第五十八話 素顔
初撃は、やはりオリヴィアだった。
瞬間移動という強みを活かして、魔法少女たちの背後から奇襲をかける。
シュン、というかすかな音と共に出現したのは、デイジーの後方だった。
「ーーッ! 今度はアタシかよ!」
オリヴィアの刀による一撃を、デイジーが手甲で受け止める。
鮮やかな黄色の手甲と白銀の刀がぶつかり合い、火花を散らした。
「ーーえいっ!」
「ーーシッ!」
デイジーが攻撃を受け止めている間に、ローズとリリィが同時に攻撃を仕掛ける。
ローズのパンチと、リリィの回し蹴り。
どちらも、命中すればオリヴィアに少なくないダメージを与えられる程度の威力を秘めていたが、いずれも空振りした。
攻撃を外した二人が周囲を見渡すと、既にオリヴィアは十数m先に転移している。
「速いね……」
「瞬間移動……想像以上に厄介だね」
顔を見合わせるローズとリリィ。
そこに、デイジーが割って入った。
「なんだよテメーら、弱気だな! アタシがぶん殴ってやるぜ! 見てろ!」
そういうが速いが、真っ直ぐオリヴィアめがけて突っ込んでいく。
「ちょっ、デイジー!?」
「あのバカ……!」
慌てて、ローズとリリィもそれに追従した。
高速で突っ込んでくる魔法少女たちを、オリヴィアが迎え撃った。
凄まじい速度で放たれた、デイジーのパンチ。
それを瞬間移動で軽く回避したオリヴィアは、攻撃をスカされて体勢が流れたデイジーの背中に、鋭い蹴りを叩き込んだ。
「イテェ!?」
「……ちょっ!?」
オリヴィアの細足から放たれた蹴りは、見た目にそぐわぬ凄まじい威力を誇っていた。
そのまま吹き飛ばされるデイジーを、空中でローズがキャッチする。
「くらえ!」
「……ふん!」
お返しとばかりに、リリィが氷の弾丸を放った。
猛スピードで飛来した氷礫を、オリヴィアが刀で叩き落とす。
リリィの稼いだ時間で、ローズとデイジーは体勢を立て直していた。
「もう、デイジーってば……」
「一人で突っ込むな」
「いてて……悪りぃ悪りぃ」
ローズが呆れたように、リリィは冷ややかに、デイジーのことを見た。
当の本人は、腰をさすりながら謝罪の言葉を口にしているが、あまり反省してはいなさそうだ。
どこか呑気な会話を繰り広げる魔法少女たちを、オリヴィアは冷ややかな目で見た。
「……それで終わり? こんなんじゃ、私には勝てない」
「もちろん、違うよ!」
「これは時間稼ぎ」
「そうだぜ! ……行けるか、ルーナ!」
デイジーが呼びかけると同時。
周囲を、黄金の結界が包みこんだ。
「……? ーーッ!? これは……!」
訝しげに結界を見回していたオリヴィアだったが、いきなり、その顔色が変わった。
ーー瞬間移動できない。
まさかと思い、発動しようと試みた瞬間移動は、結界に阻害されて発動しなかった。
(この感覚……移動阻害結界か! 面倒な!)
オリヴィアは、周囲を包み込んだ結界の性質を正確に理解していた。
瞬間移動そのものは、かなり無理をすれば発動できなくもない。
ただし、魔力消費が激しすぎて、例え使用できても数回程度が限界だろう。
さらに、オリヴィアの感覚によれば、転移術式の起動自体にも数秒以上かかりそうだ。
わずか数秒ではあるが、先ほどのような高速戦闘を行うのは、まず不可能だろう。
これは、ルーナのオリジナル魔法、〈月光結界〉である。
この結界の元々の効果は、結界内にいる対象の身体の動きや移動を阻害するという、極めてシンプルなもの。
それをルーナが改良し、“概念としての移動”をも妨害できるように組み替えた。
つまり、オリヴィアの瞬間移動であっても、問題なく阻害できるということ。
加えて、この結界は効力を及ぼす対象を自在に選ぶことができる。
かなり複雑な術式であるため、発動にかなりの時間がかかることがネックだが、一度発動してしまえば、相手に一方的なハンディキャップマッチを強いることができる。
何せ、オリヴィアは身体の動きに制限がかかり、切り札の瞬間移動を使用できなくなるが、魔法少女たちは問題なく行動できるのだ。
これは、今回の敵がオリヴィアだと分かった時点で決めていた作戦だった。
ルーナは多彩な魔法を使用できるが、リ・ヴァースを脱走した際にかけられた呪いの影響で、身体能力はネコと同程度しかない。
つまり、近接戦を得意とするオリヴィアが相手では、ルーナは相性があまり良くないのである。
そこで彼女たちは、ルーナの長所を最大限に活かすことにした。
オリヴィアの得意な術式が瞬間移動だということは分かっていたから、それを妨害する役割をルーナに頼んだのだ。
三人で時間を稼いでいる隙に、ルーナが敵にバレないように術式を組み上げ、一気に展開する。
そして、ルーナが隠れて結界を維持している間に、魔法少女たちは動きの鈍ったオリヴィアを倒す、というのが今回の作戦だった。
「行くよ!」
「……チッ!」
ローズの掛け声を受けたオリヴィアが、小さく舌打ちした。
そして、空中に浮いていた状態から、地上へと下降していく。
「……逃がすか!」
そう叫んだデイジーが、地上に降り立ったオリヴィアに殴りかかる。
頭上からのパンチをオリヴィアが軽やかに回避し、デイジーの拳がコンクリートに突き刺さった。
ドゴン! という轟音と共に、巨大なクレーターが形成される。
「……逃げたわけじゃない」
グッと腰を落とし、刀を構えるオリヴィア。
直後、目にも止まらぬ速度で、オリヴィアが抜刀した。
「ーー危ねぇ!?」
オリヴィアの刀から放たれた斬撃。
それをスレスレのところで避けたデイジーの背後で、駐車してあった自動車が真っ二つになる。
「ちょっ!? デイジー、大丈夫!?」
「ばか! 突っ込むなって言ったでしょ!」
「お、おう……」
流石のデイジーも、オリヴィアの斬撃を見た後だからか、顔色が悪い。
「みんなで戦うよ!」
「チームワークを忘れないで」
「チッ、わーってるよ!」
三人は、オリヴィアに向かって突進した。
オリヴィアの刀から繰り出される斬撃を回避しながら、着実に攻撃を重ね。ダメージを積み上げていく。
1対3の戦い。
いや、結界を維持しているルーナを合わせれば、1対4か。
明らかにオリヴィアが不利な状態であるにも関わらず、彼女は逃げなかった。
魔導十姫、その第九席の名は伊達ではない。
動きを阻害されているにも関わらず、三人の攻撃をいなし、受け止め、時には反撃さえしてみせる。
しかし、オリヴィアの様子は、どこか不自然だった。
三人を相手にしているにも関わらず、どこか集中しきれていない。
まるで、何かを探しているかのような……。
(……見つけた!)
