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僕は黒幕になりたい〜戦うヒロイン育成計画!〜  作者: 少林 拳


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第三十三話 白石琴音という少女


「ーーキャ!」


目を覚ましたヴェリエスに蹴り上げられたルーナは、高々と宙を舞い、どさりと瓦礫の中に落下した。

まともにヴェリエスの蹴りを喰らったその小さな身体は、もうぴくりとも動かない。

完全に意識を失っているようだ。


「クッハッハ! 油断したねぇ、ルーナ!」


高笑いをあげるヴェリエス。

その首に装着されていた銀の首輪が、光を浴びて鈍く光っている。

それは、ヴェリエスがルーナ対策として身につけていた、【防魔の首輪】だった。

【防魔の首輪】は、対象者を精神系魔法の効力から守る効果を持つ魔道具で、今回の戦いに限り、魔導十姫のメンバーから貸し出されたものだ。


ヴェリエスは身体能力に特化しているため、魔法への抵抗力が低い。

特に精神系魔法とは相性が悪く、ルーナの【幻想】はまさに天敵。


今回の大規模侵攻で日本襲撃のリーダーに選ばれたヴェリエスは、もちろんルーナと戦うことも想定していた。

そのため、「装備品を身につけない」というポリシーを曲げてまで、この首輪を身につけることにしたのである。


「クハハ……! それじゃあ、まずはマギア・ローズにトドメを刺そうかねぇ」


【防魔の首輪】がある限り、ルーナの固有魔法である【幻想】は意味をなさない。

そのため、気を失ったルーナを放置して、ヴェリエスはマギア・ローズに向き直った。


そして、拳を固め、思い入り振り下ろそうとしてーー。


ーーパシッ


「……あぁん?」


ヴェリエスの頭部目掛けて、何か細長いものが飛来する。

しかし、死角から放たれたそれを、彼女は命中する直前に掴み取った。

とてつもない妙技に見えるが、身体機能に特化した彼女にとっては児戯にも等しい行為だ。


ヴェリエスは、手の中にあるものを見た。


それは、一本の矢だった。


「……なんだい、アンタは?」


そこにいたのは、弓を構えた、琴音の姿だった。




ルーナの飛行術式によって琴音は、自宅から新宿まで短時間で移動を終えていた。

ただ、もちろん戦闘には参加できないので、ルーナの結界によって隠されていたのだが、彼女はそれを抜け出してきたのである。

たまたま粉砕されていた建造物の中にスポーツ用品店があったので、何かに使えるかもしれないと、普段部活で使用しているのと近い弓矢を拝借してきた。

そして、和花にトドメを刺そうとしているヴェリエス目掛けて反射的に射かけた、というわけだった。


もちろん、戦闘に巻き込まないように、ルーナから「結界の外に出るな」としつこく念を押されていた。

それでも約束を破って結界を抜け出してきたのは、ただ単純に、和花の力になりたかったから。


普段から合理的で冷静な彼女にしては、ひどく短絡的で、感情的な判断だった。

一般人である琴音は、和花のように戦うこともできないし、ルーナのように魔法も使えない。

身体能力は中学生女子にしては高いが、それだけだ。

むしろ今は、車椅子がないと長距離の移動が難しいほどに弱っている。

実際、わずかな距離しか移動していないというのに、息がかすかに上がっている。


そんな状態で、何ができるというのか。

しかし実際に、琴音の行動は、和花(ローズ)の命を危ういところで救っていた。


「…………」


無言のまま、第二射を放つ琴音。

今度は掴み取るという手間さえかけず、ヴェリエスは放たれた矢を、ハエでも払うかのように振り払った。

実際のところ、命中したとしても、大したダメージにもならなかったはずだ。

ダメージがあるとしても、せいぜい爪楊枝を投げつけられたくらいのものだろう。


しかし、爪楊枝でチクチク刺されるのも、煩わしいものだ。


「邪魔だねぇ……あとで殺してやるから、どっか行くさね」


「…………」


苛立たしげに言うヴェリエスを完全に無視して、琴音は第三射を放った。

否、放とうとした。


「ーー邪魔だって言ってるさね」


「ーーッ!?」


突然、目の前に現れたヴェリエスに対して、琴音は矢を放とうとする。

しかし……悲しいかな、ヴェリエスの攻撃の方が早かった。


ボグッという鈍い音と共に、琴音の身体が()()()に折れ曲がる。

邪魔な小石を蹴り飛ばすかのような、ヴェリエスの前蹴り。

たったそれだけで、琴音の身体は瀕死のダメージを負っていた。


蹴り飛ばされた琴音は数mも吹き飛ばされ、崩れずに残っていた建物の壁に叩きつけられた。

腹部には大穴があき、肋骨は砕け、重要な臓器もいくつか破裂している。

背中から硬いコンクリートに衝突した衝撃で背骨がへし折れたのか、下半身の感覚もない。


しかし、これは奇跡的な状態と言えた。

素手で鉄板をぶち抜くほどの剛力を持つヴェリエスの蹴りを喰らって、未だ人体の形を保っていることがおかしいのだ。これは、琴音がバックステップで衝撃を緩和していたことによる。天才的なセンスであったが、それはあくまで人間としての話。魔族であるヴェリエス相手では、即死を免れたという意味しか持たなかった。


「さてと……ゴミ掃除も終わったし、トドメを……っ!?」


コツン、という音がヴェリエスの後頭部から鳴った。

反射的に背後に向かって裏拳を叩き込むが、当然のように空振りする。


(なんだい、これは……石?)


