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ガラの悪い冒険者ギルド

作者: 蔵樹りん

「おいクソガキ、ここはお前みたいな奴が来るところじゃねえんだよ。家に帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな!」

「まったくだ。テメエみてえな貧弱なボウヤはゴブリンを見ただけでちびってしまうのがオチだぜ! ギャハハハハハハ!」


 ……やれやれ、またか。


 どこの街の、どこのギルドに行った時も、こんな感じで先輩冒険者がちょっかいを出してくる。

 僕はまだ二十歳にもなってないし、容姿も男らしいとはいえない顔つきだ。

 強さこそすべてみたいな冒険者の男にとっては、僕みたいな奴は見るだけでからかってやりたくなるのだろう。

 いつしかこんな扱いにも慣れてきたものの、不愉快にならないかというともちろん話は別だ。


 しかも、ここのギルドはよそのギルドに輪をかけてガラが悪い!

 因縁をつけるベテラン冒険者たちが怖いのか、周囲には十人くらいいるのに誰も仲裁に入ろうとすらしないし、あまつさえ小馬鹿にするような視線を投げてくる。

 中立であるはずの受付嬢でさえも「キミなんかに出せる依頼は一つもないからさっさと帰ってね」と言い捨てた上に、まるで野良犬を追い払うようにシッシッと手を振る始末。


 ここまで酷い扱いは冒険者になって以来、はじめてだ。新天地を求めてやってきた最初の冒険者ギルドが、こんな最悪な所だとは運がない。

 さすがに長居は無用ときびすを返しかけたその時、ギルドの入口の扉が勢いよく開かれた。


「奴が来るぞ! 準備しろ!」


 駆けこんで来た男の大声が屋内に響いた瞬間、場の雰囲気が一変した。


「ちっ……思ったより早いな」

「いよいよね……」


 そんなやりとりが短く交わされると、やがて誰に指示されることもなく皆が急にテキパキと動き出す。

 食器や飲み物の杯を片付け、スペースを確保するかのように、椅子やテーブルを脇にどけはじめた。


 一体何事かとあっけにとられている僕に、さっきの意地悪な先輩冒険者二人が舌打ちしながら近づいて来る。

 その顔には、もう先ほどのような下品で人を嘲る表情は浮かんでいない。


「……おいクソガキ……さっきも言ったように、さっさと帰れ」

「そうそう、テメエは今すぐ近くの森にでも行ってゴブリンとでも遊んでろ。オムツでもつけてな……ギャハハハハハハ!」


 二人とも言葉づかいは相変わらず粗野なものだけど、雰囲気ががらりと変わっている。

 後者の男が発した耳障りな笑い声すら、何だか虚勢のよう。

 両者の瞳には何らかの決意が滲んでいるように思えた。

 彼らのような目は、これまでに何度も見たことがある。

 そう……今から死地に向かおうとする時の目だ。


「ま、待ってください! まさか、僕を巻き込みたくなくて、皆さんあんな態度を……!?」

「……へっ、何のことだか分からねえな」


 男は口元に小さな笑みを浮かべると、話はそれっきりとばかりに背を向けた。

 この冒険者ギルドの中に、もう僕を気にする者は一人もいない。皆、何かに備えるように作業を進めている。


「み、皆さん! これを見てください!!」


 僕は上着の中に隠していた冒険者のランクを示すタグを取り出して、皆に見えるようかざした。


 突然の大声に、さすがに屋内の全員が僕とそのタグとに視線を集中させ……。


「……って、お前のタグ……それプラチナじゃねえか!?」

「うそっ!? あなた、大陸に数えるほどしかいないっていう、あのプラチナ級の冒険者なの!?」

「わ、私も初めて見たわ!」


 さっきまで僕に興味を示さず黙々と準備をしていた他の冒険者たちに加え、いつの間にかカウンターから出てきた受付嬢のお姉さんまでが僕を取り囲んで大騒ぎする。

 こういうのが苦手だからいつもタグを見せびらかすような真似はしないんだけど、今回は非常事態だ。しかたない。

 騒ぎがおさまった後、僕は全員を見まわしながら口を開いた。


「僕も一緒に戦います! 全員で生き残りましょう!」

「……こころ得た!!」


 僕の掛け声に、威勢の良い応えが全員から返ってきた。

 さっきまでの悲壮感はなりをひそめ、はじめて冒険に出る日のような高揚感を皆から感じる。


「敵の正体は?」

「デュラハンロードだ。一年前、突如やってきた首なし野郎にそこの受付嬢が血を浴びせられちまってな。さすがに見捨てるわけにはいかねえ」


 僕が視線を向けると、受付嬢のお姉さんがつらそうに俯いていた。冒険者たちを巻き込んで申し訳ないと思っているのだろう。

 デュラハンの血を浴びるのは、死の宣告を受けるのと同じこと。デュラハンはその宣告を刑として実行するために再度現れる。今日がその日ということか。

 その上位種のデュラハンロードとあっては、全員が決死の覚悟になるのも当然かもしれない。


「皆さんの実力は?」

「俺とこいつはゴールドだ。言わなくても分かると思うが、戦士だ」

「俺はシルバーだ。攻撃魔法を得意としている」

「私もシルバーよ。援護の魔法なら任せておいて」


 この場にいる十数人全員が実力と技能を申告した。

 さすがに完全な足手まといは参加させなかったのか、最低でもシルバー級の腕前はあるようだ。

 もちろんプラチナ級は僕一人。

 次点で戦力となるゴールド級は二人だけとはいえ、シルバー級の数は多いし、これならなんとかなるかもしれない!


 最低限の打ち合わせを済ませたころ、ついに馬の駆ける音が屋内にいる僕たちの耳にも聞こえてきた。

 やがて、足音が止まる。


 来るぞ……。


 誰かが囁いたその直後。

 ドアがあっさりとぶち破られ、馬とその騎士とが勢いよく飛び込んできた!

 そのどちらにも首がない。異形の姿をはじめて見たらしき男女の口から小さな悲鳴が漏れる。


 待ち受けていた冒険者たちを意にも介さず、デュラハンロードは死の予告を現実のものにしようと、奥にいるギルドの受付嬢へと一直線に馬を走らせた。

 やがてその手で振り下ろされた凶刃は、僕の持つ剣によって受け止められる。僕の愛用している剣は少々地味だが、名うての鍛冶屋が鍛えた名剣だ。刀身ごと撫で斬りにされそうな重い一撃を受けても、ヒビすら入らない。

 恐怖におののいていた者の目に希望の火が灯るのが分かる。デュラハンロードの斬撃を真っ向から受け止められる冒険者は滅多にいない。僕の、プラチナ級冒険者の強さを実感できたのだろう。


