第四十四話 露見
和花が桐生院 美香を伴って集合場所に現れると、七海はギョッとした顔をした。
琴音の表情は変わっていないが、その目に警戒心がありありと浮かんでいる。
その反応を見て、早くも美香は「来るんじゃなかった……」と言う表情をしたが、和花がその手をガッチリとホールドしているため、逃げ出そうにも逃げ出せない状況だった。
「……何で一緒なの?」
琴音がそう尋ねると、和花は元気よく答えた。
「美香ちゃん、私のルームメイトだったんだ! だから一緒に来たの!」
「……大丈夫? 何もされなかった?」
琴音の失礼な質問に、美香は憤慨する。
彼女は声を荒げて、琴音に詰め寄った。
「ああ!? そりゃどう言う意味だよコラ!」
「そのままの意味だけど?」
「ちょ、ちょっと! ストーップ!」
バチバチと火花を散らし始めた二人。
それを見かねて、和花が割って入った。
「大丈夫だから! 何もされてないから! ね? 美香ちゃん」
「……ああ」
「……なら、いいけど」
和花のとりなしに、とりあえず琴音と美香は矛を収めた。
しかし、どこかギスギスとした雰囲気は拭えていない。
「でもさー和花、困ったことがあったら言うんだよー?」
「……? うん、ありがとう、七海ちゃん!」
七海の言葉は、どう考えても美香のことを念頭に置いたものだ。
それが分かった美香はイラッとした顔をしたが、何も言わなかった。
「お風呂、大浴場なんだって! 楽しみだなぁ〜」
険悪になったムードは、和花の呑気な一言によって、とりあえずは霧散した。
そうして4人(+ルーナ)は、危うい均衡状態を保ったまま、風呂に向かうのだった。
***
「琴音……相変わらず、スタイルいいね」
「和花は……相変わらずだね」
「ちょっと!? 琴音、ひどい!」
琴音は身長167cmにして、抜群のプロポーションを誇る美少女である。
腹筋も割れているし、全身引き締まっている。ちなみにDカップ。
対する和花は、実に平均的な体型だ。
胸もBカップと、決して小さくはない。
しかし、琴音の近くに並ぶと、やはり貧相に見える。
「ほえー、確かにすごいねー」
和花の言葉に、七海が賛同する。
その身体を見た和花は、あんぐりと口を開けた。
琴音がモデルのような美しさなら、こちらはグラビアアイドルだ。
サマーセーターのせいで隠されていた胸部は、実に立派だった。
Fカップはあるだろう。
ギャルファッションを脱ぎ捨ててなお、七海は煌びやかに見える。
「七海ちゃん……すっごい……」
「やだなー、別に全然すごくないしー」
「そうだぜ。別にこんなもの、何の役にも立たねえだろうが」
「そんな……こ……と」
会話に入ってきた美香に「そんなことない」と反論しようとした和花。
しかし、その言葉は、絶句へと変わる。
ーーおっきい。
それが、和花の偽らざる感想だった。
七海の胸部が富士山なら、美香のそれはエベレストだ。
着痩せするタイプなのだろう。
服を着ている時は分からなかったが、ゆうにGカップはある。
身長が170cmを超えているのも相まって、彼女は色々な意味で大きく見えた。
「はわわ……」
ぐるぐると目を回しながら、和花は浴場に向かうのだった。
***
寮の浴場は、なかなかの大きさだった。
一度に20人以上は入ることができるだろう。
今はそれほど混んでいないが、ポツポツと他の生徒たちがお湯に浸かっているのが見えた。
洗い場も複数設置されており、彼女たちは順番待ちすることなく、身体を洗うことができた。
琴音は楚々と、七海は丁寧に、美香は意外にも(と言っては失礼だが)上品に身体を洗っていく。
和花は自分の身体に加えてルーナのことを洗ってやらなければならないので、少し時間がかかる。
ちなみに最初の頃は、ルーナは和花に身体を洗わせることに抵抗を示していた。
本人曰く、「元は人型だった」のだから、それも当然だろう。
しかし、ネコの身体では、自力で洗うことができず、やむを得ず和花に洗体を任せるようになった。
嫌がっていた彼女も、今では、すっかり洗われることに慣れてしまい、もはや何の抵抗もない。
今日も気持ちよさそうに目を細めて、和花に身体を洗ってもらっていた。
「和花ー、早くおいでよー」
「ま、まって!」
七海の呼びかけに、慌てて(もちろん風呂場で走るようなことはしない)湯船に向かう和花。
そこでは、既に琴音、七海、美香の3人がお湯に浸かっていた。
七海が左端、琴音がその隣。
琴音と美香が並び合う形だが、二人の間には少し距離がある。
和花がその隙間に身体を沈めたことで、4人は等間隔で横並びになった。
3人は和やかに談笑していたが、美香は会話に入ってこようとしない。
美香を無理やりお風呂に誘った自覚のある和花は、少し責任を感じていた。
美香は気弱なタイプではなさそうだから(見るからに強気なタイプだろう)、きっと本気で嫌だったなら、和花が誘った時にキッパリと拒絶していたはずだ。
しかし、もし嫌な思いをさせてしまっていたなら、申し訳ないことをしてしまったな。
そんなことを考えていた和花は、思い切って美香に話しかけた。
「ねぇ、美香ちゃん」
