第七話 僕はイベントを楽しみたい
「――いいね、いいね!」
年甲斐もなく、僕はモニターの前ではしゃいでいた。
いや、歳なんて関係ないか。そもそも精神体だから歳をとるも何もないし。
まあ、今はある事情で、自分で作った義体に憑依している状態だから、単なる精神体、って訳でもないんだけどね。
いやいや、そんなことどうでもいい。
今は、イベントの大成功を祝わなければ。
何のイベントかって? そりゃあもちろん、「主人公」の選別および、「チカラの目覚め」イベントである。
僕は鼻歌を歌いながら、よく冷えた高級ワインと、これまたお高いチーズを冷蔵庫から取り出した。
今日はめでたい日だから、これぐらいはいいだろう。
まずは鼻でワインの芳醇な香りを味わい、それから舌の上で転がしてみる。
どうだい? 少しは様になっているだろうか。
――まあ、僕に味なんてわからないんだけどね。
精神体となった弊害故か、借り物の身体だからか。
今の僕には、感覚というものが極端に乏しくなってしまった。
お祝い事にはワインと言う、うっすらと残った昔の記憶に従ったまでのこと。
なんとも味気ないことだが、不老不死の代償と思えば、お釣りが来るくらいだと思うことにしている。
僕は乱暴にワインの残りを嚥下し、無造作にチーズを齧りながら、これまでの苦労に思いを馳せていた。
ここまで漕ぎ着けるのには、かなり苦労させられたものだ。
なんと言っても、ヒロインを選出する過程が大変だった。
僕なりに、ヒロインの人選にはかなり拘っていたというのが、最大の理由な訳だけど。
これまでたくさんの実験体たちに協力してもらいながら、強力な武器や部下、拠点など、悪の組織にふさわしい設備を整える作業を進める傍ら、ヒロインの変身に関する研究を並行して進めていたのだが、ここで思わぬ誤算があった。
僕の開発した変身装置が、男性と女性では出力が極端に違ったのだ。
いや、もちろん、男性でもちゃんと使えるよ。
流石にそんな欠陥品は作らない。
だけど、そういうことじゃなくって、女性が使用する場合の方が、男性が使った時よりも出力が明らかに上だったのである。それも、年の若い、中学生から高校生ぐらいまでの年代は、特に相性が良かった。
男性の場合は、単に筋力が増すだけのスーツ。
しかし、一度年頃の少女が使えば、身体能力だけでなく、魔術やその他の技能・機構などを、凡そ数倍から数十倍のスペックで扱うことができた。
恐らく女性の方が、魔素との親和性が高かったのだろうね。
というわけで、ここで僅かに残っていた男性主人公の目は消えた。
スーパーレンジャーズのように、男性+女性のチームを組むのも現実的ではない。実力が開きすぎてしまう。
主人公に据えるべきは、やはり年頃の少女で決定である。
まあ、元々そのつもりだったんだけどね。これで本決まりになったって感じかな。
となれば、次に拘りたいのは、やはりその少女の人となりだろう。
最初から強いのは困る。やはり、最初は初々しい感じで戦ってもらいたいからね。
それから、これが一番大事だが、やはり「いい子」でなくてはならない。
ヒロインに共感できないなんて致命的すぎる。
ソロではなくユニットでの活躍を考えているので、主人公は彼女たち全員だと言えるわけだけど……やっぱり中心となる人物には、真っ当な人間でいてほしいよね。
無駄に承認欲求が高かったり、底意地が悪かったり、あるいは万引きの常習犯だとか、極端に乱暴だったりすると、下手すれば悪の組織総出でヒロインの暴虐を止めなくてはならなくなる。そんな馬鹿なことある?
