第三十四話 二人目のヒロイン
青い閃光が走る。
「なんだい、これは……っ!?」
琴音を踏み潰そうとしていたヴェリエスが吹き飛ばされ、ごろごろと地面を転がった。
起き上がることも忘れ、呆然と目の前で起こったことを見つめている。
琴音の手の甲。
そこには、白い紋章がくっきりと浮かび上がっていた。
その紋章は、雪の結晶を模したもの。
紋章からアイスブルーの光が溢れ出し、琴音の身体をそっと包み込んでいく。
(なんだろう、これ……暖かい……)
わずか数秒後には、琴音の負っていた怪我は、全て完治していた。
腹に空いた大穴も、折れた背骨も、砕けた肋骨も。
致命傷だったはずなのに、何事もなかったかのように綺麗になっている。
昏睡状態から目覚めてから全身を蝕んでいた倦怠感。
それすらも今は、すっかり消えていた。
それどころか、全身にエネルギーが満ち溢れているかのようだ。
琴音は立ち上がった。
その姿には、先ほどまでのダメージは一切感じられない。
凛として、美しい佇まいだった。
琴音は、自分の手を見た。
そこにはいつの間にか、手にした覚えのない機械が握られていた。
もし和花かルーナが起きていれば、それが【姫装神機】と呼ばれる装置であることに気がついただろう。
琴音は、自分が何をすればいいか、分かっていた。
自分の親友がこれを使用するところを、既に見たことがあったから。
琴音は【姫装神機】を自らの腰に押し当てた。
即座に光の粒子が集まって、腰回りに巻き付いていき、一本のベルトを構成する。
「《機構:認識》」
琴音が呟くと、【姫装神機】がチカチカと明滅した。
周囲にアイスブルーの光が漂い始める。
いつの間にか琴音の手に、一枚のメタルカードが握られていた。
「《光 よ》」
琴音の言葉に従うように、周囲で滞留していた濃い水色のエネルギーが一斉に動き始める。
腰に装着した【姫装神機】もまた、同じ色へと変化していく。
元の無骨な灰色から、美しいアイスブルーへと変化しており、美しい煌めきを放っていた。
琴音が手にしていたメタルカードも同じく。
その色は、バックルと同じ涼しげなアイスブルー。
それだけでなく、表面には、琴音の手に出現していたの紋章と同じ、雪の結晶が刻印されている。
「《魔素:収束》」
琴音の周囲で渦を巻いていた水色の粒子が、彼女の身体へと集まってくる。
「《装束:展開》!」
収束した光の粒が、琴音の身体を柔らかく包む。
そして……。
「《変 身》」
琴音がアイスブルーのカードを、腰のバックルに装填した。
カシュン!! という金属音と共に、激しくベルトが発光する。
轟轟と渦を巻くエネルギーの本流。
やがてそれは琴音の身体に纏わり付き、形となって具現化し始めた。
絹のようでありながらメタリックな光沢を放つ布地に、フェミニンな装飾の施された装甲。
それはマギア・ローズのものと酷似したデザインであるが、色だけが異なっている。
こちらは水色と青を基調とした、涼しげなアイスブルーのドレスだ。
黒色だった瞳の色も、濃い青色に染まっていく。
美しく一気に伸びた髪も、元の黒から濃い水色へと変化していた。
雪の結晶を模したシュシュとイヤリングがどこからともなく現れ、琴音をより美しく飾り立てる。
刹那のうちに変身は完了し、周囲を漂っていた水色の光が収束していく。
そこには、マギア・ローズに続く二人目の戦乙女が顕現していた。
「な……なんだい、こりゃあ……」
呆然と、琴音が変身する様子を眺めていたヴェリエス。
彼女の脳内は、混乱の最中にあった。
さっきまで瀕死だったはずの少女が、目の前で新たな戦乙女に変身したのだ。
もし変身できるなら、最初から変身して現れたはず。
つまり、今ここで、彼女は新たな戦乙女として覚醒したことになる。
「二人目の天導衞姫だって……!? 聞いてない! 聞いてないさね!」
【神託】では、天導衞姫がライト・ヴァースが助かる唯一の希望だと告げられていた。
しかし、よくよく考えてみれば、天導衞姫が1人だけとは明言されていない。
ヴェリエスはゾッとした。
これまでは、マギア・ローズさえ潰せば、ライト・ヴァース侵攻は完了すると考えていた。
魔導戦姫……即ち魔導四妃と魔導十姫を合わせたメンバーがいれば、容易く始末できると。
しかし、そうではなかったのだ。
後から聞いた話ではあるが、魔神様の【神託】により、日本へと攻め入る戦力は、一人ずつにするようにという指示があったのだという。最初は意味がわからなかったが、今ならわかる気がする。
(つまり……アタシは、炭鉱の小鳥ってわけかい)
詰まるところ、ヴェリエスは試金石。
新たに天導衞姫が出現した際のための、噛ませ犬に過ぎないのだ。
日本へ攻め入る責任者に選ばれた時は、嬉しかった。
悔しがるルヴィアの顔を見て、高笑いしてやったものだ。
そして、この話を持ってきたのは、あのふざけた格好をした人物だった。
(……道化師! 舐めた真似してくれるさね……!)
