第四十八話 三人目のヒロイン
魔獣兵が、力任せに腕を振り下ろす。
肉がひしゃげて潰れる音が、公園に響いた。
しかし……一瞬の交錯ののち、立っていたのは、美香の方だった。
最後まで敵から目を逸らさなかった美香は、何が起こったのか、全てを目の当たりにしていた。
「ーーッ!? なんだ、こりゃ!?」
美香の全身から、鮮やかな黄色のオーラが吹き出している。
そのオーラが、美香に殴りかかろうとしていた魔獣兵を吹き飛ばしたのだ。
魔獣兵の腕は、オーラにぶつかった途端、弾けて消滅した。
自慢の腕を失った魔獣兵が、地面でのたうち回っているのを、美香は呆然と見下ろしていた。
美香は、ふと自分の手の甲を見た。
そこには、見覚えのない白い紋章が浮かび上がっている。
ダイヤモンドを模したかのようなその紋章は、まるで生まれた時からそこにあったかのように、彼女の身体に馴染んでいた。
やがて、キラキラと、紋章から光が溢れ出す。
その色は、オーラと同じ鮮やかなイエロー。
「ーーー!? 身体が……治ってく!?」
柔らかな光に包まれた美香の身体が、凄まじい勢いで回復していく。
砕けた拳も、抉れた脇腹も、わずか数秒後には、綺麗さっぱり無くなっていた。
先ほどまでの倦怠感や痛みは、一切残っていない。
それどころか、全身にパワーがみなぎっていた。
「うおおおお!? スゲェ!!」
美香は、一歩踏み出した。
それは、先ほどのような弱々しい足取りではない。
力強く、エネルギーに満ち溢れている。
美香は、いつの間にか、自分の手に何かが握られていることに気がついた。
そこにあったのは、和花も使っていた機械だった。
【姫装神機】という名前のそれを、美香は迷うことなく自分の腰に押し当てた。
光の粒子がぐるりと円環を描き、美香の腰にベルトとなって顕現した。
「《機構:認識》ッ!」
美香は叫ぶ。
それに合わせて、【姫装神機トランス・デック】がギラギラと輝いた。
周囲を漂う黄色のエネルギーが、その煌めきを増していく。
いつの間にか美香の手に握られていたのは、一枚のメタルカード。
「《光 よ》ッ!」
美香の号令に合わせて、周囲を浮遊していた鮮やかな黄色のエネルギーが一斉にざわめく。
腰に装着した【姫装神機】も、周囲のエネルギーと同じ色へと変化していった。
メタルグレーから、目にも眩しいほどのサルファ・イエローへと。
美香の手にあるメタルカードも、大きく変化していた。
鮮やかな黄色に染まっただけでなく、表面にはダイヤモンドの意匠が刻印されている。
それは、美香の手に浮き出していた白い紋章と、全く同じ柄だった。
「《魔素:収束》ッ!」
美香の周囲で渦を巻いていた黄色の粒子が、彼女の身体へと集まってくる。
「《装束:展開》ッ!」
収束した光の粒が、美香の身体を柔らかく包んでいく。
そして……。
「《変 身》ッ!」
美香がサルファ・イエローのカードを、腰のバックルに装填した。
カシュン!! という軽やかな金属音と共に、激しくベルトが発光する。
轟轟と渦を巻くエネルギーの本流。
やがてそれは、美香の身体にまとわり付くようにして具現化し始めた。
柔らかながらも、メタリックな光沢を放つ布地。
そして、勇ましくもどこか可愛らしくもある全身の装甲。
黄色を基調とした、目にも眩しい黄色の配色だ。
くっきりと濃いイエローだが、決して下品ではない。
黒色だった瞳の色も、ドレスと同じ黄色に変化していた。
バッサリと切られた金のショートカットが、しゃらりと美しく伸びていく。
同色のシュシュが、伸びた髪を結い上げる。
耳には、ダイヤを模したイヤリングが光っていた
変身は、刹那のうちに完了した。
鮮やかなイエローの光素が、美香の周囲でキラキラと瞬く。
顕現するのは、天導衞姫。
和花と琴音に続く、三人目の戦乙女である。
「ゲア……!?」
地面をのたうち回っていた魔獣兵が、驚いたように美香のことを見た。