 手綱を操り、一旦間合いを取ったデュラハンロード。

 今が好機と、包囲している皆に向けて指示を出す。


「まずは馬を!」


 僕の声に応えるように、冒険者たちから数々の魔法が放たれる。赤、青、黄、緑、白、さまざまな色の光が。

 首なし馬は主人である騎士よりも格段に強さが劣る。でも機動力だけは馬鹿にできないから、早めに潰すにこしたことはない。

 集中砲火を浴びて馬は激しく悶えた。首から上があれば、悲鳴のいななきをあげたことだろう。

 最後に僕が放った魔法の槍が、見事に首なし馬を串刺しにし、騎士のしもべは倒れてそのまま消滅した。


 あとはデュラハンロード本体のみだ。

 デュラハンロードはぶざまに落馬するようなことはなく、僕の魔法の槍が愛馬に刺さる直前にその背から飛び降りていた。


 着地後に体勢を整えると、ふたたび受付嬢のお姉さんを狙ってくる。まるで自分の予言に縛られているかのよう。

 しかし、こちらとしては好都合。受付嬢を守りさえすれば、仲間に犠牲は出ないってことだ。

 そして受付嬢の前には僕がいる。障害を排除しようとデュラハンロードが振るった剣を、僕は真正面から刀身で受け止めた。お互いの刃から火の粉が散る。


 デュラハンロードは僕にとっても手強い相手だ。さすがに一対一で勝つのは難しい。

 しかし今は仲間の補助魔法の効果もあって、危なげなく戦えている。

 剣を押し返し、反撃とばかりに技を繰り出す。

 強化魔法をかけてもらって光輝いている僕の愛剣が、デュラハンロードの鎧を切り裂いた。


 そうして僕が引き付けている間に、仲間たちももちろん攻勢の手を緩めない。

 横合いから放たれる様々な魔法が。隙を見て間合いを詰め、振るわれる斧やメイスが。

 じわじわと首なし騎士の全身を削っていく。

 最後には光を帯びた僕の剣がデュラハンロードの胴体を深く貫き、ついに首なし騎士はこの世から消滅した。


 少しの間、沈黙が続いた。

 冒険者たちはお互いに顔を見合わせる。


「……勝った?」

「……か、勝ったんだよな?」


 いつしか全員の視線が僕に集まり……その期待に応えるように、僕は無言でこくんと頷いた。


 やがて、大きな歓声が皆からあがる。


「うおおおおおおおおおおお! お前のおかげだ! マジで感謝するぜこの野郎!」

「プラチナ級、噂にたがわぬ強さだったぜ!」

「本当にすごいよキミ! うちの看板冒険者にならない!?」


 僕はもみくちゃにされながらも、笑顔を浮かべていた。

 プラチナ級になって以来、久しくこんな気持ちは味わってなかった気がする。

 僕一人だけでも、そしてこのお店の冒険者だけでも、犠牲もなしに受付嬢を守ることは難しかっただろう。

 全員で力を合わせての勝利だ。

 僕たちはしばらくの間、お互いの健闘を讃えあい、勝利の余韻を味わうのだった。



   ◇◆◇◆◇



 デュラハンロードとの戦いが無事に終わった後。

 ギルドの屋内は戦闘のせいでズタボロになっていたけれども、あえてこの場所で宴会が開かれた。

 料理もお酒もギルド持ちとなり、皆は飲めや歌えの大騒ぎ。

 僕もその輪に入り、まるで以前から仲間だったように皆と乾杯し、笑いあった。

 さすがに酔いつぶれる人が出始め、宴も終わりの雰囲気が漂ってきたその時。


「ここ、いいかな?」


 受付嬢のお姉さんが、僕の隣にやってきて座った。

 出会いの印象は最悪だったし、戦っている最中は気にする余裕もなかったけど、こうして見るとかなりの美人だ。

 宴会の間はずっと、とても明るい笑顔で皆とふれあっていて、これが本来の姿なんだなと思っていたのだけど、今は何やら申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「その……あの時はごめんね? 失礼な態度をとっちゃって……」

「ああ、気にしてないですよ。僕を遠ざけるためにやったんでしょう?」


