第六十五話 オリヴィアの過去
長くなってしまってすみません。
次でまとめます。
「んぅ……。ここは……?」
オリヴィアが目覚めると、そこは知らない部屋だった。
清潔感があるが、こじんまりとしていて……。
そしてどこか、安心する部屋。
上半身を起こし、辺りを見回した彼女は……。
慌てて上半身を起こした。
オリヴィアの寝ていたベッドの側に、複数の人影を捉えたからだ。
いずれも少女で、人数は三人。
一人目は、小柄な少女だった。
黒のショートカットで、純朴そうな顔立ちだ。
心配そうにこちらを覗き込んでいたが、目覚めたオリヴィアが身構えたのでビックリした顔をしている。
二人目は、一人目よりも背が高い。
黒髪を背中でポニーテールに縛り、かなり整った容姿をしている。
身構えたオリヴィアを見て、その切れ長の目に警戒心を浮かべていた。
三人目は、さらに背が高かった。
派手な金のボブカットで、頭頂部が黒く戻り始めている。
彼女もまた、鋭い目つきでオリヴィアのことを睨んでいた。
そして……ルーナ。
その姿を視界に入れないように、オリヴィアは慌てて顔を伏せた。
彼女がどんな顔をしているか……想像するだけでオリヴィアは苦しくなる。
だが、胸の内を押し殺して、オリヴィアは身構えようとした。
しかし、身体に力が入らない。
上半身を起こしただけで、彼女は疲弊し切っていた。
「う……」
「……だ、大丈夫?」
苦しそうなオリヴィアの背中を、黒のショートカットがそっとさする。
それを跳ね除けようとしたオリヴィアだったが、四肢に力が入らず、腕を持ち上げることもできない。
そんなオリヴィアに向けて、ショートカットが言った。
「私たちは、魔法少女……つまり、天導衞姫だよ」
「ーーッ!?」
それを聞いたオリヴィアは、ますます抵抗を強めようとするも……。
やがて観念して、ガックリと項垂れた。
今の言葉が本当なら、オリヴィアは敵の手に落ちたということだ。
そして、今の自分には、彼女たちと戦う力は残っていない。
「……降参する。煮るなり、焼くなり、好きにすればいい」
諦めたようにそういうオリヴィア。
そんな彼女に、ショートカットがにっこりと笑いかけた。
「安心して。私たちは、貴女と戦うつもりはないから」
「……そう」
オリヴィアは小さく息を吐いた。
持ち上げようとしていた四肢からも、そっと力を抜く。
それの様子を見た三人からも緊張感が抜けたようだった。
気を取り直すように、ショートカットが言う。
「まずは自己紹介からするね。私は橋本 和花。マギア・ローズだよ」
「……白石 琴音。マギア・リリィ」
「桐生院 美香! マギア・デイジーだ」
三人の自己紹介を聞いたオリヴィアが黙っていると、ショートカット……和花が話しかけてくる。
「貴女のことも、聞かせて?」
「……オリヴィア・ユースティティア」
言葉少なにそう答えたオリヴィア。
そんな彼女に向かって、そっと歩み出てきた者がいた。
ルーナだった。
彼女は、真剣な目をしていた。
「オリヴィア。貴女……リブよね?」
「…………」
黙ったままのオリヴィアを見て、ルーナがじわりと涙を滲ませる。
「分かってる。貴女が、私のことを恨んでいるってことぐらい。でも……」
「恨んでない!」
いきなり大声を出したオリヴィアに、和花と美香がビクッと震える。
「恨んでなんか……恨んでなんかない! 私は……!」
言葉を詰まらせたオリヴィア。
そんな彼女に対して、和花が優しい声で言った。
「オリヴィアさん。貴女のこと、もっと聞かせてほしいな。
これまでのこと……そして、今夜のことも。
……話してくれる?」
オリヴィアは、そのエメラルドのような目で和花を見返した。
やがて彼女は、ポツポツと語り出した。
***
「……私は、東欧の片田舎で生まれた。
青い屋根の小さな家で、パパと、ママと、三人で暮らしてた。
そこに……リ・ヴァースがやってきた。
……魔獣兵には、普通の人間は敵わない。みんな……みんな殺された。
……私の両親も、この時に死んだ。私の、目の前で。
生き残った私は、リ・ヴァースに連行された。
そして……そこで、奴隷になった。
家族を殺した奴らに、家畜みたいに扱われて……。
死ぬことも許されず、ただ生かされてる日々。
惨めだった。
この世の全てに、私は絶望してた。
……そんな時にやって来たのが、ルーナだった」
ここで、オリヴィアは少しだけ微笑んだ。
「ルーナは優しかった。
ルーナが来てから、私たちの待遇は大きく改善した。
カビたパンだけじゃなくて、温かい料理が出るようになった。
冷水じゃなくて、温かいお湯を浴びることができるようになった。
笑っていても、鞭で打たれることも無くなった。
私たちのことを、家畜ではなく、一人の人間として見てくれた。
ただ生きてるだけの私に、希望をくれた……」
「リブ……」
思わずといった様子で、ルーナが漏らした。
「だから……私は、ルーナを恨んでない。
それどころか、感謝してる。
ありがとう、ルーナ。
……貴女は、私の大切な友だち」
「ーーリブ!」
ルーナが飛び出して、オリヴィアに抱きついた。
オリヴィアは一瞬だけ身体を強張らせたが、目をぎゅっと瞑って、そっとルーナを抱きしめ返す。
「……ごめんね、ルーナ。今まで黙ってて」
「ううん、いいの。リブが、生きていてくれた……。
それだけで、私は充分だから……!」
