第六十三話 人狼
半人半獣の姿に成り果ててしまったオリヴィア。
その外見は、既に彼女のものとは大きく乖離している。
ぶつぶつと何かを呟いているが、既に自我さえも失われてしまっているようだ。
獣のような姿になったオリヴィアが、輝く満月の下で咆哮する。
「グルルァーー!!」
弾丸のような速度で突っ込んできたオリヴィアを、魔法少女たちが迎え撃った。
オリヴィアの狙いは、ルーナだった。
ローズの肩に乗っている彼女めがけて、一直線に向かってくる。
「ーーッ!?」
オリヴィアの凄まじい気迫に、思わずルーナが息を呑む。
「……デイジー!」
「おうよ!」
リリィの言葉に従い、ルーナを庇うように飛び出したのは、デイジーだった。
突進してきたオリヴィアの鉤爪による攻撃を、正面から手甲で受け止める。
「……うおっ!? すげーパワーだぞコイツ!?」
しかし……力自慢のデイジーが、パワーで押し負けた。
どうやら今のオリヴィアは、腕力が異様なレベルまで強化されているようだ。
ドガン! と言う轟音と共に道路が陥没し、デイジーの身体が腰までコンクリートに埋まってしまう。
動けなくなったデイジーを見て、狼面のオリヴィアがニヤリと笑う。
「ーーぐっ!? やべえ!」
「デイジー!」
動けなくなったデイジーのピンチを助けたのは、リリィだった。
腕を振り下ろした格好のオリヴィアに向かって、思い切りパンチを放つ。
ーードゴン!
リリィのパンチは、まともにオリヴィアの頬に命中した。
衝撃でオリヴィアの身体が吹き飛ばされ、渋谷の交差点を転がった。
魔法少女の拳は、ちょっとしたショットガン並みの威力がある。
普通なら、大ダメージで行動不能になってもおかしくない。
「グルル……!」
「……ッ!?」
しかし……次の瞬間には、オリヴィアは立ち上がっていた。
まるで、痛みやダメージを感じていないかのように。
どうやら、膂力だけでなく、耐久力や打たれ強さも向上しているようだ。
否……それどころか、今の彼女は、痛みすら感じていないのかもしれない。
「そんな!? 効いてないの!?」
ローズの上げた驚きの声に反応して、オリヴィアが彼女の方を向いた。
正確には、彼女の肩に乗ったルーナに視線を向けている。
直後、獣と化したオリヴィアが、再びローズ目掛けて飛びかかってきた。
その攻撃に対し、リリィが割り込んで、ローズとルーナを庇う。
「グルァ!」
「ーーぐっ!?」
掬い上げるようして放たれた、オリヴィアの拳。
そんなオリヴィアの爪撃を受けたリリィは、ギリリと歯を食いしばった。
まるでトラックに轢かれたような衝撃だ。
浮き上がろうとする身体を押さえつけ、なんとかその場で耐えようとする。
しかし、オリヴィアの拳を受け止め切ることはできなかった。
ゴッ! という鈍い音と共に、猛スピードで吹き飛ばされる。
上空に打ち上げられたリリィは、ビルの一つ、その上層階に激突した。
ガシャンとガラスの割れる音が響き、砕けたコンクリートとセメントが粉塵となって、もうもうと砂埃が上がる。
「リリィ!!」
ローズが悲鳴を上げる。
しかし、それは大き過ぎる隙だった。
その一瞬で間合いを詰めたオリヴィアが、ルーナ目掛けて鉤爪を振るう。
「ーーッ!?」
「危ない!」
慌ててルーナを抱え、横合いにジャンプして回避するローズ。
オリヴィアの爪撃がルーナを掠め、彼女のビロードのような毛皮に、うっすらと血が滲んだ。
なんとか回避に成功したローズとルーナであったが、オリヴィアはしつこかった。
何度も何度も爪を振るい、ルーナを狙って攻撃を仕掛けてくる。
「……くっ」
ルーナを抱えたままでは、反撃できない。
しかし、ルーナを手放せば、オリヴィアの攻撃はそちらに向くだろう。
身体能力がネコ程度しかないルーナにとっては致命的だ。
かなり分の悪い状況に、思わず歯噛みするローズ。
そこへ助けに入ったのは、デイジーだった。
コンクリートに埋まった状態から脱出してきた彼女が、オリヴィアとローズの間に強引に割り込む。
「アタシを……」
ズン、という地響きとともに、デイジーの足元でコンクリートが砕けた。
彼女は、そのエネルギーを余すことなく、自身の拳に伝わらせていく。
「……忘れてんじゃねえよ!」
デイジーは、硬く、硬く、拳を握り込んだ。
そして……。
ドガァァァン!
全力の乗ったパンチを、オリヴィアに叩き込む。
凄まじい轟音と共に、オリヴィアの身体が吹き飛ばされ、放棄されていたトラックに突っ込んだ。
金属製のコンテナが大きく陥没し、中に詰まっていた商品がバラバラと地面を転がる。
「ありがと、デイジー!」
「おうよ。……しっかし、硬えな……」
ニッと漢らしく笑いながらも、手をプラプラするデイジー。
どうやら、オリヴィアを殴った拳が思いがけず痛かったらしい。
「グルアァァァァ!」
流石に少しは効いたのか、怒りに震えながらトラックの荷台から飛び降りたオリヴィア。
そして、こちらを睨みつけながら、身体を撓めて、再び突進してこようとする。
しかし、その直後。
バシュゥゥゥゥ!