とは言っても、要するに僕だけが楽しめれば良いわけだから、結局のところ、僕の好みに合致すれば良いわけ。
ヒロインの選定にあたっては、次の点を評価した。
まずは友達想い、仲間想いである点。
これは外せない。自分勝手だったり、他人に対して意地が悪かったりしたら、チーム全体がギスギスする。
いじめっ子なんて最悪だ。選定の際に何人かそういう不愉快なのを見つけたから、こっちで活用させてもらうことにしたけど。まあ良いよね。腐ったミカンを取り除いたことで、きっと世界もより良くなるだろうし。
それから、ある程度の常識や協調性があって、一般的な倫理観を持っている点。
まあ、これも当たり前だね。犯罪歴があったりとか、夜な夜な男を取っ替え引っ替えしていたりとか、動物を虐待しているような子は困る。あとは変な宗教にハマってるとか。ちなみに彼女らのようなタイプは悪の組織としての素質があるということで、こういうイロモノもいくつか収集しておいた。今後、主人公たちにぶつけていくのに丁度いい。
そして、身も蓋もないが、ある程度は容姿が整っている、という点。
変身した時に、顔が見える魔法少女タイプだと、可愛くなかったり、ブクブクに太っていたりしてるのは致命的だ。ぽっちゃりぐらいならいいけど。まあ、単純に見栄えの問題である。
それに、あからさまに下品なコスチュームを着せるつもりはないが、お色気展開になるのはアリだ。というか、むしろそういうのって良いよね。ニチアサにはないロマンがあるよね。
そうなってくると、やはり、ある程度は容姿にも拘りたいところだ。
最後になるが、「平凡」である点。
これが案外難しい。可愛くて、優しくて、友達想いの女の子を、周囲が放っておくと思うかい?
国民的アイドルとか高校生モデルとかでも困るが、単に学校の人気者、というだけでも厳しい。
こっそり変身して、授業を抜け出す……なんてことが、しにくいじゃないか。
平凡な女の子が、周囲にバレないようにコッソリ平和を守ってる……というのが、やはり魔法少女モノのお約束だよね。というわけで、ある程度は単独で行動しても、周囲に怪しまれないことが肝要である。
さて、そろそろお気づきと思うが。
これを全て満たす少女が、どれほどいると思う?
選別にかかる手間や時間は、想像を絶するものがあった。
それでも、僕はやり遂げた。
それだけに、今日の達成感たるや……まさに、感無量。
日本中をしらみ潰しに探し回り、なんとか候補を数十名まで絞ることはできた。
それでも、日常生活を観察するだけでは、その心の奥底の人格――本性までは分からない。
外面だけは良いけど、中身が腐っているような人間には、これまで何度もお目にかかったことがある。
そこで考えついたのが、候補者たちに魔獣兵をけしかける方法だ。
ポイントは、一人っきりの時ではなく、友人や家族と一緒にいるところを狙う、という点にある。
命懸けの場面に遭遇してもなお、自分の大切な人を守れるかどうか。
土壇場で我先にと逃げ出したり、あるいは他者を切り捨てて自分だけ助かろうとしたりするような人間には、ヒロインになる資格はない。
この方法を試したは良いけど、驚くべきことに、ほとんどの候補者たちが他人を切り捨てて逃げ出した。
ひどいケースになると、親友を突き飛ばしたり、家族の足を引っ掛けて転ばせたりというのもあった。
こういう子たちは、僕の苦労を踏み躙ってくれた罰として、鹵獲して、今後の実験素体になってもらうことにした。僕には致命的に人間を見る目がないのかとも思って少し凹んだが、よく考えれば、これが人間である。
どいつもこいつも、醜く、わがままで、自分勝手だ。……もちろん僕も含めてね。
他人を本当の意味で愛し、守るために行動できる人間は稀だ。奇跡的と言ってもいい。
だからこそ、そういう子がヒロインたり得るわけだね。
次点で多かったのは、大切な人のことを放って半狂乱になって泣き喚いたり、その場で諦めて大人しく食われたりする子である。こちらはそこまで悪い子たちではなかったけど、やはりヒロインになる資格はない。
何だか気の毒な気もするが、魔獣兵の血肉として、今後も僕の役に立ってくれるはずだ。
逆に、大切な人に裏切られて置いて行かれてしまった子たちには、手厚くフォローをしてあげた。
数百の失敗を繰り返すこと暫く。
手持ちの候補者がだいぶ減ってきて、だんだん絶望的な気分になってきた時に、ようやく、和花ちゃんという合格者が出たというわけである。いや、あれは見事だった。友人のためにあそこまで毅然と魔獣兵に立ち向かった子は、他にいなかったのだから。あの瞬間、和花ちゃんは間違いなく世界一のヒロインだった。
