第四十一話 マギア・リリィ
「ーー場所は!?」
「ここから1km! 近いわ!」
和花と琴音、そしてルーナは、新しく招集された学舎で授業を受けていた。
そこに、敵の出現を感知したとルーナから知らされ、慌てて現場へ向かっているところだった。
既に変身は完了しており、それぞれローズピンクとアイスブルーの魔法少女の姿になっている。
現在、飛行術式で上空を高速で移動中だ。
何度か経験している和花はともかく、琴音は今回初めて飛行術式を使用しているのだが、初めてとは思えないほどスムーズに術を行使できた。
この事実に、琴音は若干、不気味さを感じていたが、今は急ぐことが先決である。
二人は、慌ててリ・ヴァースの出現した地点へと向かった。
***
場所は上野。
その交差点で、一体の怪物が暴れていた。
外見は筋骨隆々の男性だが、身長は3mほどもあり、全身を頑丈そうなグレーの皮膚が覆っている。
更にその上から分厚い鎧を身につけており、まさに重装甲という言葉がふさわしい。
最も特徴的なのは、その巨大な頭部だった。具体的には、額から飛び出している一本の角。
体色も相まって、その姿はまるで巨大な犀を思わせた。
「フハハハ! 俺様に敵うものなど、いるものか!」
その怪物が歩くたび、コンクリートが砕け、粉塵が舞った。
怪物の周囲では自動車がひしゃげて潰れており、かなり悲惨な有様だった。
中には、まだ車内に取り残されている人も残っている。
ガソリンが引火したのか、周囲では火の手がちらほらと上がっていた。
巡回していた警官が挑んだようだが、銃弾も警棒も通用しない相手を前に、なすすべもなく蹴散らされてしまったようだ。ペシャンコに潰されたパトカーと、その周囲でぐったりと倒れている警官たちが、その戦いの結末を雄弁に物語っている。
行動が早いというべきか、報道陣も詰めかけている。
もちろん遠巻きにだが、既にカメラを回している局もあるようだ。
その中には、ローズに命を救われた、例の女性キャスターも混じっていた。
「ご覧ください! サイのような怪物が、上野に出現しました! 現場は大混乱に陥っています!」
「フハハハ! 俺様は鋼角のナサローク! 俺様に勝てる者はおらんのかぁ!?」
交差点の中心に陣取って、高笑いをする怪物。
そいつは、哀れな犠牲者を発見した。
それは、潰れた車内から逃げ遅れている親子だった。
まだ年齢は10歳にもなっていないであろう少年が、母親を必死に車内から引っ張り出そうとしている。
しかし母親は、潰れた車に足を挟まれて、動けないようだ。
必死に息子に逃げるように言っているが、少年は母親のことを見捨てて逃げることができないようだった。
犀の怪物はニヤリと笑うと、ズンズンと地響きを立てながら、その親子のもとへと向かった。
母親は半狂乱になって息子を逃がそうとするが、少年は逃げようとしない。
最後まで、母親を助け出そうと躍起になっている。
「フハハハハ! なんと哀れな小虫よ!」
「俺様が、一息に踏み潰してやろう!」
少年が母親のことを守るように庇い、母親が悲鳴をあげる。
もう終わりだ。そう思い、周囲で見守っていた人々が一斉に目を背けた瞬間だった。
「ーーまちなさーい!!」
「……グボア!?」
空から急降下してきたローズピンクの少女が、犀怪人の顔面に、強烈なパンチを叩き込んだ。
凄まじい衝撃音が響き、地響きを立てて怪物が転倒する。
「嘘……マギア・ローズ!?」
その姿を見て、母親は驚愕した様子を見せる。
テレビではその存在を知っていたが、実際に遭遇するとは思っていなかったらしい。
肩に光るネコを乗せたマギア・ローズは、慌てた様子で母親に話しかけた。
「……大丈夫ですか!?」
