第三十九話 新たな神託
「貴様、これはどういうことだッ!?」
「おーほっほ! 何のことだか分かりかねますねぇ」
常闇の世界、リ・ヴァース。
その中心に聳え立つ巨大な山、それをくり抜いて作られた魔皇城。
その一室で、怒号が飛び交っていた。
怒号の主はジャンヌ。
プラチナブロンドのショートカットに、牛のような湾曲したツノを持つ、【魔導四妃】の一人だ。
それに対して、その場に全くそぐわない服装で笑っているのは、道化師。
魔皇陛下のメッセンジャーであり、時には【神託】すら伝達する怪人である。
「二人目の天導衞姫など、聞いておらぬぞッ!?」
「ワタクシも知りませんでしたよ〜?」
「惚けるなッ! 貴様のこの侵攻計画は、明らかに強引だったッ! 貴様、二人目の天導衞姫のことも知っていたのだろうッ!」
「おーほっほ! そんなわけないじゃないですか! おーほっほ!」
「私も事情を知りたいわねぇ。アナタのおかげで、転移門の完全復旧が年単位で遅延する羽目になったのよぉ?」
ジャンヌに追随するようにしてそう言ったのは、ふわふわの栗毛に泣きぼくろの女。
【魔導四妃】の一人、エクレシアである。
道化師が主導した地 球への侵攻作戦において、かなり強引な方法で転移門の復旧を行った。一時的に使用可能にはなったが、今は単なる置き物と化している。
そのため、エクレシアはひどく腹を立てていた。
「貴様が進めた作戦で、ヴェリエスが死んだ。この責任は取ってもらうぞ」
更に重ねて発言したのは、黒い肌に黄金の瞳を持つ丸メガネの女……ジュジュである。
彼女もまた、【魔導四妃】メンバーだ。
彼女はリ・ヴァースにおける軍事を司っている。
魔導十姫メンバーの管理も彼女の仕事だったのだが、今回の作戦では、何故か道化師が侵攻メンバーの人選に口を挟んできたのである。
ジュジュは、天導衞姫のいる日本には、上位の実力者を送り込むつもりだった。
彼女は、【魔導四妃】メンバーか、少なくとも魔導十姫の上位メンバーを選抜するつもりだったのだ。
しかし、魔神様の威を借りて道化師が捩じ込んできたのは、先日ルヴィアの降格に伴い第七位に繰り上がったメンバー、ヴェリエスだった。
その結果が、日本の首都侵攻の失敗、そしてヴェリエスの死亡である。
ジュジュが怒るのも、無理はないといえた。
「おーほっほ! これは手厳しーい!」
リ・ヴァースを統治する女傑たちに攻め立てられているというのに、道化師はふざけた態度を崩さない。それを見た3人の目に、明確な殺意が宿る。
「よせ、お前たち」
それを静止したのは、【魔導四妃】の最古参にして、まとめ役のエルフューザだった。
彼女は背中の黒翼をわずかにはためかせると、白磁の肌に浮かぶ真紅の唇を動かした。
「……道化師。貴様に問おう」
「何なりとどうぞ、麗しきエルフューザ様?」
「……この侵攻のことを、魔神様はどうお考えなのか。かのお心を知りたい」
「エルフューザ、それは……」
彼女の言葉を聞いて、ジュジュが苦々しげにそう言った。
このふざけた、道化師と魔神様の間に、何かしらのパイプがあるのは間違いない。
強引にライト・ヴァースへの侵攻作成を立案し、実行に移したことからもそれが分かる。
しかし、先ほどそれを言葉に出した者はいなかった。
彼女たちは、この責任を追求することで、この目障りな怪人を排除してしまおうと画策していたわけだ。
しかし、ここで魔神様の意向を道化師に確認することによって、言い逃れをさせてしまう余地を与えることになる。
エルフューザに呼びかけたジュジュはもちろん、ジャンヌもエクレシアも顔が強張っている。
