと思っている。英国とフランスはたしかにドーヴァーのように溝があるが、それでもこの二つの国と二つの民は共同して一つの敵と戦うことが出来るはずだと。



 だが同時にヴィクスはそう思うが故にこうも思っていた。



 フランス海軍はそれだけの大戦力であり、その戦力がドイツに渡ることはどうやっても避けなければならない。たしかにフランスはさきの大戦で大損害を蒙り、政権も経済も不安定だったがそれでも列強であることに変わりはない。その海軍力がドイツの手に渡ったとき、英国が被る戦略上の脅威は看過できるものではない。

 もし、フランス海軍がドイツに渡ったとしたらどうなるか。

 それは英国の海軍力で相手を押さえつけることができず、相手がそれを望むのならばまったくもってすべきところではない艦隊決戦などをやらされる可能性もある。

 そうでなくとも高速戦艦有するフランス海軍は通商破壊にでも徹せば英国のシーレーンは食いちぎられ、各戦線への補給路は安全ではなくなり多くの輸送船や船員たちで海が赤く染まるであろう。


「…………」


 しかし、である。

 だからといってフランス海軍を相手に砲門を向けるのは、ヴィクスにとっては拒否できるのであれば拒否したい任務であった。自分が軍人である以上、命令には忠実であり、忠誠を尽くすのが当然であるとしても、である。

 ヴィクスは艦橋の艦長席に座ってH部隊の面々を見つめながら、願わずにはいられない。フランス海軍が強行的な態度を取ることなく、大人しく英国に組してくれることを。先の大戦のように再び両国が手を取り合い、連合軍としてドイツに立ち向かうことを希望した。

 彼らは己の国土を蹂躙されても、パリを砲撃されても、諦めずに戦い続けた。

 彼らは諦めることはない。

 フランスという国はフランス人がいる限り不滅である。

 ドイツが傀儡化した後でもなお、彼らはドイツと戦い続けるに違いない。

 少なくともヴィクスはそう確信している。


「……しかし、単翼機が主流だというのに、我が軍の攻撃機は未だにアレですか」

「海軍航空隊は空軍のお下がりしか貰えないそうですから、しかたないでしょう」

「いくらストリングバッグといえども、底が抜ける日は必ず来るだろうに」


 特徴的な逆ピラミッド型の艦形の空母『アーク・ロイヤル』を眺め士官たちが呟くのを聞きながら、熱い珈琲をポットからカップへ注ぎ、それを飲む。

 少しでも良いから楽観的になりたかった。

 自分が無責任で適当な命令で部下を殺すのをためらわない人間であればどれだけ楽だろうかと考えると、自分がどれほど自分を追い詰めているのかが分かってしまい、その度にヴィクスを疲れと痛みが襲うのだ。正しいから正しいのだという原則を受け入れ、正義や宗教にすべてを投げ打ってしまい意味など考えなければ良いと言うのに。

 ヴィクスは、士官や艦橋要員たちの声を聞き、穏やかな海原と塗り替えられたばかりの色で映える戦艦『エジンコート』を眺めながら考える。

 寒かろうが熱かろうが、この疲労感は消えず、痛みもまた自分の中にあり続ける。身体は痛みに病まれ、そしてこれからは戦争が心さえをも病んでいくだろう。

 その中において正気であろうとすることが、どれだけ困難かヴィクスは知らない。

 正気であろうとすること事態が狂気だということにも、気付かないだろう。

 

「艦長、先は短いですが到着は夜を跨ぎます。お休みになられてはいかがでしょうか」


 声をかけられてヴィクスがいつの間にか伏せていた顔をあげると、ニーナ・マクミランがこちらを伺っていた。頼れる副官の声を受け、ヴィクスは無意識に頬を緩ませながら言った。


「……ああ、そうしようか。少し、身体に無理をさせすぎていたからな」

「了解しました。艦長、休まれます」


 椅子から立ち上がり、マクミランに労いの言葉をかけてやってからヴィクスは仮眠室へと降りていった。何度この道筋を往復したことかと考え、この固いベッドはどうにかならないものかと思いながら、ヴィクスはいくつか首から胸までのボタンを外し、帽子をラックにかけてベッドに横になった。

 次に起きた時、フランス海軍が友軍となることを期待しながら、ヴィクスは深く息を吸い、吐き出し、意識を手放した。


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