 僕は慌てて手を振った。そりゃもちろんあの時はムッとしたけれど、あんな事情があったんだし。


「それでもやっぱりちゃんと謝るべきかなって思って……ごめんなさいっ!」


 頭を下げるお姉さんの姿を見て、なんだかモヤモヤしていたものが晴れたような気持ちになった。お姉さんだけでなく、僕の心にもしこりとなって残っていたのだろう。

 でも、もうこれでお互いに引きずる必要は無しだ。


「わかりました。それでは謝罪を受け入れ、あなたを許します……ええっと……」


 僕の言葉にお姉さんは顔をあげて、ようやく笑みを浮かべてくれた。


「許してくれてありがとう。私の名前はカタリナよ。……キミの名前も教えて欲しいな」

「僕は、アルスといいます」

「アルス君か……いい名前ね。……それでもし良かったらなんだけど、ここを拠点にしてもらえないかな? その、キミがプラチナ級だからとかじゃなくて……」


 カタリナさんはそう言いながら、僕の目をじっと見つめる。

 彼女のきらきらとしている瞳の中に、何か特別な感情が隠れているように思えたのは、決して僕のうぬぼれではないはずだ。

 気が付けば、僕はその瞳に魅入られたように頷いていた。


「……はい、もちろんいいですよ」

「ほ、本当!? ふふっ、嬉しいわ……これからもよろしくね、アルス君!」


 二人で優しく杯をぶつけ合い、新たな出会いとこれからの未来とに乾杯したのだった。



   ◇◆◇◆◇



 あの戦いからひと月が経った。

 あの日以来の日課として、今日も僕は冒険者ギルドに顔を出す。


「おいクソガキ、ここはお前みたいな奴が来るところじゃねえんだよ。家に帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな!」

「まったくだ。テメエみてえな貧弱なボウヤはゴブリンを見ただけでちびってしまうのがオチだぜ! ギャハハハハハハ!」


 するとこれもまたいつものように、ゴールド級である冒険者二人が初顔の新人をいびる声が聞こえてくる。

 あの二人のガラが悪いのは、元からだったようだ。

 なお、本人たちに言わせると選抜試験のようなものらしい。

 これくらいでびびって帰るようでは冒険者なんてやっていけないと。

 まったく、物は言いようだ。


 さすがに仲裁に入ろうかと思ったのも束の間、新人の男はくるりと踵を返す。


 ……あ、泣きながら出ていっちゃった……。


 一足遅かったかと肩を落として見送る僕をよそに、離れたテーブルで動向を窺っていた男の一人はガッツポーズをし、反対に一人は不機嫌そうに酒をあおる。

 どうやら、新人が逃げるか逃げないかで賭けをしていたようである。


 ……本当にガラの悪い冒険者ギルドだ。


 ここを拠点にして良かったのかなという自問が、わずかに芽生えた。


「いらっしゃい、アルス君」


 誰に対してもにこやかで気立てのよいカタリナさんが、僕にだけ特別な笑顔を向けてくれる。

 それだけで、先ほどの迷いが吹き飛んだ。

 現金な奴だと言いたければ好きに言うがいい。

 新たに拠点となったこの場所とカタリナさんのもとで、僕はこれからも冒険者を続けていくつもりだ。

 かつて僕とパーティーを組んでいたプラチナ級の友人たちは、今の僕を見たら驚くかもしれない。こんなガラの悪い冒険者ギルドを拠点にするなんてありえない、と。


 ……僕も、少しガラが悪くなったってことかもな。


 そんなことを考えながら、僕はいつものようにカタリナさんのそばに行き、恋人同士の会話に花を咲かせるのだった。



これにて完結です。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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