第四十五話 美香と妹
「ねーね!」
「みぃ〜! 元気だったかー?」
小さな家の玄関を開けると、3歳くらいの女の子が奥からトテトテと走ってきた。
その子を思い切り抱きしめる美香。
ヤンキー少女である美香が小さな女の子を抱え込んでいる姿は、下手をすれば通報されかねない光景だ。
しかし、美香の力強い抱擁には、確かな思いやりと愛情が溢れていた。
その姿を、後ろから少しの驚きを持って見つめているのは、和花である。
(美香ちゃん、こんな顔もするんだ……)
美香が妹相手にデレデレしている姿は、学校で見せている姿とは正反対だった。
琴音や七海にこの姿を見せたら、どんな顔をするだろう。
そんな想像をしながら微笑んでいると、その女の子に話しかけられた。
「ねーね。このひと、だぁれ?」
「おー! このお姉ちゃんは、和花っていうんだ。言ってみ? 和花お姉ちゃんって」
「のどか、おねーちゃ」
「みぃ〜! えらいぞ〜!」
美香がグリグリと抱きしめると、女の子はキャッキャッと笑った。
ここは、美香の家である。
こうなったのは、あの夜、美香にマギア・ローズに変身するところを目撃されたからだ。
美香に「妹に会ってくれ」とお願いされた和花は、こうして休日に美香の実家へやってきた。
ちなみに、ルーナも一緒だ。
マギア・ローズのことがバレてしまったことで、なし崩し的にルーナのことも美香に紹介していた。
いきなり現れた光るネコを見て美香は仰天していたが、マギア・ローズの仲間だと説明すると、納得してくれた。
なお、琴音には美香と二人で出かけることを心配された和花であったが、「美香ちゃんは悪い子じゃないよ」と説得されて、渋々送り出したという経緯がある。その際、琴音が美香のことを思い切り睨みつけたので、危うく喧嘩になりかけたのはまた別の話だ。
琴音が、実は自分が和花とお出かけしたかっただけ……というのは、完全に考えすぎであろう。
決して、美香に嫉妬したわけではない。うん、そのはずだ。
ともかく、こうして二人は、休日に美香の実家を訪れているというわけだった。
「和花。少し、みぃ……美奈と遊んでやってくれ。アタシはメシ準備すっから」
「わかった! よーし、美奈ちゃん、何して遊ぼうか!」
「えーとね、まぎあ・ろーずごっこ!」
「ええ!?
ギクッとする和花だが、美香の妹……美奈に他意はないようだ。
わくわくとした顔をしながら、和花のことを見上げている。
「……わ、わかったよ! ……変身! マギア・ローズ参上!」
和花がポーズをとると、美奈はぷうと頬を膨らませた。
「ちがうの! みぃがまぎあ・ろーずやるの! のどかおねーちゃは、かいじゅうやって!」
「そ、そうだよね! ……がおー! 食べちゃうぞー!」
和花が唸り声を上げながら追いかけ回すと、マギア・ローズ対怪獣という設定を忘れて、美奈はキャッキャと走り回った。
しばらく追いかけっこをしていると、そこへ美香がお皿を持って戻ってきた。
漂う香りからすると、どうやらお昼のメニューはカレーのようだ。
「おーい、ご飯だぞー! お行儀が悪い子にはあげないぞー!」
「みぃ、いい子だもん」
「そうだよなー、きちんと座れてえらいぞー!」
先ほどまで走り回っていたというのに、おすまし顔でちゃぶ台につく美奈。
それを微笑ましく眺めながら、和花もその隣に座った。
「ご飯を食べる前は、なんていうんだっけ?」
「いただきまーす!」
はぐはぐと小さい手でスプーンを握ってカレーを頬張る美奈。
その姿を見て、美香はニコニコ笑っている。
普段のような仏頂面ではなく、いつもこんな風に笑っていたら、もっと友達ができるのに……と考えていた和花。
