第十六話 決闘祭③
おもろいよねええ
準決勝。対抗決闘祭のボルテージは最高潮に達していた。
アレンの対戦相手は、北の軍事帝国が送り込んだ、影の薄い少年・ニルスであった。彼は「暗殺者ギルド」が十年の歳月をかけて育成した最高傑作と呼ばれ、姿だけでなく魔力も気配も完全に消し去る、究極の隠密術式を操る。
試合開始の鐘が鳴り響いた瞬間、ニルスの姿が闘技場から掻き消えた。それは単なる光学迷彩ではない。観客席からも、実況の魔導水晶からも、彼の存在は完全にロストした。
審判すらも「……失格か?」と首を傾げる中、アレンは欠伸をしながら、誰もいない虚空を見つめていた。
「……マスター。対象個体ニルスは、自身の『描画優先度』を最低値に書き換えることで、世界の描画エンジンから自分をスキップさせています。さらに、自身の当たり判定を『トリガー(接触検知のみ)』に設定し、物理的な衝突すら回避しています。いわゆる無敵のステルスバグの状態です」
アレンの影から、銀髪の管理プログラム・セフィが冷静に状況を解説する。彼女の視界には、空間のソースコードが滝のように流れており、ニルスの「隠れている場所」は赤いエラーログのように強調されていた。
「描画ミスか。懐かしいな。前世のゲームでも、特定の壁に触れながらしゃがむと全身のテクスチャが消えるバグがあったっけな。……でもさ、セフィ。描画されないってことは、逆に言えば『そこにいないことになっている』わけだろ? だったら、座標データの整合性が取れなくなるはずだ」
ニルスは勝利を確信していた。彼は背後からアレンの喉元に、麻痺毒の塗られた短剣を突き出そうとする。彼からすれば、アレンは無防備なデクの坊にしか見えない。
だが、その刃がアレンの肌に触れる直前、アレンは指先を一回だけ空中で弾いた。
「オブジェクトの『存在フラグ』を強制オン。ついでに、当たり判定を半径五メートルに拡大して固定。……あと、摩擦係数を一万倍に書き換え。デバッカーの前で透明化なんて、デバッグモードで全裸になるようなもんだぞ」
――ガツッ!
何もない空間で、ニルスが「目に見える壁」に激突したような音を立てて転倒した。それどころか、彼の姿が虹色のノイズを撒き散らしながら、グチャグチャなテクスチャと共に強制的に再描写される。
「な、なぜだ!? 僕の秘術が……なぜ、何もない場所に壁があるような……っ! 体が、地面にくっついて動けない!?」
「君、データ上はそこにいることになってるからね。見えないだけで当たり判定は残ってるんだよ。しかも今、君の判定を自分自身の周囲五メートルまで巨大化させた。つまり、君が右手を動かそうとすれば、巨大化した君自身の判定が自分の体にぶつかる。動けば動くほど、自分自身と衝突してフリーズする仕様だ。セルフ衝突バグってやつだな」
ニルスが立ち上がろうとするが、自分の巨大化した当たり判定が闘技場の地面や壁に干渉し、身動きが取れなくなる。彼はまるで、透明な巨大な箱の中に閉じ込められたパントマイムのような格好で固まってしまった。
「……あ、詰んだね。じゃあ、退場フラグを立てておくよ。リーゼロッテ、あいつを場外の『削除フォルダ(ゴミ箱)』に放り投げてくれ」
「承知いたしました。ゴミはゴミ箱へ、不具合は破棄へ、ですね。アレン様」
リーゼロッテが無慈悲にニルスの襟首を掴んだ。判定が巨大化しているため、アレン以外には空気を掴んでいるようにしか見えないが、ニルス本人は首を吊り上げられたような衝撃に悶絶する。
そのまま、リーゼロッテは砲丸投げの要領でニルスを場外の噴水へと叩き込んだ。
楽しんでね




