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学院の初講義を「無限MPモード」の付与によって物理的に崩壊させ、一躍時の人となったアレン。特待生寮の自室に戻った彼は、どっと押し寄せる精神的な疲労に身を任せていた。
前世での過労死がトラウマになっているアレンにとって、人混みや騒動は最も忌むべき「ノイズ」だ。
「……あー、やっぱり目立つのは良くないな。デバッグ作業は静かな環境でやるのが一番だ」
アレンは上着を脱ぎ捨て、ソファに深く沈み込んだ。
だが、この部屋にはもう一人の住人がいる。アレンの手によってレベル999という「不具合」そのものの存在へと再構築された元聖女候補、リーゼロッテだ。
彼女はアレンが戻るなり、甲斐甲斐しく着替えの準備を整えていたが、その様子がいつもと少し違っていた。
「アレン様……。先ほどの講義での、あのお姿。世界の理を指先一つで書き換えるそのお姿に、私……胸の鼓動(クロック周波数)が止まりませんでした」
リーゼロッテが頬を朱に染め、熱のこもった瞳でアレンを見つめる。
彼女のステータスを確認すると、[状態:高揚(Overheat)] という不穏なフラグが点滅していた。レベル999の肉体は、感情の高ぶりさえも膨大な魔力熱に変換してしまうらしい。
「リーゼロッテ、顔が赤いぞ。……まさか、さっきの無限MPの余波を食らったか? 範囲設定を誤ったかな」
「いえ、そうではありません。ただ……アレン様に救われてから、私の心は常に上限値を振り切っているのです。……アレン様、その、お疲れでしたら、私が『手入れ』をいたしましょうか?」
リーゼロッテがアレンの足元に跪き、震える指先で彼の手を握った。
レベル999の筋力を必死に抑制しているようだが、彼女の手のひらからは、アレンの体温を優に超える熱気が伝わってくる。彼女の着ている従者服は、その魔力圧と熱に耐えきれず、襟元や肩口の布地がわずかに綻び、白い肌が露わになっていた。
「手入れって、肩揉みか何かか?」
「……それ以上のことも、私はアレン様の従者(所有物)ですから、何なりと。この体、アレン様に最適化されたものです。どこをどう触られても、私は構いません」
リーゼロッテは上目遣いにアレンを見つめると、彼の手を自分の胸元へと導いた。
薄い布地越しに伝わってくる、激しい心音。アレンの視界には、彼女の肉体の構造データが透けて見える。
彼女の心臓部は、あまりの熱量に「処理落ち」寸前の危険な数値を叩き出していた。このままでは、彼女自身の魔力で自壊しかねない。
「……仕様がねぇな。熱暴走してるじゃないか。リーゼロッテ、じっとしてろ。少し『放熱処理』が必要だ」
「あ……アレン様……。はい、お好きに……壊してくださっても……っ」
リーゼロッテが目を閉じ、身を委ねる。
アレンは彼女の背中に手を回し、素肌に直接指を触れた。
彼女の背中にある、魔導回路の「接点」。そこは最も魔力密度が高く、敏感な場所だ。アレンがそこに指先を沈め、魔力の流れをバイパスして外部へ逃がす処理を始める。
「ん……ぁっ……! アレン様の指が……直接、中に……っ」
リーゼロッテの口から、聖女候補時代には決して許されなかったような、艶かしい声が漏れる。
アレンが回路を弄るたびに、彼女の体はビクンと大きく跳ね、レベル999の膂力がソファのクッションを無意識に握りつぶした。
放熱される魔力が、部屋の中に紫色の薄い霧となって立ち込める。その霧は、甘い百合のような香りを帯びていた。
「熱いか? 今、過剰なエネルギーをドレインしてる。少しの間、力が抜ける感覚があるはずだ」
「あ、ああ……。頭が、真っ白に……溶けてしまいそうです……。アレン様の感触だけが、システムに深く書き込まれて……もっと……もっと深く、私を書き換えてください……」
リーゼロッテの肌は桃色に染まり、全身が微かな震えを帯びていた。彼女の吐息は荒く、熱を帯びた湿った空気がアレンの首筋を撫でる。
アレンはあくまで「デバッグ作業」として、冷徹なまでに正確に、彼女の感度設定値を一時的に下方修正しようとした。……だが。
(……おかしいな。拒絶反応が出ている。彼女の精神が、この快楽を『必要な負荷』として処理を拒否してやがるのか?)
アレンが値を弄ろうとするたびに、リーゼロッテの体がより強くアレンに密着してくる。
薄い服の境界線が曖昧になるほどの密着。アレンの指先に伝わる彼女の熱と柔らかさは、前世でモニターの中のデータしか愛さなかった彼にとって、あまりにも刺激が強すぎた。
「……アレン様。止まらないで……。私を、あなた無しでは動けないように、壊して……再起動して……」
リーゼロッテがアレンの首に腕を回し、耳元で甘く囁く。
その瞬間、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「ちょっと! アレン、私の魔剣の調子が――って、な、な、何をしているのよ貴方たちは!!」
そこに立っていたのは、顔を真っ赤にしたシルヴィア・フォン・ベルシュタインだった。
彼女の視点からすれば、アレンが半脱ぎのリーゼロッテを押し倒し、背中に指を這わせている、この上なく不埒な場面にしか見えなかった。
「……あ、シルヴィア。今、デバッグ中だから邪魔しないでくれ。ほら、リーゼロッテの『放熱フラグ』がまだ立ってるんだ」
「何がデバッグよ! どう見ても破廉恥な行為でしょうが! この……この不具合者! バグ野郎! 私だって、まだそんなこと……っ!」
シルヴィアは怒鳴り散らしながらも、その視線はリーゼロッテの艶かしい肌に釘付けになっていた。
結局、その夜はリーゼロッテの「手入れ」を邪魔された不満と、シルヴィアの「私もデバッグしなさいよ!」という謎の対抗意識がぶつかり合い、アレンの安息はまたしても遠のくことになった。
良くないねええ




