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短編もの。

マリィ、どこにもいかないで。

掲載日:2026/07/26


 優勝はスペインだった。サッカーはあまり好きじゃなかった。サッカー選手という人種は、相手と接触した際に過剰に痛がる演技をする。ワークショップ出身の劇団員のように。面白くないことを声量で誤魔化すお笑いの人みたいに。痛み×()痛みが交差する空間の中で、ある種のフィクション的喜劇模様が顔を覗かせてくる。


 二個上のマリィはサッカーが好きだから、そういう指摘をすると「野暮ね」と一蹴してくる。続けて「一個目の発想だし」と脛を蹴られる。過剰な演技はしまいと、膝当てをさすりながら「じゃあ二個目はなんなの?」と聞くと「わすれた。」と返される。


 今日も、彼女はパンツが丸見えだった。


 ×××


 マリィは足元が隙だらけだ。

 練習中もドリフトで可憐に走り去ろうとするのに、切り返しのターンでボールを奪われている。普段の生活から、足元の疎かさは溢れ出ている。


 いつだって、下着が丸見えだった。

 それを何度も指摘してるのに「気のせい」「勘違い」「アンタの網膜が視認ミスを起こしているだけ」とか言われてしまう。


 実際自分は生まれつき色弱気味なところがあるので、本当にマリィの正しいパンツの色を認識できていない可能性もある。例えば今日のマリィは黒マリィだったけれど、これが仮に橙マリィだった場合、自分は緑マリィに見えているかもしれない。虹マリィだったとしても、茶緑マリィのように澱んだ色を感知する。


 だったら、ぼくはマリィの髪の色もマリィの瞳の色も正しく捉えられていないのかもしれない。

 そう考えると、すぐに自殺したくなった。


 ぼくは自己肯定感が低いので

 じゃんけんで負けただけで死にたくなる。


 ※ ※ ※


「好きなポケモンは?」

「コジョンド。理由はとびひさげりを外したときにダメージを受けるのが見てて可愛いから」

「痛がるのを見るのが楽しいの?」

「リスクある行動が好きなの。」


 マリィは女子更衣室でタバコを吸っていた。

 今日は白マリィだった。


「あんたは?」

「フリーザー」

「こおりタイプの?」

「そう。こおりタイプの」


 理由は聞かれなかった。

 答えるつもりも別になかった。


「タバコを吸うと死亡率が高まるのよ」

「誰が言ってたの?」

「古代の科学者アンダーソン」

「へー。」


 バカみたいな科学者だ。


「マリィって嘘つくとき、眉が吊り上がるよね」

「うそ」

「うん、ウソ。今のは虚言。ウソをウソと炙り出すためにぼくが作り上げた空白。要するに虚無」


 マリィが鼻を啜った。


「アンタって自信ないよね」

「ないね」

「じゃあ、もう自身もなくしたら?」

「自身?」

「自分自身を捨てなさいよ。絶対的な絶望というのはね、裏返せば究極的な肯定なのよ。強大な大木が倒れる音に耳を貸しながら、内側の声だけを愛しなさいよ。夜は明るいだけの朝なんだからさ」


 あまり見えてこない。


「どういうこと?」

「虚無。」


 女子更衣室にはタバコの副流煙が立ちこもっている。


 ※ ※ ※


 過去が落ちてきた。

 買っていたのに存在を忘れていたアイスを食べながら、雨が止むのを待っている。


 視認できた世界はウソばかりだった。

 全ての情報がウソならば、それを裏返しで見てゆけば真実を追い求めることができるけれど、全ての情報がウソだからこそ、それを疑う余地もなく信じてしまう人たちのことを内心で小馬鹿にしてしまうような自分が内在してしまうのであれば、氷のように固まって、ジッと動かず、物体としてのパンツを視認していれば良い。


 瞳の色の輝きだとか、美しい風景だとか、そういう「世界は美しい」は一過性に留めておいて、今はただ雨が降り止むのを待つのが良い。自分が生きているという後悔を抱えながら、争いのない日々も望みつつ、規約と正義の追いかけっこに加担しないようにして、マリィのように教室に鍵をかけて、床にペンキをブチまける様を他人事のように消費すれば良い。ただ無関心であること。ただ日常的であるということ。



 きっとあの頃のマリィならこういうのだろう。



『寿命を三年削ったとしても、不慮の事故で死ぬかもしれないじゃん?』


『絶対的な絶望というのは、究極的な肯定なの』


『ネットに蔓延る極左思想の冷笑文化に一石を投じるように、アンタの大好きなフリーザーでれいとうビームをぶっかましちゃいなっ!!』



 赤も白も黒も全部同じ色で、偽物のような虚無がこの世を支配しているのであれば、世界をよりしろにして、共に滅んでゆくのもアリかもしれない。


 ※ ※ ※


 oh…マリィ


 どこにもいかないで,

 消えたりなんかしないで,


 君の瞳の色がウソだらけで、君の髪の色もウソだらけで、君の言動の全ても、虚無が作り上げた醜態で、隙だらけの足元に、自信のある精神に、自身のない肉体に、桜の咲かない春に、コードネームのないスパイに、心の中の鍾乳洞に、梅の実が熟す頃の雨に。



 最後のじゃんけんには勝てなかった。



 僕はEnterキーに指を伸ばす。

 コードはAA00372



【Hey,ユーザー! セカイに細菌テロを巻き起こすって正気かい?】



 選択肢は「YES」/「No」

 答えは明瞭である。



「───Noだ。」



 僕はまだ虹を綺麗と思えていない。

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