どうやら美香の顔をジッと見つめすぎていたようで、その視線に気づいた美香は、軽く和花を睨んだ。
「……なんだよ?」
「別に? ふふっ」
少し恥ずかしそうな美香を見て、思わず笑みをこぼす和花。
美香は軽く舌打ちしたが、美奈が口の周りをベタベタにしているのに気づくと、すぐに優しい姉の顔に戻って、世話を焼いてやっていた。
食後、くぅくぅと小さな寝息を立てて眠ってしまった美奈をソファに寝かせると、美奈は和花へ視線をやった。
「悪いな。美奈と遊んでもらって」
「全然! すごく楽しかったよ!」
「……まぁ、ならいいか」
ふうと小さく息を吐くと、美香は言った。
「今日はお袋がいねえんだ。どうしても外せない用事があってな。こう言う時はアタシが面倒を見てたんだが、今は寮だからな……。預けるところもねえし」
「……保育園とかじゃダメなの?」
「この辺は子供が多くてな。保育園、落ちちまったんだよ。今探し中」
「そうなんだ。大変だね……」
「それで、その……」
言いづらそうな美香を見て、和花はどんと胸を叩いた。
「大丈夫! 私に任せて!」
「……ああ! 頼む!」
和花は、美香に向かって、にっこりと笑って見せた。
***
「んう……」
眠っていた美奈が目を覚ますと、目の前に、ローズピンクのドレスを来た少女が立っていた。
「……うわぁ、まぎあ・ろーず!? ほんもの!?」
「そうだよ! 本物のマギア・ローズ! ほら!」
マギア・ローズは、美奈の前でふわふわと宙に浮かんで見せた。
それを見て、目をキラキラさせる美奈。
「すごーい! ほんもの! ほんものの、まぎあ・ろーず!」
「美奈ちゃん、こんにちは! 遊びにきたよ!」
「あそびにきてくれたの!? すごーい!」
「美奈ちゃんはいい子にしてたかな?」
「してた! みぃ、いいこにしてた!」
「えらい! じゃあ、今日はご褒美をあげちゃう! 何して欲しい?」
「ごほうび! えーとね、えーとね……」
うーんと頭を悩ませる美奈。
考えた末、彼女は言った。
「おそら! いっしょに、おそら、とんでみたい!」
「もちろん、いいよ!」
ローズは小声で「ルーナ、隠してね」と呟くと、美奈を抱っこする。
そして、一階の掃き出し窓を開けると、そのままふわりと空へと飛び出した。
「うわぁ! すごーい! たかーい!」
「えへへ……そうでしょ?」
「うん! ありがとう、まぎあ・ろーず!」
二人はしばらく空中遊泳を楽しむと、するりと家へと戻ってきた。
美奈を家に帰した後、ローズはチラリと時計を見るジェスチャーをとった。
「……私、そろそろ行かなきゃ!」
「えー! もうかえっちゃうの?」
途端にしょんぼりとする美奈。
それをみて、少し慌てたようにローズは言った。
「ご、ごめんね! 世界を救うために、戦わなきゃいけないんだ!」
「……わかった。がんばってね、まぎあ・ろーず!」
健気にそう言う美奈の頭を、ローズはよしよしと撫でてやる。
「じゃあね、美奈ちゃん!」
「うん! ありがとう、まぎあ・ろーず!」
「それじゃ、またね!」
ローズはそういうと、ギュンと空へと飛び出した。
美奈は慌てて窓に駆け寄って空を見上げたが、そこにはもう、誰もいなかった。
「おー、どうした、みぃ?」
「どうしたの、美奈ちゃん?」
しばらくして、美香と和花が部屋に入ってくる。
美奈は、興奮して二人に捲し立てた。
「ねーね! のどかおねーちゃ! すごいんだよ! ほんもの! ほんものの、まぎあ・ろーずにあったの! いっしょに、おそらもとんだんだよ!」
「本当か!? すごいな!」
「えー! 私も会いたかったなぁ!」
「すごいでしょ!」
ふふんと胸を張った美奈は、しばらく、二人のお姉ちゃん相手に自慢を続けたのだった。
***
時刻は夕方。
