第五十四話 異変
「あーあ、笑った笑った」
「笑っちゃ可哀想だよ、美香ちゃん……」
「でもいい気味だった。ルーナ、グッジョブ」
「ふふん! 任せなさい!」
「琴音! ルーナを褒めないで! ルーナも、もうあんなことしちゃダメ!」
わちゃわちゃと会話するのは、魔法少女一行……和花とその友人たちだ。
彼女たちはスローンを倒したあと、琴音のマンションに戻っていた。
ルーナの【幻想】で認識を阻害していたため、誰かに見られるということもない。
部屋に帰るとすぐに、琴音がクッキーを焼いてくれた。
強制的に美香も手伝わされたのだが、意外にも彼女は手際が良かった。
妹の美奈のため、普段から料理をしている彼女は、お菓子作りも比較的得意だったのだ。
それを見た琴音は、意外そうにしながらも、少し嬉しそうだった。
彼女なりに、新しい友人ができたことを喜んでいるのかもしれない。
まぁ、琴音は決してそれを認めないだろうが。
なお、この際、和花とルーナは戦力外通告を受けている。
ネコの身体をしたルーナは仕方ないが、和花が応援役なのは、単純に手際がよろしくないからである。
和花にダダ甘の琴音は決して、そのことを口にしようとはしないが。
琴音と美香が焼いたクッキーをつまみながら、4名はしばし、おしゃべりに興じた。
彼女たちの話題は、自然と先ほどの戦いのことになり、やがて和花に心無い言葉を投げかけた二人組の動画配信者のことになった。
そこで、ルーナに魔法をかけられて逃げ出した二人のことを思い出して美香が笑い出し、冒頭のシーンに繋がるというわけである。
なお、あの二人組(ウェイウェイTV)のチャンネルは、わずか1時間足らずでBANされていた。
リ・ヴァースへの突撃そのものも問題だったが、その後のマギア・ローズへのヘイト発言が、全国民の怒りを買った結果である。
異例なことではあるが、国のお偉いさんもこぞって声明を出していたから驚きだ。
まぁ、これについては無理もないだろう。
もし彼女たちが国外に出るようなことになれば、日本をリ・ヴァースから守るものがなくなってしまう。
国政を担うものとして、当然の対応だと言えた。
そういったニュースを見ながら、ゲラゲラと笑っていた美香であったが、途中で表情を引き締めて和花に言った。
「……あのなぁ、和花。あんぐらいしとかないとダメだぜ。あのバカどもにはちょうどいい薬だろ」
「そんなこと……」
「そんなことあるだろ。和花はマギア・ローズとして、日本を守ってるんだぜ? それを追い出そうなんて、どうかしてるだろ」
「そうだよ、和花。今回はプリンちゃんが正しい」
「そうそう……って誰がプリンちゃんだコラァ!」
「ちょっと、美香ちゃん、落ち着いて! 琴音も!」
「ったくよ……」
「まぁ、それは傍に置いとくとして」
傍に置いとくなよ、と美香がぶつぶつと呟いたが、琴音には黙殺された。
「……和花も、そう思ってる? 自分のせいだって」
「……」
「おいおい、嘘だろ!?」
黙り込む和花に、驚いたように美香が言った。
「お前のせいなわけないだろ! 悪いのは、攻めてきてるリ・ヴァースに決まってるだろーが!」
「……わかってる。でも……」
「和花のせいじゃない。あのピエロも言ってたけど、元から東京は侵攻対象だったんだから。むしろ和花が東京にいたおかげで、侵攻を食い止めることができたんだよ」
「そうだぜ? もしお前が沖縄とか北海道にいたら、アタシや、みぃも死んでただろうぜ。無事だったのは。お前のおかげだぞ、和花」
「そう……かな」
自信なさげに呟く和花に対して、力強く琴音が言う。
「そうだよ。一部のバカの発言は気にしちゃダメ」
「……うん、わかったよ。……ありがとう、二人とも」
にっこり笑う和花を見て、琴音も美香も表情を和らげた。
二人とも、彼女のこういう素直なところが好きだった。
「……私としては、和花のことを追い出そうなんて考えてる奴が、一人でもいたことが許せないけど」
腹立たしげにそう呟く琴音に対して、美香が言った。
「ルーナに任せれば、案外なんとかなるんじゃね?」
「……どうやって?」
おそるおそる和花が尋ねると、美香は大きな胸を張って言った。
「魔法でこう、全国民の意識を変えるとかしてよ……」
「ダメに決まってるでしょ!」
大声でツッコミを入れる和花。
それに対して、琴音も言葉を返した。
「大丈夫。法的には問題ない」
「そんなわけないよね!?」
目を剥いて叫ぶ和花に、少しだけ笑いながら琴音が説明する。
「日本の法律は、あくまで人が主体だからね。魔族のルーナを縛るものは何もないよ」
「えっ!? そういうもんなのか?」
琴音の言葉に反応したのは、和花ではなく美香だった。
美香の方をチラリと見た琴音は、言葉を続けた。
「真面目なこと言うと、ルーナのことを法律上、人間として認めるかどうかが争点だろうね」
「じゃ、好き勝手し放題じゃね?」
美香の言葉に、わずかに顔を曇らせる琴音。
「……逆に言えば、人間として認められてないってことでもあるからね。下手をすれば駆除対象になる」
「ひどい!」
