第四十話 新しいクラス
和花と琴音が唐突に転校を命じられて、一週間。
その間は、非常に慌ただしい期間となった。
まずは、全寮制ということで、引っ越しの準備が必要だった。
新しいものを購入したり、持っていくものを選別したりと大忙しだ。
特に和花の場合は、必然的にルーナも一緒に引っ越すことになる。
そのため、考えることは多かった。
加えて、転校に関する諸手続き。
自分の都合で引っ越すわけではないのに、同意書だの契約書だの、何枚も書類を書かされる羽目になった。
書類を見るだけで具合が悪くなってくる和花にとっては、地獄のような時間だった。
そして、何よりも大きなイベントだったのは、クラスメートとのお別れである。
天真爛漫でフレンドリーな和花には、男女問わず多くの友人がいた。
クラスのムードメーカーである和花が突然引っ越すと聞いて、多くのクラスメートが別れを惜しむこととなった。最後の送別会では、アイドルの卒業式かと錯覚するほどの熱量で見送られ、和花も思わずほろりときてしまったほどだ。
一方、琴音はというと、それほど友人が多い、というわけではなかった。
もちろん、決して敬遠されていたわけではない。クールビューティかつ文武両道、そしてナイスバディの持ち主という高嶺の花であり、周囲の琴音に対する視線は、同世代の友人に向けるものというより、どこか芸能人に向けるものに近かった。特に男子には絶大な人気を誇っており、内々で行われた「女王様ランキング」では堂々の一位だった。本人が知ったら、氷のような視線を向けていたに違いないが。
そういうわけで、和花と琴音は、涙ながらに見送られることとなった。
なお、女子が流していた清らかな涙とは違い、男子が流していたのは血涙である。
クラスのアイドルと女王様を同時に失った喪失感に、彼らはしばらく打ちひしがれることになるだろう。
そうこうしているうちに一週間はあっという間に過ぎ去り、新たな学舎に通う日がやってきた。
「ほえ〜……。思ったよりも大きいね」
「そうだね」
『ふーん……。悪くないじゃない』
場所は北区。
本来は国家公務員用の研修施設というだけのことはあり、敷地はかなり広大である。
教室や職員室、学食が存在する北棟と、生徒の寝泊まりする南棟に分かれており、移動には難儀しそうだ。
想像していたほど殺風景ではなく、あちこちに木々や花々が植えられていて、自然が好きな和花はそれだけで嬉しくなった。
反面、セキュリティもしっかりしている。
高いコンクリートの塀。その上部には、有刺鉄線まで設置されている。
ゲートは二箇所で、どちらも専用のパスカードでしか開かない仕組みだ。
(外出時には、予備のカードが貸し出されるらしい)
それに加えて、周囲には警備員が何人も巡回していた。
(……刑務所みたい)
こっそり琴音はそんなことを思ったが、口には出さなかった。
新たな生活に目をキラキラさせている和花の気分に、水を刺さないように配慮した結果である。
二人と一匹は、警備員の許可を得て、敷地内に入っていった。
***
「わぁ……人がいっぱい……」
職員の案内で通された教室を見て、思わず声をあげる和花。
思ったよりも教室が広い。裕に200人は着席できるだろう。
まだ空席も目立つが、そこには既に大勢の生徒が集まっていた。
読書をする子、黙って窓の外を見ている子、スマホをいじっている子と、皆それぞれ好き勝手に過ごしている。
中には、顔を伏せて眠っている金髪の子や、ケバケバしい化粧をしたギャルまでいる。
皆それぞれ個性的で、制服もバラバラ。共通点は女子生徒ということぐらいだ。
普通の学校のような30人学級を想像していた和花は、少し面食らった。
しかし持ち前の切り替えの速さを発揮して、元気よく教室に入っていく。
琴音もそれに続いた。
途端、新たに教室に入ってきた彼女たち二人に視線が集中した。
その視線は、主に琴音に向いている。