3人とも、なぜ彼女が道化師のことを庇い立てするのか、疑問に感じているはずだ。
しかし、エルフューザには、そうしなければならない理由があった。
そんな様子を全く気にすることなく、道化師は大袈裟な身振りで立ち上がると、会議室の扉に近づいた。
「おーほっほ! それでは、直接お伺いしてみましょうか! どうぞ、ご入室ください!」
「ーーッ」
「うむ。くるしゅうない」
エルフューザがかすかに息を飲み、道化師が扉を開ける。
道化師の呼びかけに応えて入室してきたのは、外見年齢10歳にも満たないような少女だった。
黒のローブに、不健康なほど白い肌、腰まである黒のストレート。
それは魔皇陛下、本人だった。
てくてくと会議室に入ってきた魔皇は、そのまま近くの椅子によっこらせと腰掛ける。
「へ、陛下ッ!」
「なぜ、このような場所にぃ……!?」
狼狽えるジャンヌとエクレシア。
あまり表情を変えないジュジュも、その頬に冷や汗を浮かべている。
4人は一斉に腰を上げると、会議室の床で平伏した。
会議室とはいえ、魔皇と同じ椅子に座すなど恐れ多いことだ。
本来、魔皇とは玉座の間で謁見するしかない。
それ以外の時間は、基本的に祭祀場か自室にいるため、魔導四妃が魔皇と顔を合わせるのも、必然的に玉座の間ということになる。
このような場所に彼女が直接赴くのは、今の魔導四妃が成立してから、おそらく初めてのことだろう。
「うむ。くらうんは、わるくないのだぞ。これは、まじんさまの、ごいこうなのだ」
「「「「はっ!」」」」
魔皇本人にそう言われてしまえば、それ以上、道化師を責めることはできない。
3人は……特にエクレシアは……悔しそうな顔をしながらも、魔皇陛下の言に対して返答する。
唯一エルフューザだけは、最古参なだけのことはあり、周囲に何を考えているか悟らせないような無表情を浮かべていた。
その時、魔皇の様子が変わった。
「うぐぐ……ぐぐぐ……!」
頭を抑えて、悶え苦しむ。
その尋常ではない様子を見て、【魔導四妃】たちは一斉に腰を浮かせた。
しかし、続く道化師の言葉で、その場に留まらざるを得なくなる。
「これは、【神託】の前兆! おーほっほ! 皆さん、魔神様がご降臨なされますよ!」
「何だとッ!?」
声を上げたのは、ジャンヌだけだった。
そのジャンヌも、残りの3人と同じように、慌てて会議室の床で頭を下げるようにして平伏する。
数秒後、魔皇が口を開いた。
「……久しいな、お前たち」
「「「「はっ!!」」」」
その声は、確かに魔皇本人のものだった。
しかし、舌っ足らずだった魔皇のものとは違い、発音もくっきりと明瞭だ。
口を動かしているのは魔皇でも、話しているのは魔皇ではない。
その証拠に、魔皇は【魔導四妃】の返答を聞くと、大きく頷いて言った。
「うむ。それで、先のライト・ヴァース侵攻について、であったな?」
その場にいなかったはずの魔神様によって、先ほど揉めていた内容を言い当てられ、ジャンヌの身体がビクッと震える。改めて、魔神様の底知れなさを認識したためだ。
しかし、エクレシアは逆にトロンとした目つきになっていた。
魔神様は、全知全能なのだ。
そのことを再確認でき、陶然とした気分になったのだろう。
「あれは我の判断よ。道化師めを責めるでないぞ?」
「「「「はっ!」」」」
そう言われてしまっては、もはや道化師を責めることそのものが不敬に当たる。
エルフューザを除く3人は、道化師への責任追及を即座に諦めた。
その様子を見て、魔皇は満足げに頷く。
「よいよい。ついでに今日は、ひとつ【神託】を持ってきた」
「「「「はっ!!」」」」
「ふむ。それでは、よく聞くのだぞ。