直後、オリヴィアの動きが止まった。
その隙を逃さず、三人の攻撃が彼女を捉えた。
「……ぐぅぅ!」
三人の攻撃を、歯を食いしばりながら受け止めるオリヴィア。
先ほどまで攻撃を捌き続けていたのに、これは明らかに不自然だ。
三人が疑問に感じた直後、ヒュンとオリヴィアの姿がかき消えた。
(ーー瞬間移動!?)
(どうして、今になって……?)
(どこ行きやがった!?)
なぜ、ダメージを負ってまで、強引に瞬間移動したのか。
魔法少女たちは訝しみながらも、素早く周囲を見回した。
しかし、視界の範囲には、オリヴィアの姿はない。
一瞬、逃げられたかと考えたローズだったが、結界に阻まれて、瞬間移動は短い範囲にしか使用できなくなっているはずだと思い直す。
つまり、どんなに遠くに逃げたとしても、結界の外には出られないはずなのだ。
いったい、オリヴィアはどこに転移したのか?
その答えは、即座に齎された。
「ーーキャッ!?」
悲鳴。
それは、ローズのものでも、リリィのものでも、ましてやデイジーのものでもなかった。
今のは、ルーナの悲鳴だ。
ローズは、慌ててルーナの隠れている場所へと視線を動かした。
そこには、片手でルーナを掴み上げるオリヴィアの姿があった。
ルーナの心臓めがけて、オリヴィアが刀を構える。
「ーーだめぇぇぇぇ!」
ローズが悲痛な声で叫ぶ。
直後、オリヴィアの刀が、ルーナの身体を貫いた。
***
ルーナの身体から、血液が吹き出した。
術者が重傷を負ったことにより、周囲を囲っていた結界が、ゆらめいて消える。
「ーールーナ!!」
「ーーくそっ!!」
リリィが悲鳴のような声でルーナを呼び、デイジーが苛立たしげに毒づく。
「ーーーーッ!!」
しかし、リリィよりも、デイジーよりも速く動いたのは、ローズだった。
凄まじい速度で飛び込んでいった彼女は、オリヴィアめがけて思い切り拳を振るう。
オリヴィアは回避しようとしたが、避けきれなかった。
無理やり瞬間移動した反動で、上手く身体が動かなかったのだ。
ローズの拳が、オリヴィアの仮面の中心を撃ち抜いた。
ドガン! という轟音が響き、オリヴィアの身体が道路をもんどりうって転がっていく。
十数m以上も吹き飛ばされたオリヴィアは、なんとか起きあがろうとしているが、足が震えて上手く立てない様子だった。
「ルーナ! 大丈夫!?」
「へいき……なんとか、急所は逸れてるわ……」
「よかった……! 今、回復するからね!」
「油断、しないで……。まだ、オリヴィアがいるのよ……」
その言葉に、ハッとなるローズ。
彼女が慌てて顔を上げると、オリヴィアがよろよろと立ち上がるところだった。
その黒い仮面には、大きなヒビが入っている。
そのヒビは次第に大きく広がっていき、仮面全体へと広がっていく。
やがて、バキンという金属音と共に、オリヴィアの仮面が砕け散った。
パラパラと破片が落ち、その素顔が顕になる。
その向こう側から現れたのは、まだあどけない少女の顔だった。
長い黒髪に、頬に散ったそばかす、低い鼻。
何よりも印象的だったのは、その瞳だった。
まるでエメラルドのような、透き通った翠の瞳。
その顔が、焦りを浮かべながらローズのことを見返していた。
「ア……アンタは……まさか……!」
顔色を変えたのは、オリヴィアだけではなかった。
道路に倒れているルーナが、その目を溢れんばかりに見開く。
オリヴィアの素顔を見た彼女は、まるで幽霊でも見たかのように、身体を震わせた。
その顔立ちは、かつてルーナが喪った少女の顔に、そっくりだった。
大声で、ルーナは彼女の名を呼んだ。
目の前にいるはずのない、しかし彼女の記憶とそっくりな顔立ちをした少女の名を。
「ーーリブ!!」