クールな美貌に、167cmの長身。ついでにスタイルもいい。
そんなモデルのような少女に注目が集まるのは、まぁ無理もないだろう。
視線が集中していたのはわずかな間で、すぐに女子生徒たちは自分たちの世界へと戻っていった。
和花の席は、教室の後方にあった。
学籍番号(事前に通知されている)が貼られているため、迷うことはない。
和花は自分の荷物を机に置くと、そのまま一緒に琴音の席へと向かった。
琴音の席は、和花の席から少し離れたところにあった。
琴音も荷物を置き、二人で話し始め……ようとしたが、前の席に座っていた女子生徒から視線を感じて、二人はそちらに目をやった。
そこには、派手な格好をした女子生徒が座っていた。
ウェーブの掛かった明るい茶髪に、カラフルなネイル、長いまつ毛。
ケバケバしい服装だが、いかにも温和そうなタレ目が、全体の印象を緩和させていた。
身長は160cm程度。和花よりも高く、琴音よりも低い。
スカートは折り返されているのか、かなり丈が短く、スラリとした脚がよく見えた。
彼女を一言で言うなら……そう、今時のギャルだ。
間違っても、これまで和花や琴音とは関わり合いのなかったタイプの子である。
ルーナも、これまで見たことのなかったファッションを前に、目をパチクリさせていた。
そのギャルが、なぜか琴音の顔をじっと見つめていた。
「……何?」
琴音が無愛想にそう尋ねると、ギャルは目をキラキラさせながら話しかけてきた。
「ねね、名前なんてゆーの?」
「……白石」
「この子は白石琴音! 私は橋本和花だよ! よろしくね!」
ぶっきらぼうに答えた琴音に代わって、慌てて和花が挨拶する。
琴音が面倒くさがっているのは明らかだったが、女子生徒もどうやら悪い子ではなさそうだ。
席も近いので、折角だし、ここは仲良くなっておきたいと和花なりに考えた結果である。
「おー、白石さんと橋本さんねー。ウチは東海林 七海。よろしくー」
七海は、「東と海と林で、しょうじ」と、わざわざ漢字まで教えてくれた。
「白石」の前の席が「東海林」ということは、学籍番号は50音順だったのだろう。
「よろしくね、東海林さん!」
「ナナミでいーよ。ウチも和花って呼んでいーい?」
「もちろんだよ、七海ちゃん!」
「琴音もいーい?」
「……別にいいけど」
あんまり良くはなさそうだが、琴音も(一応)肯定の言葉を返した。
そんな無愛想な琴音に対し、七海は目を輝かせて質問する。
「つーか琴音さ、すげぇキレーじゃん! 読モとかやってんのー?」
「……やってないけど」
琴音のぶっきらぼうな回答に対し、七海は心底驚いたような顔をする。
「えーマジで!? もったいないわー! ゼッテーやった方がいーよ!」
「別に……興味ないし」
「そうだよね七海ちゃん! 琴音ったら、折角キレイなのに、それを活かそうとしないんだよ!」
「もったいなーい」
「もったいない!」
二人がにじり寄ると、琴音は少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
その頬は微かに赤らんでいる。流石に照れ臭かったようだ。
「あ、照れてる」
「琴音ギャンかわ」
そんな風に、3人で笑い合っていた時だった。
「ーーうるせーぞ、テメェら!」
琴音の隣の席で、顔を伏せて眠っていた金髪の女子生徒が、むくりと起きて怒鳴った。
いきなりのことに、和花は思わず身体をビクッと震わせる。
その少女もまた、これまで和花や琴音が関わりのなかったタイプだった。
髪色は派手な金。しかし、性格がズボラなのか、頭頂部から黒色に戻りつつある。
いわゆる、プリン頭というやつだ。
スッパリと切り揃えられた金のショートカットから覗く耳には、いくつものピアスが光っており、いずれもギラギラと激しく自己主張していた。
驚くべきことに、身長は琴音よりも高そうだ。170cmは悠に超えているだろう。
ぱっちりとした大きな目だが、黒目の比率が小さく、三白眼に見える。