「あ、脚が挟まって、抜けないんです!」
「マギア・ローズ! 母ちゃんを助けて!」
「今、助けるよ! 待ってて!」
マギア・ローズが潰れた車に手をかけて、ぐいっと力を込める。
それだけで、あれだけ力を込めても動かなかった鉄塊がバキンとこじ開けられ、母親は自由の身になった。
そこへ、安全を確信したのか、例の女性キャスターとカメラクルーが駆け寄ってくる。
「マギア・ローズ! マギア・ローズが来てくれました! なんと、その肩には光るネコもいます! 妖精でしょうか!? これは密着取材! 密着取材しかない!」
「ああもう! ここは危険なので、下がってください! ……お二人も、早く逃げて!」
いきなり現れたキャスターたちに、ローズが避難するように指示を出す。
潰れた車から解放された二人にも逃げるように伝えるローズ。
しかし、立ち上がって逃げようとした母親は、すぐに倒れてしまった。
「ありがとうございます! 逃げ……痛っ!」
「母ちゃん! あ、脚が!」
潰れた車に挟まれた母親の脚は、大きく紫色に腫れ上がっていた。
もしかすると、骨も折れているかもしれない。
実際、母親は満足に立ち上がることすらできない様子だった。
「た、たいへん! すぐ治します!」
それを見たローズは、慌てた様子で母親の足に手をかざした。
そこから桜色の光が溢れ出し、傷ついた母親の脚を癒していく。
その様子を、元気よく女性キャスターが実況する。
「ご覧ください! 我々は今、奇跡を目にしています! あれだけの重傷が、あっという間に治っていきます!」
「……危なくなったら、すぐに逃げてくださいね」
ローズは困ったような視線をキャスターたちに向けているが、追い払うこともできずにいるようだ。
その時だった。
「ローズ! 後ろよ!」
母親を回復している最中のローズ。
その背後には、先ほど殴り倒した犀の怪人が迫っていた。
どうやら、先の一撃から立ち直って、背後から攻撃を仕掛けるつもりらしい。
ローズの側にいた光るネコが声を上げて警告するが、犀の怪人は高笑いをあげてローズに向かっていく。
「フハハハ! 油断大敵なり、マギア・ローズ……ホブゥ!?」
再び顔面を殴り飛ばされ、思い切り転倒する犀怪人。
しかし、今度はローズではない。
そこにいたのは、アイスブルーのバトルドレスを身に纏った魔法少女だった。
「なんということでしょう! 青の魔法少女! 青の魔法少女が現れました! 今ここに、二人の魔法少女が揃ったことになります! これは激アツ展開だぁ!?」
何やら興奮しっぱなしの女性キャスターを置いて、青い魔法少女はマギア・ローズに話しかけた。
「ローズ、油断しすぎ」
「あはは……ごめんごめん」
「なんと!? お二人は友人同士なのか!? これはてぇてぇ! てぇてぇの予感んんんん!!」
「うるさいなあ、もう……」
二人の魔法少女は、呆れたように女性キャスター一行を見つめた。
と、そこへ、復活した犀怪人が立ち上がった。
そして、青い魔法少女を見つけて、大声を出す。
「フハハハ! 見つけたぞぉ! 青い天導衞姫!」
興奮する犀怪人。
それを見て、慌ててローズは回復を終えた母親に言う。
「足は治しました! さぁ、逃げてください!」
「は、はい! ありがとうございました、マギア・ローズ!」
「母ちゃんを助けてくれて、ありがとう!」
口々にお礼を言いながら、親子が慌てた様子で逃げていく。
空気を読んだのか、女性キャスターを含めたカメラクルーたちも避難する。
しかし、ナサロークはもはや、そちらの方を目で追ってすらいない。
彼の目は、完全に青い魔法少女のことをロックオンしている。
「我は、ナサローク! 鋼角のナサローク!
魔導獣姫ヴェリエス様の、忠実なる僕よ!
