第三十一話 侵攻
「……本当に攻め込んでくるのかな? 東京に……」
「ええ、間違いなく来るわね。昨夜の電波ジャックが単なる脅しのハズないもの」
「場所が分からないのが厄介だね」
蜘蛛怪人とスカイタワーで戦った夜に発生した電波ジャック。
その内容は、今日の12時に、世界各国の首都にそれぞれ侵攻する、という内容だった。
2人と1匹で身を寄せ合ってベッドに入った少女たちは、疲れているはずなのになかなか寝付けなかった。
それも当然だろう。
リ・ヴァースからの宣戦布告、その脅威をきちんと理解できているのは、世界でこの3名だけなのだから。
少しだけ微睡んで迎えた翌日の朝、3名は少し早い朝食をとっているところだった。
実のところ、誰もが今は何も口にしたくない気分ではあったが、今日は厳しい戦いになることが予想される。
3名は義務感から食事を口に運んでいた。
メニューは買い置きのロールパンにミルクと質素なものであったが、何も食べないよりはマシだろう。
「……ルーナ、敵がどこに来るか、分かったりしない?」
「分かる訳ないでしょ。実際にゲートが開かないことには、察知するのも難しいわね」
「……だけど、大体の予想はつくよ」
「えっ、ホント!?」
琴音の言葉に、和花が食いつく。
「と言っても、転移門を開くエリアを推測することしかできないけど……。
まず、わざわざ首都に攻めてくるのを宣言してるのは、自負と傲慢の表れだと思う。侵略行為が成功した時点でこちらの尊厳を踏み躙ることができて、かつ首都機能を麻痺させる場所を狙ってくるはず。だから、東京のシンボルになる場所を占拠、あるいは破壊するつもりなんじゃないかな」
「……具体的にはドコよ?」
ルーナの言葉に、琴音は淡々と答える。
「東京都庁か、国会議事堂。皇居って可能性もあるね」
「じゃあ……新宿区か、千代田区ってこと?」
「あくまで可能性の話だよ。被害を出すために住宅地を狙ってくるかもしれない」
「やっぱり、絞り込むのは難しそうね」
「うん。歯がゆいけど、ゲートが開くのを待つしかないと思う」
琴音の言葉に、和花は肩をおとした。
「待ってることしかできないなんて……」
「だけど、エリアが絞り込めただけでもありがたいわ」
ここで琴音が、姿勢を正しながら、和花とルーナに向かって話しかけた。
「……あのさ。提案があるんだけど」
「え? どうしたの、琴音?」
琴音は和花の目を見ながら、言った。
「……私も、連れて行ってくれない?」
その後、話し合いは紛糾した。
和花を危ない戦場へ送り出したくない琴音と、琴音を戦場に連れて行きたくない和花。
喧々諤々とした議論は数時間にも亘り、3名はそれぞれの意見を戦わせあった。
それでも最終的には、琴音はルーナと一緒に、この部屋で留守番することに決まった。
これには琴音はもちろんルーナも反対したのだが、「琴音を守っていてくれないと、本気で戦えない」という和花の主張に折れた形である。
議論を終える頃には、既に12時近くになっていた。
緊張感からソワソワとしながらも、秒針を眺める3名。
チクタクと、琴音の家の時計が鳴る。
時計の短針と長身が重なった、その時だった。
「ーー開いたわ!」
***
場所は新宿。
怪獣が顔を覗かせている交差点は、前日の電波ジャックの影響もあって、普段よりも人通りは少ない。
しかし、それでも日曜日の新宿。昼間から、多くの人間が町中を往来していた。
その時。
バヂバヂという激しい何かがスパークする音が、新宿の交差点に響き渡った。
思わず人々が足を止めて見上げると、そこには空間を捻じ曲げて作ったかのような歪な円が形成されている。
円は白いプラズマ光によって縁取られ、その内部からはブラックホールのような虚無が覗いている。
人々が首を傾げる中、円の中から、ズズズと巨大な影が姿を現した。
3mはあろうかという黒い体躯に、鈍く光る緑色の目。
不釣り合いなほど大きな腕に、カエルのような歪な頭部。
「ゲアァァァァァァ!!」
魔獣兵は、新宿交差点のど真ん中にズシンと着地すると、しわがれた声で叫んだ。
その咆吼を聞き、人々もようやく危険を認識したのだろう。
慌てたように叫び声を上げながら、一斉に逃げ出す。
魔獣兵は、逃げ惑う人々を眺めると、大きく舌なめずりした。
そして、哀れな獲物に向かって走り出す。
あちこちから、絶叫が上がった。
頭上の穴からは、既に次の魔獣兵が顔を覗かせていた。
蹂躙は、まだ始まったばかりだった。
***
「和花。……行くんだよね」
「……うん。このまま黙って見ているなんて、できないよ」
「絶対、戻ってきてね」
「……うん。分かったよ、琴音。……ルーナ、琴音をお願いね」
「分かってるわよ。……ノドカ、無事でね」
「うん!」
和花は素早くマギア・ローズに変身すると、琴音の部屋のベランダから飛び出して行った。
残された琴音とルーナは、その背中をいつまでも見送っていた。
***
「ゲッ! ゲッ! ゲッ!」
「くそっ! 来るな!」
「撃てっ! 撃てぇ!」
新宿区の大きな通りの一つで、警官隊と魔獣兵が激突していた。
昨日の電波ジャックによる宣戦布告を受けて厳戒態勢を敷いていた結果、迅速に現場へ参集することができた警官隊であったが、苦戦を免れずにいた。