先ほどまで瀕死だった小娘は、もうどこにもいない。
そこにいたのは、一人の女戦士だった。
「ゲ……ゲアァァァァ!」
魔獣兵は、恐怖を感じない。
感じられるほどの知能を持っていないためだ。
しかし、その身体は、確かに震えている。
それを振り払うかのように、魔獣兵は飛び出した。
「オラァ!」
「ーーギャッ!」
勝負は、一瞬だった。
美香が拳を振るうと、魔獣兵は木っ端微塵に吹き飛んだ。
「スゲェ……!」
美香は、信じられない思いで自分の拳を見つめた。
あれだけ頑丈に思えた魔獣兵の身体が、まるで豆腐のような柔らかさだった。
美香は嬉しかった。
信じ難いほどのパワーを手に入れたことが、ではなく。
大切なものを衛ることのできる力を得たことに、彼女は歓喜していた。
「ミカ、ごめんなさい! 遅くなっ……てぇぇぇぇ!?」
そこへ、ルーナが駆けてきた。
どうやら、周辺の魔獣兵を駆逐し終わったようだ。
彼女は必死な様子で走ってきたが、そこにいた黄色の戦乙女……新たな天導衞姫を発見して、仰天した声を上げた。
「おう、ルーナか」
「そっ!? その声……ミカなの!?」
「まぁな」
ルーナは愕然とした。
瞳が黄色になったことに加えて、髪が伸びたことで、かなり外見の印象は異なっている。
しかし、よくよく見れば、その鋭い顔立ちは美香のものだ。
「ま、まさか……三人目の天導衞姫!? いったいどうなってるのよ!?」
「アタシにも分かんねぇ。だがよ……」
混乱するルーナに向かって、美香はニヤリと笑った。
元の顔立ちと相まって、その表情は、狼が威嚇する時のそれを思わせる。
彼女は言った。
「これで、あの亀野郎をぶっ飛ばせるってこったろ?」
***
「くっ!? このお!」
「ギャハギャハギャハ! 効かぬ、効かぬわ!」
マギア・ローズは苦戦していた。
トルトゥーガは、ハッキリ言って強敵ではない。
パワーはそこそこあるが、スタミナは貧弱で、攻撃のバリエーションにも乏しい。
加えて、スピードに至っては皆無に近い。
ルーナが「硬いだけの木偶の坊」と評したが、まさにその通りの相手である。
しかし、硬い。
どうやらトルトゥーガはステータスを防御性能に全振りしているらしく、ローズの攻撃が全くと言っていいほど通じないのだ。
近接戦しかできないローズにとっては、かなり相性の悪い相手だった。
距離をとって、幸福なる光の奔流を放とうとしても、水球を放って妨害してくる。
それに、これだけ防御力の高い相手のことだから、ローズの必殺技が通用しない可能性もあった。
もしそうなったら、スタミナを使い果たしてローズの敗北が確定する。
そのため、千日手のような状態で、負けはしないが勝ちもしない、そんな苦戦をローズは強いられていた。
精神的に疲弊するローズ。
そのため、彼女は気付くのが遅れた。
背後から飛来する、新たな戦乙女の存在に。
「オラァァァァ!」
「ぐぶーー!?」
ローズの背後から出現した、黄色のドレスを纏った少女。
それが、トルトゥーガの鳩尾を思い切りぶん殴った。
無様な声を上げながら、吹き飛ばされるトルトゥーガ。
それを唖然としながら見送ったローズは、その黄色いドレスの少女が、自分の友人であることに気がついた。
「ま……まさか、美香ちゃん!?」
「おうよ!」
「ちょっとまって……美香ちゃんも天導衞姫なの? 身近に居すぎじゃない!?」
「難しいことは、よく分かんねぇ。けどな……」
美香は、ニヤリと笑った。
「これで思う存分、気に入らねーやつをぶっ飛ばせるぜ!」
「だめだよ美香ちゃん!?」
「ばっか! 冗談に決まってるだろ!」
「全く冗談に聞こえなかったよ……」
胸を撫で下ろすローズ。
しばらく、ホッと弛緩した空気が流れる。
「ぬああああ! 三人目の天導衞姫だとぉ!?」
そこへ、トルトゥーガが戻ってきた。