ご覧くださいヴェリエス様! 今、仇を討って見せますぞぉ!」
「……くるよ」
「うん!」
「サポートは任せなさい!」
「うおおおお戦いが! 戦いが始まるぅぅぅ!」
アイコンタクトし合う二人と一匹。
そして、少し離れたところで興奮しながら実況する女性キャスター。
戦いの火蓋は、ナサロークの先制攻撃によって、切って落とされた。
「ぬおおおおおおお!」
ナサロークは、青い魔法少女に向かって突進した。
ナサロークによる、凄まじいタックル。
犀を思わせる巨大なツノと、3mを超える巨体、そして全身に着込んだ分厚い鎧もあいまって、その突進は装甲車のそれに匹敵する。
「……ふんぬぅ!!」
その一撃を、青い魔法少女に前に回り込んだローズは、正面から受け止めてみせた。
「ぬおおおお……!」
「ぐぬぬ……!」
ギャリギャリと踵がコンクリートにめり込み、コンクリートのひび割れが大きく広がっていく。
拮抗する二人。しかし、青い魔法少女と光るネコも、決して遊んでいたわけではなかった。
「ルーナ、拘束!」
「分かったわ!」
光るネコから光の鎖がジャラジャラと広がり、ナサロークを縛り上げる。
「ーーぬうう!?」
動きを止めたナサローク。
そこに目掛けて、青い魔法少女は両手の平を向ける。
「……蒼き猛吹雪」
そこから放たれた蒼い光の渦が、ナサロークを直撃した。
「ぬおお……こんな……もの……で……」
直撃した先から、瞬時に凍結していくナサローク。
3mあった巨体も、分厚い装甲も、構わず白い氷に覆われていく。
「もうし……わけ……ヴェリエスさ……ま」
わずか数秒後には、あれだけ大暴れしていた犀怪人は、巨大な氷像と化していた。
やがて、その氷像はビキビキと砕け散り、無数の破片となって完全に消滅した。
「ありがとう、助かったよ!」
「……先走りしすぎ」
「そうよ! 一人で戦ってるんじゃないんだから!」
「……ごめんね」
「まぁ、無事ならいいけど」
「さ、帰りましょ」
そう会話を交わしながら、ふわふわと飛翔を始める魔法少女たち。
戦いが終わり、元いた場所に帰ろうとしているのだろう。
そこに飛び込んで行ったのは、例の女性キャスターである。
「ちょーっと待ったぁ!」
「……なんですか」
どこか冷ややかな目を向ける青い魔法少女に対して、女性キャスターは必死に話しかけた。
「お名前を! どうか、貴女のお名前を教えてください!」
「……別に名前なんて……」
「この子は、マギア・リリィだよ!」
「ーー!?」
ローズの言葉に、激しく反応する青い魔法少女。
しかし、その様子に気づかず、女性キャスターは興奮した様子で口を開いた。
「マギア・リリィ! 今回も街を守ってくれて、ありがとう! もちろん、マギア・ローズも、妖精さんも!」
「ありがとう!」
「ありがとうございました!」
キャスターだけでなく、一部始終を見ていた群衆からも、お礼と賞賛の言葉が投げかけられる。
その中には、先ほど助けた親子の姿もあった。
「えへへ……」
「……マギア・リリィ?」
「妖精さん……?」
はにかむローズと、ぶつぶつとつぶやくリリィ、そして首を捻る妖精。
3者は、それぞれの反応を見せながら、空を飛行して、その場を立ち去っていった。
***
「……マギア・リリィってなに……?」
「いい名前でしょ! 私が考えたの!」
飛行しながら学校に戻る途中、困惑した様子で尋ねる琴音に対して、自信満々に和花が答える。
ふと、昔、それほど仲の良くなかったクラスメートから、一緒にいる時に「白石さんたちって……百合の花、って感じだね、アハハ」と言われたことがあるのを思い出したのだ。
なぜか琴音はムッとしていた様子だったので、和花はその場面をよく覚えていた。
先ほどの名 前は、その時の記憶を頼りに発せられたものだった。
なお実際には、琴音が和花と常に一緒にいるので、それを揶揄った言葉だったのだが……。
純真な和花は、そのことに気づいていなかった。単純に、容姿を花に例えた、褒め言葉と思ったのである。
「マギア・リリィ……」
満足げな和花と、呆然とした様子でつぶやく琴音。
そんな二人とルーナは、そんな調子で、抜け出してきた授業へと戻るのだった。