ころんとヴェリエスの足元に転がったのは、爪の先ほどの大きさの小石だった。

どこから飛んできたのかと首を傾げるヴェリエスの視界に飛び込んできたのは、座ったまま壁にもたれかかり、腕を伸ばした状態でこちらを睨みつける少女の姿だった。


致命傷を負いながらも、琴音は和花を守ろうとしていた。


「……ごぼっ」


琴音の口から、驚くべき量の血液が吐き出される。

無理に身体を動かした反動で、急速に血液が抜けていく。

肺を損傷しているのか、どこからかヒューヒューと空気が漏れる音が聞こえる。


しかし、それでも諦めない。

ぐったりとしながらも、小石を拾い上げ、再度ヴェリエスに向かって投げつける。

今度は先ほどのようには上手くいかず、小石はヴェリエスの足元に転がった。


その様子を、ヴェリエスは呆然としながら見つめていた。


(な、なんだい、こいつは!?)


彼女は混乱していた。

強者を尊び、弱者を虐げてきたヴェリエス。

ヴェリエスにとって、他者とは闘争相手か、さもなくば無価値な存在でしかなかった。

生存競争、弱肉強食。身の回りの全ては、敵か餌。

そんな彼女にとって、目の前の琴音の行動は、理解の外にあった。


(邪魔さね……殺してしまおう)


ようやくヴェリエスは、目の前の羽虫を、明確に殺すべき敵として認識した。

強者以外を無価値な存在と断じてきた彼女にとっては、生まれて初めてのことだった。


のしのしと琴音の元まで歩み寄ると、大きく片足を持ち上げる。

一息で踏み潰すつもりなのだ。


それを眺めながら、琴音はぼんやりとこれまでのことを思い返していた。


***


琴音の家庭環境は複雑だった。

父親は暴力団の組長、母親はその妾。


あるとき、母親は父親の子を(みごも)った。

それに腹を立てたのは、父親の本妻である。

彼女には、まだ子供はできていなかった。


本妻に睨まれた母親は追い出され、薄汚いアパートで琴音を出産した。

まだ幼い琴音を守りながら、2人で生きていくと決めた母親。

しかし、彼女に残されていたのは、その外見だけだった。

水商売で生計を立てながら、琴音を育てていった母親であったが、客の一人から病気をもらってしまう。

彼女は長く床に伏せることになった。


妾であった母親が懐妊していたことを後から知った父親は、必死に母親の跡を追った。

ようやく辿り着いたそのアパートの一室で彼が目にしたのは、既に息を引き取った母親と、その傍で泣き叫ぶ琴音の姿だった。


琴音を引き取った父親は、これまでの償いとばかりに彼女のことを引き取った。

しかし接し方が分からなかった父親は、琴音を遠ざけることになる。

当然ながら本妻との折り合いも悪く、琴音は孤独な幼少期を送った。


それは幼稚園に入ってからも一緒だった。

彼女のことを「ヤクザの子」だと認識していた保護者たちは、自分の子に琴音と仲良くならないように命じた。

そのため琴音には友人ができず、常にひとりぼっちだった。

そんな環境は、彼女を無愛想で、合理的で、冷淡な人間に育った。


変化が訪れたのは、小学生の時。

いつものように一人で本を読んでいると、そんな彼女に話しかけてくる存在がいた。


それが和花だった。


引っ越してきたばかりで、琴音の家の事情を家族が知らなかったということもあるだろう。

しかし、天真爛漫な和花は、琴音に話しかけてきた。


最初は、琴音も和花のことを邪険に扱っていた。

自分に対して、そんなふうに話しかけてくる人間は、これまでいなかったから。


しかし、いつの間にか、何度も話しかけてくる和花に対して、琴音は心を許すようになっていった。


だが、周囲は和花に忠告した。


「ねぇ……やめなよ。その子の親、ヤクザだよ」


そんなふうに声をかけられた和花が振り返って琴音のことを見た時、彼女は「またか」と思った。

和花も、自分の周りからいなくなってしまうんだと思うと、なんだか寂しかった。


しかし、和花は言った。


「関係ないじゃん! 琴音はいい子だよ?」


それを聞いた琴音は、その場では平気な顔をしていたが、家に帰ってわんわん泣いた。

生まれて初めて、悲しみではなく、嬉しくて泣いた。


いつの間にか、琴音にとって、和花は世界で一番大切な存在になっていた。


それが、初めてできた琴音の友人だった。



***



ツツツと琴音の頬を涙が伝う。

それは死への恐怖による涙ではなかった。


彼女は憤っていた。

わざわざ戦場まで着いてきて、なんの役にも立たなかった自分自身に。

和花とルーナを不条理に殺そうとする、目の前の敵に。


彼女は悲しかった。

和花がこのまま殺されてしまうであろうことが。

もう2度と、和花の笑顔を見ることができないことが。


彼女は悔しかった。

何もできずに、踏み潰されて死ぬ自分の無力さが。

そして……自分の親友を救えなかった、己の非力さが。


琴音は、自分を踏み潰そうとしているヴェリエスのことを睨みつけた。

例え惨めに殺されるとしても、心だけは負けるもんか、という気持ちだった。


ヴェリエスの顔に動揺が走る。

彼女は、自分でも訳のわからぬ感情に突き動かされ、思い切り足を振り下ろした。


その時だった。



青い閃光が走る。



「なんだい、これは……っ!?」


ヴェリエスが弾きとばされ、無様に地面を転がった。


そして、琴音の手の甲。

そこには、白い紋章がくっきりと浮かび上がっていた。


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