サファイアのように蒼く輝く冷気の渦が、オリヴィアを直撃した。
オリヴィアの獣じみた身体が、見る見るうちに白く凍りついていき……。
数秒もしないうちに、白銀の氷像が完成する。
「リリィ!」
「痛……。よくもやったな、この犬女」
もちろん、これはリリィの攻撃である。
先ほど突っ込んだビルの上層階から、凍結魔法を放ったのだ。
リリィの凍結魔法は、相手の防御力に関係なく、瞬時に敵を凍結させてしまう凶悪さを持つ。
実際、これまで何体ものリ・ヴァース怪人たちを葬ってきた。
どうやら、この状態のオリヴィアにも、きちんと有効だったようである。
ただし……どうやら、倒しきれてはいないようだ。
その証拠にオリヴィアは、凍りついてはいるものの、これまでの敵のように瞬時に砕け散ることはない。
彼女の身体は、未だしっかりと人型を保っている。
「おう、リリィ! よくやったな!」
「……なんか、上から目線なのが気に食わないんだけど」
デイジーの賞賛に、少しだけ嫌そうな顔をしながら、ビルの上層階から降下してきたリリィ。
三人とルーナは合流したが……氷像と化したまま、オリヴィアは動かない。
「やったか!?」
「デイジー、それは……」
「復活フラグだよ……」
直後、二人の言葉を裏付けるかのように。
オリヴィアの身体を覆っていた氷が、一気に砕け散った。
どうやらリリィの凍結魔法でも、身体の外側しか凍らせることはできなかったようだ。
ガラガラと崩れる氷の中から、5体満足のオリヴィアが現れる。
そのまま、大きく息を吸い……咆哮した。
「アオォォォォン!」
それはまさしく、狼の遠吠えだった。
オリヴィアの叫び声が夜の渋谷に鳴り響き、周辺のガラスがビリビリと振動する。
「……ほらみろ。デイジー、アンタのせいだからね」
「アタシのせいかよ!?」
リリィの罵倒に、目を剥いて驚くデイジー。
そんな気の抜けた会話を繰り広げる二人を、珍しくローズが注意する。
「ちょっと、リリィ、デイジー! ……くるよ!」
ローズが言うが早いが……。
オリヴィアが、再び突っ込んできた。
敵の狙いは、やはりルーナだ。
横にいるリリィとデイジーのことは、完全に無視している。
オリヴィアが向かった先は、ルーナと、彼女を抱いているローズのいる方向だった。
ローズは、ルーナのことを抱えたままだ。
今のローズに、近接戦闘は難しい。
慌てて、リリィとデイジーがフォローに入ろうとする。
その時だった。
「……〈多重・月楔十字〉」
無数の光の十字架が、渋谷の交差点に降り注ぐ。
次々と地面に突き立つ、十字架の群れ。
それらがオリヴィアに突き刺さり、彼女を地面に縫い止めた。
もちろんこれは、ルーナの発動した魔法だ。
通常の〈月楔十字〉では、強化された今のオリヴィアを拘束しきれない。
そう判断したルーナが、この術式を重複起動したのである。
幾本もの光り輝く十字架によって拘束されたオリヴィアは、怒りの声をあげながらジタバタともがく。
暴れるオリヴィアによって、いくつか十字架が壊されるが……。
次から次へと生み出されていく十字架が、途切れることなくオリヴィアを拘束し続ける。
そのおかげで、オリヴィアは動けずにいた。
しかし、ルーナの術が縛っているのは、オリヴィアだけではなかった。
「ルーナ!?」
「ちょっと、ルーナ!」
「おい! アタシたちまで巻き込んでんぞ!」
「……ごめんなさい。少しだけ、我慢してて」
ルーナの術は、仲間であるはずの魔法少女たちも、まとめて拘束していた。
彼女たちの身体にも、無数の光の十字架が突き立っている。
しかし、これはルーナのミスではなかった。
なぜなら……この状況こそを、ルーナは狙っていたのだ。
ルーナは、ぴょんとローズの腕の中から飛び降りた。
そして、拘束されて呻いているオリヴィアの元まで、静々と歩みを進めていく。
「グルル……!」
近づいてくるルーナを見て、オリヴィアは一層激しく暴れた。
ルーナ目掛けて狼のような口を剥き出し、尖った歯をガチガチと鳴らす。
そんなオリヴィアを悲しそうな目で見つめながら、ルーナはポツリと呟いた。
「……ねえ、リブ。貴女、どうしちゃったの?」
返事はない。
ルーナは、言葉を続けた。
「そんな……そんな酷い姿になっちゃうくらい、私のことを恨んでたの?」
オリヴィアは答えない。
あるいは、既に答えられないのかもしれないが……。
彼女はただ、獣のような唸り声を上げるのみだった。
そんなオリヴィアに向かって、ルーナは懇願するように言った。
「お願い……もうやめて」
「グルル……!」
ルーナの目に、じわりと大粒の涙が浮かぶ。
彼女は、悲痛な声で叫んだ。
「もうやめて、リブ!
私を殺したいのなら、そうすればいい!
貴女の気が、それで済むのなら……!」
「ルーナ!」
不吉な予感を覚えたローズが叫び声を上げる。
そんなローズのことを、ルーナは微笑みながら、そっと見上げた。
そして、彼女は……。
オリヴィアに掛けられていた拘束術式を、静かに解除した。
彼女を拘束していた、無数の十字架が一斉に霧散し……。
「グルァァァァーーッ!」
楔から解き放たれたオリヴィアが、ルーナ目掛けて飛びかかった。