周囲はまだ明るいが、ほのかに空が紅色に染まり始めている。
斜めに差し込む夕日の中、和花と美香は、帰ってきた美香の母親と入れ替わるようにして、寮へと帰っているところだった。
「……今日は……ありがとな」
照れくさそうにそう言う美香を見て、和花は笑顔で言った。
「ううん! 美奈ちゃん、すっごくいい子だったし!」
「……そうか。そう言ってくれると助かる」
和花の言葉に、少しだけ表情を和らげた美香は、ホッと息をついた。
彼女のお願いは、「妹と会ってくれ」というものだった。
ただし、そのままの姿ではなく、マギア・ローズとしての姿で会ってやってほしい、と美香は言った。
スカイタワーでパウークと戦った時の中継をみていた美奈は、すっかりマギア・ローズのファンになってしまったのだという。毎日、「マギア・ローズに会いたいなぁ」と溢すほど夢中なのだとか。
そこで、たまたま和花の正体を知った美香は、妹に本物のマギア・ローズと会わせてやりたいと思い、今日のイベントを企画した、と言うわけだった。
実際、本物のマギア・ローズに会えた美奈は大喜びだったので、今日は大成功だったと言える。
しかし、なぜか美香の表情は優れない。
リ・ヴァースと命をかけて戦っているマギア・ローズ。
そんな彼女に対して、秘密を守ることと引き換えに、美香は妹のために変身するよう頼んだ。
和花に選択肢はなかったから、ある意味、彼女を脅迫したのに等しい行為だと言える。
美香の外見は不良そのものだが、実のところ彼女は、それほど悪い子ではない。
和花に対して、少なからず罪悪感を覚えていたのだろう。
いつも強気な表情を浮かべている美香にしては珍しく、その顔は少し曇っている。
それをみた和花は、きゅっと彼女の手を握った。
「ーーおっ!? おい! なんだよ!?」
「美香ちゃん、もしかして気にしてる? 私に変身をお願いしたこと」
「……当たり前だろ。無理言って悪かったな」
「心配しなくても、無理なんてしてないよ。私だって、美奈ちゃんに喜んでもらえて、嬉しかったもん」
「……チッ。お人好しなヤツ」
「えへへ……」
はにかむ和花を見て、美香は言葉を詰まらせた。
自分でも表現できない気持ちで胸がいっぱいになり、照れ隠しにそっぽをむく。
「あー……それで、その……」
「……? どうしたの?」
「いや、その……だな……」
普段からキッパリとした物言いをする美香にしては珍しく、彼女は何かを言い淀んでいるようだった。
彼女が言えずにいることを、和花は正確に読み取った。
にっこり笑って、美香に向かって問いかける。
「……また、遊びに行ってもいいかな?」
「……! ああ! ぜひ頼む!」
パッと顔を輝かせた美香。
和花も、それを見て自然と笑顔になる。
美香の罪悪感も、すっかり薄れたようだ。
彼女は元気よく叫んだ。
「よっし! 今日はラーメン奢ってやる! ついてこい!」
「わーい! ありがとう、美香ちゃん!」
***
こうして和花は、その後も定期的に美香の家を訪れるようになった。
美奈にもすっかり懐かれ、今では「ちいさいねーね」と呼ばれるまでになった。
……確かに美香と比べると色々小さいが、少しだけ不服な和花である。
美香は、最初の頃と比べると、かなり態度が軟化していた。
和花がマギア・ローズだと知ったのもあるが、何よりも美香は、和花の人柄に惹かれつつあった。
琴音や七海の前ではまだ仏頂面でいることが多かったが、和花には自然な笑顔を見せることも多くなっていった。
和花も、新しい友人ができて、素直に喜んでいた。
しかし、平穏というものは、ある日突然、崩れ去るものだ。
ある日、和花はそのことを痛感することになった。