そう叫んだ和花を宥めるように、琴音は言った。
「もちろん私たちにとっては、ルーナは大事な友人だよ。でも、魔族のことを人間と定義するかどうかは……」
「うーん……ルーナはそれでいいの?」
和花がルーナに話しかけるが、返事がない。
ガシャンという皿のひっくり返る音が、代わりに響いた。
「……ルーナ? ……どうしたの、ルーナ!?」
ルーナは倒れていた。
その呼吸は苦しげで、身体からもぐったりと力が抜けている。
「ルーナ!?」
「おい、大丈夫か!」
「ルーナ!!」
***
永久の闇に包まれた世界、リ・ヴァース。
その中心に聳え立つ魔皇城は、巨大な岩山をくり抜いて作られている。
岩肌に開いた穴の一つから、一人の少女が空を見上げていた。
どんよりと曇った空。
まるで自分の内面を映しているようだと、その少女……オリヴィアは思った。
オリヴィア・ユースティティア。
黒い仮面と日本刀を身につけた彼女は、魔導十姫の序列九位にして、【刀】の銘を与えられた武人である。
そんな彼女が、まるで年相応の少女のように、小さくため息をつく。
(時間がない……。ひとりひとり、弱い順に出撃していたのでは……)
かつて密かにライト・ヴァースへ侵入し、マギア・ローズを襲撃した彼女であったが、今は自重していた。
数週間前に魔皇に下された【神託】が主な理由だ。
その内容は、序列が低い順に、かつ一人ずつ、リ・ヴァースに侵攻すること。
固有魔法【空間】を使える彼女は、やろうと思えば一人でも侵攻することはできる。
しかし、それはあまりにも悪手であると言わざるを得ない。
なぜなら、魔神様からの【神託】に背くということは、リ・ヴァースにおいては死を意味するからだ。
例え【神託】の中でペナルティについて言及されていなくても、魔導四妃による粛清が待っている。
【神託】を絶対視するエクレシアはもちろん、規律に厳格なジャンヌやジュジュも決して許さないだろう。
エルフューザについては言わずもがな、だ。
世界7都市への同時侵攻作戦もあったが、あれはむしろ例外的なことなのだ。
オリヴィアは、焦っていた。
一刻も早く、彼女をなんとかしなくてはならない。
タイムリミットは、そう遠くないのだ。
彼女がグッと拳を握りしめた、その時だった。
「おーほっほ! こんばんは、オリヴィアさん!」
彼女の背後から、けたたましい笑い声が聞こえた。
甲高いその声は、男にも女にも聞こえる。
その声を聞いたオリヴィアは、仮面の下で思い切り顔を顰めた。
素早く背後へ振り向くと、油断なくその人物を睨みつける。
そこにいたのは、ピエロの衣装に身を包んだ怪人……道化師だった。
オリヴィアの感知能力は高い。肉体的な感知能力はもちろん、【空間】を扱う彼女は、魔導十姫の中でも特に転移術式に対する高い感受性を持つ。
そんな彼女に察知されることなく背後に忍び寄った道化師は、油断のならない相手だった。
「……何の用?」
「おーほっほ! これは歓迎されていないご様子ですねぇ〜! ワタクシ悲しいです〜!」
オーバーなリアクションで泣き真似をしてみせる道化師。
その様子を、オリヴィアは冷たい目で仮面越しに見つめた。
彼女は、神出鬼没にして胡散臭いこの人物を、最大限に警戒していた。
最古の魔族と噂されるエルフューザでさえ、道化師には慎重な対応をとる。
これといった役職も与えられていないため、本来であれば、こうしてオリヴィアに話しかけてくること自体が不敬な行為だ。
しかし、魔皇陛下のメッセンジャーということもあって、道化師の立ち位置は複雑だった。
取り敢えずオリヴィアは、同僚である魔導十姫へのそれと同じ対応をとることにしていた。
ぶっきらぼうな言葉で、いつまでも泣き真似をする道化師を急かす。
「……早く要件を言って」
「寂しいですね〜! 世間話でもしましょうよ〜!」
「……用がないなら、もう行く」
付き合い切れないとばかりに、道化師に背を向けるオリヴィア。
しかし、その背中に、聞き捨てることのできない言葉が投げかけられた。
「それは残念! あの子に関する、とびっきりの情報を持ってきましたのに〜!」
それを聞いたオリヴィアは、ピタリと歩みを止めた。
コイツは、なぜか「あの子」とオリヴィアの関係を知っている。
どこまで把握しているかは不明だが、下手をすれば、オリヴィアの最終的な目的すら知っている可能性さえあった。
そんな怪人物からの「とびっきりの情報」。
胡散臭いことこの上ないが、万が一ということもある。
逡巡の末、オリヴィアは絞り出すような声で、道化師に話しかけた。
「……言いたいことがあるなら、言って」
「うーん、どうしても言いたいというわけではないので……これで失礼しましょうかね?」
意地の悪い声で笑いながら、踵を返そうとする道化師。
その様子を見たオリヴィアは、ぎりりと歯を食いしばる。
やがて、背中に向かって、オリヴィアが縋るような声で言った。
「……待って」
「おんやぁ? なんですかぁ?」
「……教えて。あの子の……ルーナのこと」
オリヴィアの仮面に刻まれた紋様。
それは、どこか泣いているようにも見えた。