七つの天星と
十三の魔星が衝突し、
その半数が輝きを失うだろう
逸ることなかれ
今はただ耐え忍ぶのみ
暦が十二枚めくれるまで
……以上である! 今後とも、忠義に励むが良い!」
そういうが早いが、魔皇は糸の切れた人形のように、カクンと椅子の上に崩れ落ちた。
それを見て【魔導四妃】が腰を浮かせるが、それを制するように道化師が言った。
「おーほっほ! どうやら魔皇陛下はお疲れのご様子……。エルフューザ様?」
「……なんだ、道化師」
「魔皇陛下を、寝室までご案内していただけますか?」
「……承知した」
道化師の言葉に、残りのメンバーから嫉妬のこもった視線が送られる。
魔皇陛下の御身に触れ、あまつさえ寝所に立ち入ることを許されるなど、とてつもない栄誉である。
しかし、エルフューザは最古参の魔族。
他のメンバーならまだしも、彼女が魔皇陛下をお連れになるなら、文句は言えない。
エルフューザが魔皇陛下を抱え上げ、会議室を退出する様子を、残されたメンバーは、恨みがましく見送っていた。
「おーほっほ! それでは、ワタクシも失礼いたしますよ! アディオス!」
続いて、道化師の姿が霞のように消え失せる。
会議室に残されたジャンヌ、エクレシア、ジュジュは、数秒の後、一斉に立ち上がった。
「羨ましいわぁ。魔皇陛下の御身に触れるなんてぇ……」
そう溢すエクレシアの表情は、いかにも悔しそうだ。今にもハンカチを噛みそうである。
「別にあやつなら構わんッ! お前などより、万倍マシだッ!」
「……どういう意味かしらぁ? 喧嘩なら、いつでも買ってあげるけどぉ?」
睨み合うジャンヌとエクレシア。
それを制したのは、この中で最も冷静なジュジュだった。
エルフューザ不在の時は、大抵は彼女がストッパー役になる。
「良さないか、お前たち。……それよりも、新たな【神託】の方が重要だ」
「……それもそうねぇ」
「時間の無駄であるなッ!」
うむ、とジュジュjは頷いて見せた。
「エクレシア、記憶したか?」
「一言一句、すべて記憶しているわぁ。
七つの天星と十三の魔星が衝突し、その半数が輝きを失うだろう。逸ることなかれ、今はただ耐え忍ぶのみ。暦が十二枚めくれるまで……だったわねぇ」
「そうだ。おそらく、昨日の侵攻は例外的な措置だろう。元々のご指示は、一人ずつ、位階の低い者から送り込め、というものだった。暦が十二枚めくれるまで……即ち、今後一年はこれを続けるように、ということだろう」
「七つの天星と、十三の魔星とは何だッ!?」
「……察するに、天導衞姫と魔導戦姫のことではないか?」
「そのうち10人が輝きを失う……つまり死ぬってことかしらぁ?」
「そう読み取れる。単に、戦線を離脱するという意味かもしれないが……少なくとも、死んだヴェリエスは「輝きを失った星」ということになるだろうな」
「それより、天星が7つということはッ!?」
「……天導衞姫も7人いる、ということになるだろうな」
「二人でも邪魔なのにぃ……まるで悪夢ねぇ」
「いや、事前に数を把握できたのはありがたい。……今後は雌伏の期間となるだろう。今は力を蓄えるのだ」
「了解だッ!」
「分かったわぁ」
***
立派な天蓋付きのベッド。
そこに、魔皇陛下が横たわっていた。
エルフューザがここまで運んできたのだ。
彼女は、どこか慈しむような視線を、すやすやと眠る魔皇に送った。
普段の冷たい無表情とは、まるで違う表情を浮かべている。
エルフューザは、そっと魔皇の頬を撫でながら言った。
「待っててね。すぐにライト・ヴァースを征服して、解放してあげるからね。
……お姉ちゃん」




