第九話 最高傑作
少し短くても許してクレメンス
学院生活が始まってから、アレンの生活リズムは劇的に改善された。
前世での彼の生活を振り返れば、それは地獄そのものだった。
窓のないデバッグルーム。二十四時間鳴り止まないチャットツール。修正しても修正しても、開発チームから送られてくる「仕様です」という名の新たなバグ。椅子の上で仮眠を取り、朝食はカフェイン錠剤とエナジードリンク。三週間、太陽の光を見ないことなどざらだった。
「……それに比べりゃ、ここは天国だな」
アレンは特待生寮の広いテラスで、夜風を浴びながらお茶を啜っていた。
隣には、自分を全肯定し、外敵を全て排除してくれる最強の守護者、リーゼロッテが控えている。
「アレン様、お茶の淹れ直しを。……何か、遠い昔を思い出していらっしゃるのですか?」
「ああ。少しだけな。……俺さ、前世では誰にも知られない場所で、ずっと世界の欠陥を直して死んだんだ。自分の名前がスタッフロールに載ることもなく、ただ消費されて終わる人生だった」
アレンはリーゼロッテの顔を見つめる。
「でも、今は違う。バグを見つけるたびに俺は自由になれる。世界を壊す権利を、俺自身が握っている。この『管理者権限』こそが、俺が前世で求めていた最高の報酬だよ」
「私は、アレン様の望みを全て叶えるために存在します。アレン様がこの世界を『バカンスの場』と呼ぶなら、私はそのバカンスを邪魔する全ての要素を排除しましょう」
彼女の言葉は重かった。レベル九九九、全てのステータスがオーバーフローしている彼女の忠誠心は、もはや物理法則を超えた何かへと変質している。
「頼もしいよ。……さて、環境構築の最終段階だ。リーゼロッテ、明日から学院の地下にある『図書館の禁書区画』を調べる。あそこには、この世界の物理演算の根幹、魔導核へのアクセスパスが隠されているはずだ」
「承知いたしました。図書館の全ての棚を、私が物理的に整理しておきましょうか?」
「いや、棚ごと消さないでくれよ。静かにデバッグしたいんだ」
アレンは笑いながら茶を飲み干した。
かつての過労死デバッカーは、今や世界の「運営」を脅かす最大の不規則因子へと成長していた。
だが、安息の日々はそう長くは続かない。アレンが世界の法則を弄れば弄るほど、世界の「自動修正機能」が彼を排除しようと動き出すからだ。
「……見ているんだろう? 運営(神)さんよ。あんたの作ったこのクソゲー、俺がもっと面白い仕様に書き換えてやるよ。文句があるなら、直接パッチを持ってきな」
夜空に向かってアレンが呟いたその瞬間、星空がわずかにノイズのように歪んだ。それは、世界のシステムがアレンを「致命的なエラー」として正式に認識した合図だった。
評価評価評価ああああ