「……なんだよ」
「私……誘っちゃって、迷惑だったかな?」
和花の質問に、美香はぷいと横を向いた。
それを見て、しょんぼりと肩をおとす和花。
過保護な琴音が、和花を悲しませた美香を睨みつける。
しかし、美香が小さな声で、ポツリと呟いた。
「……別に」
美香はそっぽを向いていたため、表情までは分からない。
しかし、その耳は、湯船に浸かっているのとは違う理由で赤くなっていた。
「ホント!? 明日も一緒に入ろうね、美香ちゃん!」
パッと顔を輝かせた和花は、美香に抱きついた。
慌てたのは美香である。
「ーーちょっ! 離れろ! このバカ!」
「えへへー」
琴音と七海は、しょうがないなぁ、という表情を浮かべた。
こうして、今後、お風呂にはこの四人で入ることが決定したのだった。
***
少女たちの日常は、そうして少しずつ過ぎていった。
同じ教室で授業が行われ、一緒に食事をし、共に眠りにつく。
時折、リ・ヴァースが出現し、授業中にこっそり抜け出しては倒すと言うイベントが定期的に発生することを除けば、和花と琴音は平和な時間を享受することができていた。
その均衡が崩れる日が、ある日、突然やってきた。
『ノドカ! 敵が現れたわ!』
ベッドの中でウトウトしていた和花は、ルーナの叫び声に慌てて飛び起きた。
時刻は23時。この寮における就寝時刻は22時と決められていたから、それをちょうど1時間過ぎている。
これまで、そんな時間にリ・ヴァースが出現したことはない。
和花は慌ててルーナに問いかけた。
「場所は!?」
『ちょっと! ミカが起きるわよ!』
ルーナの言葉に、和花は慌てて口を塞ぐ。
美香は不良に見えて、意外にも就寝時間を破ったことはない。
今も、きちんと自分のベッドに入っていた。
息を殺して様子を伺うが、彼女の耳に聞こえてきたのは、美香の規則正しい寝息だけだった。
ホッと息をついた和花は、こっそりと窓を開けて、ベランダに出る。
夏の夜風が、部屋の中にさぁっと吹き込んだ。
一瞬、琴音に連絡しようかとも考えたが、この時間に電話するのも気が引けた。
小声で変身を済ませた和花は、ベランダからふわりと飛び立つと、ルーナの案内に従って、ギュンと飛び出した。
その後ろ姿を、寮からジッと見つめている人影がいることに、和花もルーナも気付くことなはかった。
***
「ふぃーー……疲れた……!」
自室のベランダに降り立った和花は、思わずそうこぼした。
今回の敵は「吸血のレトゥーチャ」と言うコウモリの怪人で、パワーやスピードは平凡だったものの、自身の分身体を何体も出現させるという、非常に厄介な固有魔法を持っていた。
幸い、分身体は本体よりも弱く、魔獣兵と同程度の戦闘力だった。
そのため、ピンチに陥ることはなかったものの、無駄に消耗させられたのである。
和花は、大きく欠伸をしながら変身を解除した。
そして、ベランダから中に入り、ベッドに潜り込もうとしたところで、和花はギョッと立ちすくんだ。
真っ暗な部屋の中で、美香が仁王立ちしていたのだ。
彼女の視線は、まっすぐ和花のことを見据えていた。
「……まさか、噂のマギア・ローズが、お前だったなんてな」
「ちょ、ちょっと、なんのことだか……」
目を泳がせる和花。
誤魔化そうとするが、全然誤魔化せていない。
棒読みすぎて、和花の頭上で、ルーナも頭を抱えていた。
「誤魔化すな。アタシは全部見てたんだ。お前が変身するところも、ベランダから飛んでいくところも」
「えーっと……」
どうやら、大声を出した時か、窓を開けた時かは分からないが、美香のことを起こしてしまっていたようだ。
全て見られてしまっているなら、もう手遅れだろう。
こっそりルーナに目配せするが、彼女は首を振った。
どうやら、魔法で忘れさせる、といったこともできないようだ。
彼女の【幻想】は、認識を阻害することはできても、既に認識されてしまっている場合はどうしようもない。
和花は観念して、がっくりと項垂れた。
とはいえ、リ・ヴァースが出現する時間帯によっては、ルームメイトの美香を誤魔化し続けるのは難しかったかもしれないので、遅かれ早かれこうなっていたかもしれないが。
「……そうだよ。私がマギア・ローズなの。……みんなには、内緒にしてね」
「ああ、わかった。秘密は守るぜ」
意外にも、あっさり美香はマギア・ローズの件を秘密にすると約束してくれた。
安心して、ホッと息を吐く和花。
しかし、そう簡単にはいかないようだった。
美香は、その鋭い目をぎらりと光らせた。
「そのかわり、頼みがある」
「……なに?」
少し警戒しながら、和花は美香に尋ねる。
もちろん、そんなことはないとは思うが、犯罪などには協力できない。
もしそんなことを頼まれたら、キッパリと断るつもりだった。
美香は真剣な表情を浮かべていた。
どうやら、簡単な頼みではなさそうだ。
彼女は、和花の目を見ながら言った。
「橋本和花。いや、マギア・ローズ。
……アタシの妹に、会ってやってくれ」
「……へ?」
和花は、目をパチクリさせた。
その眼前で、美香は、深々と頭を下げていた。