オリヴィア……リブとルーナは、そうやって、しばらく抱き合っていた。
「それにしてもよ……何で、もっと早く言ってやらなかったんだ?」
空気が読めていないのか、あえて読んでいないのか……。
抱き合うリブとルーナに対してそんな質問をしたのは、美香だった。
美香の質問に対して、オリヴィアはルーナから身体を離しながら答えた。
「……全ては、サヘラのせい」
暗い表情で、オリヴィアは言った。
「サヘラ?」
知らない名前が出てきて、思わず聞き返してしまう和花。
そんな彼女に、ルーナが補足を入れた。
「サヘラ・クライセル。
魔導十姫の、序列一位。
魔導実験と人体実験が大好きの、イカれた女よ」
ルーナの補足に頷くと、オリヴィアは言葉を続けた。
「……最初から説明する。
サヘラは、ルーナに奴隷を供出させるよう迫った。
ルーナが奴隷たちに情が湧いたのを知ってて、わざとそうさせた。
だから私は、自分から志願して……。
そして、サヘラの研究室で実験台になった」
「実験台……」
ルーナが後悔を滲ませた声でつぶやく。
オリヴィアは言葉を続けた。
「当時のサヘラの実験テーマは、後天的な能力の移植だった。
要するに、人間に魔族の能力を無理やり植え付ける実験。
私は、その唯一の成功例にして、最後の生き残り」
「だけどよ………お前、人間にしか見えないぜ?」
美香の言葉に、オリヴィアは回答する。
「私が改造された種族は、人狼。だから、普段は人間の姿」
「そうだったの……」
ルーナの呟きに、オリヴィアは頷いてみせた。
「私の空間魔法も、サヘラによって与えられた力。
本来、人狼は獣魔族だから、高度な術式は使えない。
強力な身体能力と魔術適正。
私は、人体実験の結果、相反する能力を兼ね備えた存在になった。
そしてサヘラは、知りたがった。
唯一の成功例である私の力が、どこまで通用するかを……。
だから、私に魔導十姫になるように命じた。
でも、私を自由にすると、空間転移で逃げ出すかもしれない。
……だからこそ、サヘラはルーナのことを条件にした」
「……私?」
ルーナが聞き返すと、オリヴィアはコクリと頷いた。
「そう。もし私が裏切ったら、ルーナを殺すと脅された。
ルーナにコンタクトを取るのも禁止。
このことを伝えたら、今度はルーナが逃げ出すかもしれないから」
「そういうことだったんだ……」
和花が納得したように呟くと、オリヴィアは再び頷いた。
「だから私は、ルーナに正体を明かすわけにはいかなかった。
加えて、サヘラのヤツは、叛逆防止用のキーを私の脳内に埋め込んだ」
「キー?」
琴音が聞き返すと、オリヴィアは説明した。
「私は人狼だけど、自分の意思で変身できない。
変身するための条件を、脳改造によって限定されてしまったから。
条件は二つ。
一つは、サヘラの魔法陣を視認した時。
そしてもう一つは……ルーナのことを視認した時。
……私が仮面を被ってたのは、勝手に変身しないようにするため。
対象物を直視しなければ、変身しないから。
ルーナは、私を救ってくれた。私の一番大切な人。
……だからサヘラは、わざとそれを条件にした。
私がルーナの顔を見たら、変身するように」
あまりに悪辣な仕組みに、話を聞いていた三人は揃って顔を顰めた。
しばらく沈黙が続いたが、やがて、琴音が口を開いた。
その表情は、かなり厳しい。
「……事情は分かった。でも、オリヴィア。アンタには聞かなきゃいけないことがある」
「なに?」
「この間、アンタはルーナを刀で刺した。
……あれはどういう理由?
場合によっては、アンタを許すわけにはいかない」
それを聞いたオリヴィアは、苦々しげな表情で顔を伏せた。
「……ルーナの呪いを解くつもりだった」
「呪い? それは……モルガナってやつに掛けられた、死の呪いのこと?」
「そう。ルーナを仮死状態にすれば、死の呪いは解ける……と聞いたから。
でも、無理だった。……私にはできなかった」
「……そう。ルーナを助けるためだったんだ」
琴音の厳しい顔が、わずかに和らいだ。
それとは対照的に、オリヴィアの表情は暗い。
「そのつもりだったけど、ダメだった。
改めて……ルーナ、あの時はごめんなさい」
ぺこりと頭を下げるオリヴィア。
それを見て、ルーナがにっこりと笑う。
「別にいいわ。今もこうして生きてるわけだし。リブも気にしちゃダメよ?」
「……ありがとう」
「……話は変わるけどよ。じゃあ、今日のことは何だったんだ?」
お礼を言うオリヴィアに向けて、今度は美香が質問した。
先ほどまで、人狼と化したオリヴィアと魔法少女たちは戦っていたのだ。
オリヴィアがルーナのことを大切に思っていたのなら、おかしな話である。
再び、オリヴィアが苦々しげな顔つきになった。
「……それは、モルガナのせい」
「ルーナに呪いをかけたやつか?」
「そう。ルーナの呪いを解除するためのアイテムを盗みに、アイツの研究室に入ったところを捕まった。
その後は、あまり記憶がないけれど……。
私は、モルガナの魔術で操られてた……んだと思う。
呪術によって強制的に自我を封印された挙句、無理やり人狼状態にされて……。
迷惑をかけたみたいで、ごめんなさい。
……そういえば。
あれはかなり複雑な呪術で、解除はまずできないはずだったんだけど。
どうやったの? あれだけあった呪術が、まとめて消し飛んでる」
「あー……。それ、私のせいかも……」
和花が、恐る恐る手を挙げた。