友達想いなだけじゃない。容姿もそれなりだし、優秀すぎず、変な思想も持っていない。それでいて、こっそり変身ヒロインに憧れているという点も高得点だ。実はもうひとつ、個人的に和花ちゃんを推していたポイントがあるんだけれど……今は割愛する。
まあそんなわけで、先ほど、合格者である和花ちゃんには、悪に抗う力を与えてあげた。
次のイベントで彼女は覚醒し、戦うヒロインとして悪から(まあ僕のことだけど)自分の大事な人や世界を守っていくことになる。もう、この展開だけで素晴らしい。燃えるし激るね。
和花ちゃんを命懸けで庇った琴音ちゃんも、十分合格レベルである。家庭環境が特殊、かつ才色兼備な有名人ということで候補者から外してあったわけだが、学校では和花ちゃんとだけ一緒にいるようだったし、家族は中々家に帰ってこれないみたいで、身バレする可能性は薄そうだった。
本当は、彼女にはここで退場してもらうつもりだったんだけど……見込みありということで、特別サービスで致命傷も治しておいた。もちろん違和感のない程度でね。今後に期待である。
ちなみに魔獣兵とは、さっきの黒い怪物のことだ。
凶暴にして強靭、かつ生産性に長けており、量産も簡単。
最大の利点は、物理攻撃を無効にするという点である。
「魔素」や「魔術」を伴わない攻撃では、銃だろうが爆弾だろうが、傷ひとつつかないように作ってある。
かなりの高スペックに思えるが、別にそんなことはない。
実の所、その正体は単なる人間でしかないから。まあ、魔素やドーピングの影響で知性を失い、身体も歪んでしまった彼ら、ないしは彼女らを、それでも人間だと定義するかは人によるだろうけどね。
魔獣兵などと御大層な名前ではあるが、実のところ僕がヒロインや悪の幹部を作り出すための実験を行う過程で生まれた、いわば失敗作でしかない。あんなもの、いくら失っても惜しくはないわけだ。冗談抜きで、あと100万体以上はストックがあるし。数百年もの間、休まず作り続けていたのもあるけど、最近、非合法な手段で生計を立てている連中とか刑務所内の奴らとかをさらって、大量生産してたからね。
ボコボコの皮膚とか剥き出しの筋肉とか飛び出した内臓とか、見た目があまりにグロいので、魔素で強化した防護膜で全身をコーティングしたら、あんな感じになった。物理攻撃無効は、この魔素による特殊な体表によって引き起こされているわけだ。まあ、僕の技術の結晶だね。ちなみに死んだ後、ドロドロに溶けて消滅する仕様になっているのも、僕の施した魔術と科学の融合によるものだ。すごくない? もっと褒めろ。
これだけ努力と失敗を重ねた上で完成にまで漕ぎ着けたのだ。
もちろん悪の幹部の実力は(人格面はともかく)折り紙付きである。
今後、ヒロインにぶつけていくのが惜しいくらいだ。
それにしても、実験中、人体改造や魔術の実験を繰り返していたら、小規模な地震や山火事なんかになってしまっていたのには閉口した。まあ小規模だから許してほしい。
ちなみに日本で選定実験を実施したのは、国土が狭くてやりやすかったのと、単純に僕の拠点がそこにあったからだ。おかげで干渉しやすかったのは良いけど、日本の教育環境と治安の良さを舐めてたせいで、都内の学校が一斉に休校し始めたのには参った。何年にも分けて実施するわけにはいかなかったから、急ピッチかつ短期間に進める必要があったから仕方ないんだけど。まあ、冷静になって考えてみれば、日本のあちこちで食い荒らされている死体や行方不明者が続出したわけで、そりゃ対応されるよなって思うよね。てへぺろ。
……何はともあれ。
紆余曲折あったが、こうして最初の「戦うヒロイン」を見出すことができた。
いやホントに、素晴らしい成果だよね。
事後のフォローも大事だから、さっきの一幕は交通事故として処理した。撥ねたのは車じゃなくて怪物だけど。
薄暗い路地で轢き逃げされ、意識を失ったという設定だ。その後、偶然にも人が通りがかるように誘導するように手も回したので、すぐに二人とも病院に運び込まれている。怪我らしい怪我はしていない和花ちゃんはもちろん、魔獣兵に轢かれた琴音ちゃんも致命傷にならないように調整したので、今回は誰も死なないはずだ。加えて、今後の展開に響かないよう、二人の記憶も多少いじらせてもらったので、目覚めてすぐにパニックになるってこともないだろう。残りの候補だった少女たちの元からも、既に試金石用の魔獣兵たちは撤退させてある。これでお片付けは完璧だ。
そうは言っても、肝心の初変身イベントがまだだ。
それから「マスコット」との合流や、敵の幹部との邂逅も。
いやあ、これからもっと忙しくなるぞ。
僕はいそいそと次のイベントに向けて準備を始めたのだった。