ギリギリと歯を食いしばるが、既に賽は投げられている。
どのみち、撤退することはできないのだ。
ルヴィアのように降格で済めば良いが、全世界への同時侵攻、その一角を担うという栄誉を放棄したとなれば、与えられる罰はどれほどのものになるだろう。
ヴェリエスは逡巡していた。
強者と戦うことが喜びである彼女にとって、これは大変に珍しいことだった。
その様子を冷たい目で観察していた琴音は、ヴェリエスに言葉を投げかける。
「いつまでそこで、ボンヤリしてるつもり?」
「……チッ! 舐めたこと言ってくれるさね!」
琴音の挑発に、瞬時に沸騰したヴェリエス。
立ち上がった勢いのまま、琴音めがけて突進する。
「オラァァァァ!」
「ーーはっ!」
一瞬の交錯ののち、吹き飛ばされたのはヴェリエスの方だった。
ただし、力負けしたのではない。
突進の勢いを利用して、背負い投げの要領で投げ飛ばしたのだ。
和花との戦いをテレビ越しに観察していた琴音は、ヴェリエスに正面から力で挑んではいけないことを理性的に悟っていた。
「ぐう……っ! くそぉぉぉぉ!」
自分よりも背の低い少女に容易く投げ飛ばされたという現実が、ヴェリエスの怒りに火をつけた。
胸中に燻る恐怖心を闘争心で塗りつぶして、再び琴音に向かって突進する。
再び投げ飛ばされ、慌てて立ち上がるも、その動きはぎこちない。
それどころか、自身の身体が微かに震えていることに気づいた。
「ーーッ!?」
(なんだ……身体が動かない……?)
ヴェリエスは混乱していた。
再び琴音に飛び掛かるが、先ほどよりも簡単にいなされてしまう。
どうやら、琴音と接触するたび、身体の動きが鈍くなり、精彩を欠いていくようだ。
「アンタ……アタイに何をしたんだい!?」
「…………」
琴音は答えない。
しかしヴェリエスは、琴音の両手から白い冷気が立ち昇っていることに気がついた。
(……これは……凍結術式か!? それで身体が動かなく……!)
ヴェリエスは獣魔族だ。
身体機能は非常に高いが、その実、魔術への耐性は極めて低い。
おそらく相手は、接触のたびに冷気をこちらの体内に打ち込んできているのだ。
それによって、身体の機能が低下し、徐々に動きが鈍ってきているのである。
ヴェリエスは、そう結論づけた。
自分が震えている理由が、冷気以外に存在しているということに、彼女は最後まで気づかなかった。
(ぶつかればぶつかるほど、アタイがダメージを負うさね……)
つまり、持久戦は不利。
そう悟ったヴェリエスは、この一撃で終わりにするつもりで、全身に力を込めた。
身体中の筋肉が脈動し、ビキビキと音を立てて収縮する。
受け流すことも、回避することも許さず、真正面から琴音のことを粉砕するつもりなのだ。
それを見た琴音も、最後の一撃に備える。
(どうしてかは分からないけど……分かる)
彼女は、自身の手の甲に刻み込まれた、雪の紋章をそっとなぞった。
すると、そこからアイスブルーの光が溢れ出し、彼女のために新たな武器を形成していった。
それは弓だった。
サファイアのような輝きを放つ、荘厳な弓。
「……聖衛弓:ザ・テンパランス」
琴音は、なぜか知っていた。
この弓の名前はもちろん、自分がこの弓を呼び出せることも……そして、その使い方も。
琴音は、テンパランスを構えた。
煌めく弦を引くと、アイスブルーの光が収束して、一本の矢を形成していく。
「ーーいくさね!」
ヴェリエスが叫ぶや否や、爆発音のような音と共に、足元でコンクリートが砕けた。
弾丸のような勢いで、琴音めがけて突っ込んでいく。
「ーーうおおおおお!!」
「……蒼き凍結の氷矢」
突進しながら、力任せに拳を突き出すヴェリエス。
手にした聖弓から、蒼い氷の矢を放つ琴音。
勝負は一瞬だった。
放たれた矢は、ヴェリエスを直撃した。
刹那の後。
がくりと琴音が膝をつく。
今の一撃に、全てのエネルギーを注ぎ込んだため、魔素切れになったのだ。
力を使い切ったことでテンパランスが光の粒子へと戻り、霧散していく。
一方、ヴェリエスはまだ立っていた。
2本の足で、しっかりと大地を踏み締めている。
しかし、拳を突き出した格好のまま、微動だにしていない。
その全身は純白に染まっている。
ヴェリエスは、その全身が凍りついていた。
ピシリというひび割れ音が発生する。
それは、氷像と化したヴェリエスの身体から発せられていた。
徐々に、そのひび割れはパキパキと全身に広がっていく。
数秒の後、ガラガラと音を立てて、ヴェリエスは崩れ落ちた。
文字通り、無数の破片と化して、砕け散ったのだ。
それを見届けた琴音は、荒く息をつく。
強敵を倒した達成感は、そこにはない。
琴音は、倒れているルーナの方をチラリと見た。
彼女のことも心配だが、琴音にとって最優先なのは、やはり和花のことだった。
彼女は最後の力を振り絞って、倒れている和花の元までよろよろと歩いて行った。
「んぅ……」
「和花……! よかった……」
和花は無事だった。
ヴェリエスに蹴り飛ばされたことで意識を失ってはいたものの、大きな怪我はないようだ。
そのことを確認した琴音は、和花と折り重なるようにして倒れた。
ぐったりと倒れ込んだその表情は、親友を守れた喜びで、どこか誇らしげだった。