警官隊が必死に発砲するが、魔獣兵には通用している様子がない。
警棒であろうが、銃弾であろうが、魔獣兵の硬い外皮が、それを弾き返してしまうのだ。
敵がこちらを甚振るように遊んでいるのもあるが、警官隊の指揮をとっている者の指揮も優れており、これまで被害者を出さずに戦ってきてはいるのものの、このままでは明らかにジリ貧であった。
「くそ、この野郎! 放せ!」
とうとう、警官の一人が魔獣兵に捕まってしまった。
その巨大な腕に掴み上げられてしまえば、逃れる術はない。
ガパッと大きな口を開けると、捕らえた警官を頭から丸齧りにしようとする。
「う、うわぁぁぁぁ!」
あともう少しで、この警官は喰われてしまっていただろう。
しかし、それを阻止した少女がいた。
「えいっ!」
「グゲェーーッ!?」
銃弾すら効かなかった魔獣兵を、その小さなパンチ1発で沈めたマギア・ローズは、にっこり笑って地面に落ちた警官に話しかける。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ……」
恐怖からか、目を潤ませて頷く警官。
その様子にローズは首を傾げていたが、別の場所で悲鳴が上がると、その表情を引き締めた。
「それでは!」
ギュンと飛び去っていくマギア・ローズの後ろ姿を呆然と見送る警官。
そこへ、別の警官が走り寄ってくる。
「おい、大丈夫か!? 負傷は!?」
「……っちまったかも」
「どこか痛むのか!?」
本気で心配する警官。
それに対して、救い出された警官が、ボツりと呟いた。
「俺、あの子のファンになっちまったかも……」
「はぁ!?」
***
「とりゃぁーーっ!」
「グゲェーー!?」
既に新宿のあちこちに散らばっていた魔獣兵を素早く片付けたローズは、交差点の上空で開いた転移門の元にいた。
ボコボコと門をくぐって押し寄せてくる魔獣兵を、一体ずつ、確実に始末していくローズの活躍は、意地と根性で現場まで接近してきていたカメラクルーと女性キャスターによって、日本全国へと放送されていた。
「ご覧ください! マギア・ローズが、あの恐ろしい怪物たちを次々に退治してゆきます!」
そして、カメラに向かって捲し立てているのは、なんの因果か、昨日ローズがスカイタワーで助けた女性キャスターだった。
襲いくる魔獣兵を回避しながら、命懸けで転移門の近くまで接近してきた彼女たちの根性は大したものだ。
「先ほどまでの映像でもお分かりの通り、このマジューヘイなる怪物には、銃すら効きません! それを、パンチ1発で倒していくマギア・ローズの実力は、やはり本物です!」
「ちょっと、そこの人たち!? 早く避難してくださーい!!」
湧き出してくる魔獣兵を次々にさばきながら、ローズは女性キャスターの一行に向かって叫ぶ。
しかし、それに対して「声をかけてもらいました!」などと喜びながら撮影を続行するテレビクルーたちは、筋金入りのマスコミだろう。
その時だった。
転移門から際限なく湧いて出てきていた魔獣兵の供給が、ピタリと止まった。
きょとんとした顔でゲートを見上げるローズとカメラクルー。
「……終わった?」
ローズがそう呟いた瞬間だった。
転移門が、これまでにないほどバチバチと発光した。
ゲートの縁にかけて稲妻が走り、轟々と風が渦巻く。
形が歪むほどの負荷がかかったゲートを押し広げるようにして現れたのは、一人の女だった。
かなりの偉丈婦で、身長は2m近い。肌の色は赤銅色で、ボサボサの黒髪に鋭い黒眼。
筋骨隆々だが、女性らしい丸みを帯びた肉体は、どこかギリシャ彫刻のようだ。
アマゾネスを彷彿とさせる服装で、身体を覆っているのはと豊かな胸元と腰を覆っている布だけ。
そのため、盛り上がった筋肉や割れた腹筋がよく見える。
身につけている金属製の首輪だけが、どこか彼女の服装とはマッチせず、周囲に違和感を与えていた。
それだけならば異国のアスリートのようだが、彼女は明らかに人間ではない特徴を備えていた。
それは角。
形状的に、羊の角に近いだろうか。
彼女の顳顬からニョッキリと生えた巻き角が、彼女が人間ではないと主張していた。
女はズシンと音を立てて交差点のど真ん中に着地した。
かなりの重量なのか、コンクリートが大きく陥没し、無数のひび割れが走る。
マギア・ローズは、道路に仁王立ちする女に対し、慌てて拳を構えた。
その雰囲気から、先ほどの魔獣兵のような、容易い相手ではないと理解したためだ。
女は、ジロリと周囲のことを睥睨すると、ローズに目を留めた。
そして、大声で叫ぶ。
「マギア・ローズ!! アンタがマギア・ローズだろ!?」
「……そうです」
警戒心を高めながら、ローズは女の問いに答えた。
それを聞いた女は、ニヤリと笑った。
彼女が歯を剥くと、鋭い犬歯が立ち並んでいる様子が見えた。
「クハハ! こりゃツイてるさね! アタイの獲物が、こんなすぐ側にいるなんてねぇ!」
「あなたは……リ・ヴァースの人ですか」
「こりゃ失敬! まだ名乗ってなかったねぇ」
女は獰猛な笑みを浮かべた。
「アタイの名はヴェリエス! ヴェリエス・インペラトール! 魔導十姫の第7席にして、魔皇陛下に【獣】の銘を賜った者! そして……アンタを、殺すものさね!」
直後、弾丸のような速度で、ヴェリエスが飛びかかってきた。