その鋭い目から凶暴な視線でこちらのことを睨みつけている彼女のことを一言で表すなら、ヤンキーだろう。
その女子生徒は、3人に向かって怒声をあげる。
「ピーチクパーチク喧しいんだよ! ゆっくり寝かせろや!」
「はー? 超感じワリーんだけど」
「……あ? 文句あんのかコラ」
七海とヤンキーが睨み合う。
和花はオロオロとし、琴音はいきなり怒鳴られムッとしたのか、ヤンキーのことを軽く睨んでいる。
喧嘩に発展するのではないかと冷や汗をかいていた和花だったが、ここで始業のチャイムが鳴った。
七海が「ふん」と息を吐いて前を向き、ヤンキーはチッと舌打ちをして、再び顔を伏せた。
こうして、争いは始まる前に鎮火されたが、まだギスギスした雰囲気は残っている。
和花はそれが少し気掛かりであったが、職員が入室してくるのを見て、慌てて自分の席に戻った。
***
1時間目は、いわゆるオリエンテーションだった。
今回、この場にいる少女たちが一ヶ所に集められた理由を説明し、安全意識を強く持つよう注意がなされる。
次いで、職員は施設の説明に移った。宿泊移設での過ごし方や、設備の使い方など。
2時間目は自己紹介。といっても、200人強のクラス全体で自己紹介をしていたら、それだけで1日が終わってしまう。そのため、周囲の席の子たちと6人ずつのグループに分かれて行うことになった。
和花のグループは、彼女の人柄もあって和やかな雰囲気で進んだが、琴音の班は冷え切っていた。
先ほど揉めた琴音、七海、ヤンキー女子が揃っており、かつ琴音の後ろの席の子は欠席だったので、人数もひとり少ない。他の二人の子のことが、少し気の毒になった和花であった。
3時間目から行われた授業は、少し遡った範囲から行われることになった。
これは、集まられた女子生徒たちの学習深度がバラバラだったことによる。
優秀な教員が呼ばれているようで、授業そのものは分かりやすく、和花は復習と思って真面目に受講していた。
勉強のできる琴音は若干、退屈そうだったが。
七海も、派手な見た目によらず真面目に授業を受けているようだ。
和花が驚いたのは、さっきのヤンキー女子も、身体を起こして授業を受けていたことである。
本当に不真面目なら、そもそも授業にも出席していなかったはずだし、存外、真面目なのかもしれない。
そんなふうに、のんびりと授業を受けていた時だった。
『ーーノドカ! コトネ!』
突然ルーナが大声を出したので、和花は飛び上がった。
普段クールな琴音も少し驚いたのか、わずかにビクッと身じろぎしている。
ルーナは自身の存在を【幻想】で隠しているので、周囲は気づいていない。
しかし、和花と琴音にだけはハッキリと聞こえるのだからたまらない。
二人が驚くのも無理もないと言えた。
周囲から怪訝そうな目を向けられた和花は、大声を上げたルーナに非難がましい視線を送る。
しかし、それを気にも留めず、ルーナは慌てた様子で言葉を続けた。
『ーー敵よ! 場所はここから南東に12km!』
(リ・ヴァース!? こんな時に!)
和花は、琴音と素早くアイコンタクトを交わした。
200人強が収容されているこの教室から、誰にも気づかれず抜け出すのは難しい。
しかも、長時間2人が不在となれば、確実に騒ぎになる。
和花は、小声でルーナに話しかけた。
「(ルーナ、なんとかできそう!?)」
『チョッ待ってて! 今やってるから……よし、いけた! この部屋全体抜に【幻想】をかけたわ! しばらく抜け出しても平気よ!』
ルーナの固有魔法である【幻想】は、人の知覚に干渉することができる。
合わせて、種族特性として結界術式を高いレベルで使いこなすことも可能だ。
彼女は、自身の固有魔法と得意の結界術を組み合わせて、周囲の生徒と、今授業を行なっている教員にそれぞれ働きかけ、2人の存在を一時的に忘却させたのである。
こうして、二人と一匹は、こっそり教室を抜け出すのだった。




