第一話 仕様
異世界小説連載!
阿宅蓮の人生は、常に不具合との戦いだった。
日本の大手ゲームメーカーに籍を置く彼は、業界内で「神の目」と呼ばれていた。数千万行に及ぶソースコードの中から、たった一行の論理ミスを見つけ出し、キャラクターが物理演算の暴走で空へ飛んでいくようなクソゲーを、力技で「遊べる製品」へと変えてきた。
だが、その代償は大きかった。
最新作の発売直前、彼は三週間もの間、椅子から一度も立ち上がることなくデバッグを続けた。エナジードリンクの空き缶がピラミッドのように積み上がり、モニターの光が網膜を焼き、ついに心臓が悲鳴を上げた。
「……あぁ、ようやく……これで、納期から……解放される……」
モニターに映る完成報告書を見届けた瞬間、彼の意識は暗転した。
――次に目を開けた時、彼は高校生くらいの綺麗なみなりをした外国人の少年になっていた。
転生先は、魔法を至上とする魔導貴族ロードライト伯爵家。名はアレン。
最初こそ混乱したが、アレンはすぐに順応した。なぜなら、この「異世界」と呼ばれる場所の理が、前世で嫌というほど見てきた「ゲームのプログラム」に酷似していたからだ。
アレンが集中すると、世界の解像度が下がり、物質の端々に黒い線――ポリゴンの境界線が見えた。鳥が飛ぶ軌道には放物線の計算式が透け、炎が燃えればパーティクルの生成ログが流れる。
そして何より、この世界は、恐ろしく、バグだらけだった。
「……作り込みが甘すぎるだろ、この世界」
そして苦しくも転生したこの世界の今日は、人生を左右する魔力判定の儀式の日だったようだ。魔力量によって将来の地位が決まるこの国で、伯爵家の三男であるアレンへの期待は、表向きだけは高かった。
豪華絢爛な大ホール。厳しい表情の父、嘲笑を隠さない兄たち、そして大勢の親族が見守る中、アレンは中央に置かれた魔力測定の水晶の前に立った。
「アレン・ロードライト。前に出よ」
神官の声に従い、アレンは水晶に手を触れる。
(さて、どうなるかな。前世の常識で言えば、俺の魔力量は――)
アレンの視界には、自分にしか見えないデバッグウィンドウが開いていた。そこには、アレンの魔力値がこう表示されている。
MP: 4,294,967,295 / [ERROR: OVERFLOW]
三十二ビット符号なし整数の最大値。この世界のシステムが想定している最大値を、アレンの魂は軽々と超えていた。
アレンが水晶に微弱な魔力を流した瞬間、水晶の中で処理落ちが発生した。内部の魔導回路が「想定外の巨大な数値」を受け取り、演算エラーを起こす。その結果、返された値は――。
『魔力値:0』
ホールが静まり返った。
直後、父であるロードライト伯爵の怒号が響き渡った。
「0だと!? 魔導の名門、我がロードライト家から、魔力を持たぬ無能が生まれたというのか!」
「ハッ、やっぱりな。こいつ、普段から変な独り言ばかり言っていたが、中身はただの空っぽだったわけだ」
長兄の嘲笑が追い打ちをかける。周囲の親族たちも、汚物を見るような目でアレンを眺めていた。
「アレン! 貴様のような出来損ないを我が家に置いておくわけにはいかん! 今すぐ出ていけ! 貴様を今日限りで勘当し、追放する!」
普通なら絶望する場面だろう。
だが、アレンは心の中でガッツポーズを決めていた。
(普通に今日転生したばかりで、別に思い出もないし、自由になれる!)
前世で過労死した彼にとって、この追放こそが最高の報酬だった。
「……承知いたしました。今までお世話になりました、父上」
殊勝な顔で一礼し、アレンはホールを後にする。だが、ただで去る彼ではない。
アレンは去り際に、屋敷の入り口にある最高位の防御結界の基石にそっと手を触れた。
(この結界、最新の魔導理論で組まれてるって自慢してたけど……セキュリティがガバガバなんだよ。管理者パスワードが初期設定のままだ)
アレンは意識の中でコマンドを打ち込む。
[Security_Level = 0]
[Status = DISABLED]
実家の絶対防御は、今この瞬間、ただの飾り物と化した。さらに、庭に植えられた観賞用の千年樹のオブジェクトデータを少しだけ弄る。
[Texture_Replace: Wood -> Solid_Gold]
アレンが屋敷の門を出た瞬間、背後で悲鳴が上がった。
「な、なんだ!? 庭の木が金塊に変わったぞ!?」
「結界が消えた! 何者かの襲撃か!? おい、魔導兵を呼べ!」
混乱する実家を背に、アレンは鼻歌まじりに歩き出す。
「さて、どこで遊ぼうかな。まずはバグり散らかしてるって噂の、あの森にでも行ってみるか」
アレンが向かったのは、王都の外れにある迷いの森。
そこは空間の座標が歪み、一度入れば二度と出られないと言われる禁域だった。だが、伝説のデバッカーからすれば、それは単なるマップの接続エラーに過ぎない。
森の境界線にたどり着いたアレンは、茂みの中に倒れている一人の少女を見つけた。
ボロボロの修道服を纏い、青白い顔をした少女。彼女の頭上には、アレンの目にだけ見えるステータス異常のアイコンが、見たこともない色で点滅していた。
「……あれ? あそこの彼女、ステータスの計算式が無限ループに陥ってるぞ。これ、放置してたらクラッシュするやつだ」
少女の名はリーゼロッテ。
後にアレンの右腕となり、世界を震撼させる最強の不具合個体との出会いだった。アレンは面倒くさそうに頭を掻きながら、彼女の元へ歩み寄る。
「仕様がねぇな。ちょっとソースコード、触らせてもらうよ」
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