構えるローズに向かって、美香は言った。
「ここは任せろ! 和……ローズは、みぃを頼む!」
「……分かった! 回復したら、すぐ戻るね!」
「おう! それまでに終わらせてやるけどな!」
ニッと笑う美香を見て、和花も釣られて笑顔になる。
ギュンと飛び去るローズを見送った美香は、目の前の敵に向き直った。
「さてと。……さっきは、よくもやってくれたなぁ?」
「ぬううう!? よもや貴様、先ほどの小娘か!」
叫ぶトルトゥーガを睨みつけながら、美香はゴリゴリと肩を回した。
「みぃのこと、蹴っ飛ばそうとしてくれたよなぁ……? ああ!?」
「ギャハギャハギャハ! それがどうした!」
美香の言葉に、トルトゥーガが笑う。
「毛のない猿なんぞ、いくら死のうが同じことよ! 貴様も……ッ!?」
「うるせーよ」
「ぬうん!?」
ガゴン! という凄まじい音が響いた。
ブチ切れた美香が、トルトゥーガのことをぶん殴ったのだ。
脳天への強烈な一撃に、トルトゥーガの頭が地面にめり込んだ。
「チッ! 硬えな……」
少しだけ痛そうに手首を回す美香。
地面からズボッと頭を引き抜いたトルトゥーガが、勝ち誇ったように叫ぶ。
「ギャハギャハギャハ! 貴様の攻撃など……ぬう!?」
「うるせーつってんだろ」
再び、ドガン! という轟音。
亀怪人の巨体が、大きく後退する。
「そんな、攻撃など……」
「一発で駄目なら……ぶっ壊れるまで、殴り続けるだけだぜ!」
「無駄なこと……!?」
美香のパンチが、再びトルトゥーガに突き刺さった。
ずん、という重い音からも、その拳の衝撃が伝わってくる。
トルトゥーガは反撃しようとしたが、美香はそれを許さない。
何度も、何度も、美香のパンチがトルトゥーガを襲う。
「オラオラオラオラァ!」
「ぶぐっ!? ぼげっ!? ぶばっ!? ぷげっ!?」
美香のパンチは、やがて目にもとまらぬ拳の連打となって、トルトゥーガを滅多打ちにした。
美香の一撃一撃が、ローズの全力を凌ぐほどの豪撃だ。
トルトゥーガはまともに言葉を発することもできぬまま、タコ殴りにされるしかなかった。
やがて、積み重なる衝撃に耐えかねたのか。
バキン! という音と共に、トルトゥーガの殻皮にヒビが入った。
「なんだとぉぉぉぉ!?」
「ぶん殴って壊れねーもんなんて……この世にねーんだよ!」
「くそぉぉぉぉ! こうなれば……!」
トルトゥーガは、ミシリと身体に力を入れた。
そして、四肢を収納し、ふわふわと浮遊する。
そのままトルトゥーガは、丸ノコのように回転しながら、美香に体当たりを敢行した。
「ギャハギャハギャハ! これぞ、我が絶対防御形態! くらえい!」
「チッ! いってぇな……!」
手甲でブロックした美香だが、その衝撃に顔を顰めている。
調子に乗ったトルトゥーガは、大きく旋回すると、再びミカへと突進してきた。
美香は、何をすればいいのか、本能的に理解していた。
彼女は、自分の手の甲に浮かんだダイヤモンドの紋章をなぞった。
鮮やかなサルファ・イエローの光が、美香のための武器を形成していく。
彼女の拳に装着されたのは、トパーズのような輝きを放つ、メリケンサックだった。
自分にお誂え向きの武器だと、美香はニヤリと笑う。
「聖衛拳:ザ・ストレングス!」
美香には分かっていた。
武器の名前も、自分にこの武器が呼び出せることも。
そしてもちろん、その使い方も。
美香は拳を構えた。
ストレングスに黄色のエネルギーが収束していき、眩いまでの光を放つ。
美香は、突進してくるトルトゥーガ目掛けて、全力でパンチを放った。
「黄の豪撃鉄拳ォォォォ!!」
「ぬおおおおおお!?」
美香の輝く拳が、トルトゥーガの甲羅を粉砕していく。
破壊は甲羅だけでなく、その身体にも及んでいった。
ビキビキと全身にひび割れが走り……そして、一気に砕け散る。
数秒後。
そこには、何も残っていなかった。




