第二十八話 毒糸のパウーク
「なんということでしょうか!? スカイタワーに、怪物が出現しました! これは映画撮影などではありません! 本物です! 本物の怪物です!」
ヘリコプターに乗った女性レポーターが、興奮も露わにカメラに向かって叫ぶ。
スカイタワーの周辺にも、遠巻きではあるが野次馬が集まりだしていた。
その手には皆一様にスマホが握られており、怪物とヘリコプターの様子を撮影している。
そんな周囲の様子を歯牙にもかけず、蜘蛛の姿をした怪物は、腕組みをしてその場でジッとしていた。
「スカイタワーは、この怪物によってジャックされてしまったようです! 展望台から、何人もの人質が吊るされています! 中には赤ん坊までいるようです! なんという非道な行いでしょうか! なお、タワーの中にも、少なくとも200名を超える人質が残っている模様です!」
局側の反応があまりに早すぎるようにも思われるが、怪物が浅草スカイタワーに出現したのをたまたま見ていたディレクターが、テレビ局にヘリコプターを要求した結果である。
スマホから送られた映像をみた局側も、これは特ダネだと考えた。
そして、即座にヘリコプターを飛ばし、現場に一番乗りすることのできたというわけだった。
「また、パウークと名乗っているこの怪人は、マギア・ローズなる人物を待っているようです! 果たして、そのような人物は現れるのでしょうか!?」
ここぞとばかりにリポートする女性キャスター。
怪物をアップで撮影しようと、ヘリコプターがぐんぐん距離を詰め始める。
しかし、その判断は軽率と言わざるを得なかった。
「……騒がしいな」
スカイタワーをジャックした、リ・ヴァースの怪人……毒糸のパウークは、八つある真っ赤な目玉をぎょろぎょろさせながら呟いた。その複眼は、いかにも不愉快そうに歪められている。
パウークは、無警戒に接近してくるヘリコプターを睨みつけた。
「落ちろ、羽虫が」
そう吐き捨てたパウークは、ヘリコプターに向かって掌を向けた。
そこから放たれたのは、白銀に煌めく幾筋もの糸。
「いやぁぁ!? なにこれ!?」
「うおお、バランスが!?」
パウークから放たれた無数の糸が、一斉にヘリコプターに絡みつく。
単なる糸とは思えないほどの強度を誇るそれは、まるで頑強なワイヤーのように、ヘリの機体をぎりぎりと締め上げた。やがてプロペラの回転すら緩やかになり、ヘリは当然のように急降下を始める。
「いやぁぁぁぁ! 落ちるぅぅぅぅ!」
悲鳴をあげるキャスター。
それでもマイクを離さないのは、レポーターとしての根性だろうか。
ぐんぐん落下していくヘリコプター。
少し離れたところから一連の様子を眺めていた野次馬から、一斉に悲鳴が上がる。
もう終わりか、と誰もが思ったその時。
ローズピンクの少女が、ふわりと宙を舞うのが見えた。
直後、ヘリコプターの落下速度が次第にゆっくりになり、ついには空中で停止した。
「さ、流石にちょっと重いかも……」
宙に浮かびながらヘリコプターを細い腕で受け止めて見せた和花は、ちょっとだけ顔を顰めながら、そう呟いた。
「……な、なんということでしょう! まだこんなに小さな女の子が、落ちるヘリコプターを支えています!」
「ち、小さくないし!」
思わず言い返してしまったマギア・ローズだが、ヘリの救助を忘れていたわけではなかった。
ゆっくりと下降しながら、そっとヘリコプターを地面に着陸させる。
「それじゃ! 危ないので、ちゃんと逃げてくださいね!」
「あ、あの!」
「なんでしょう?」
きょとんと首を傾げるマギア・ローズに、女性キャスターはしっかりと頭を下げた。
「ありがとうございました! 貴女がいなかったら、全員死んでいたでしょう」
「ありがとう!」「助かったぜ、お嬢ちゃん!」
カメラマンも、クルーも、マギア・ローズに向けて口々にお礼を言った。
それを聞いたローズは、どこか照れ臭そうに頭をかく。
「あはは……どういたしまして……」
その時、タワーの展望台から汚らしい濁声が投げかけられた。
「待っておったぞォォ! マギア・ローズゥゥ!」
頭上から聞こえたパウークの怒鳴り声に、きゅっと表情を引き締めるローズ。
彼女はスカイタワーのてっぺんに強い視線を向けると、ギュンと飛び去っていった。
「……撮れ撮れ! 特ダネだぞ!」
「避難は……」
「するわけねーだろ! マギア・ローズの活躍を撮るんだよぉ!」
***
「ガハハハ……! 待っておったぞ、マギア・ローズ!」
「その前に、ちゃんと来たんだから、人質を解放して!」
パウークはローズの言葉を聞くと、いやらしくニンマリと笑った。
「よかろう。……我に勝てたらだがなぁ!!」
そう叫ぶが早いか、パウークは展望台の上から、ローズ目掛けて飛びかかってきた。
「うわわっ」
ローズは思わず驚きの声を漏らしたが、危なげなく回避する。
かなりのスピードではあるが、つい先日戦ったオリヴィアと比べれば、大したことはない。
しかし、パウークの攻撃は、それで終わりではなかった。
「ーー甘いぞ、小娘!」
「ーーうぐっ!?」
空中に飛び出したパウークの巨体が、まるで引き戻されるかとのようにタワーへと戻ってくる。
その変則的な動きに対応できなかったローズは、まともにパウークの攻撃を喰らってしまう。
3m以上もある巨体から繰り出された拳が、ローズに直撃する。
なんとか手甲でブロックしたが、バランスを崩したローズは大きく吹き飛ばされた。
「ガハハ! 我が糸は強靱にして自在よ!」
(そうか……! 糸をタワーにくっつけて、自分を引き戻したんだ!)
空中で体勢を立て直したローズは、再びタワーに戻ってきたパウーク目掛けて、勢いよく突進した。
まだ経験が浅いとはいえ、そのスピードは魔導十姫の一角であるオリヴィアにも匹敵する。
ローズの速度に対応できなかったパウークは、彼女の拳を自身の肉体で受けた。
ドゴン! という轟音が響き、パウークの巨体が僅かに浮き上がる。
「ぬうう……! だが、迂闊だったな!」
「えっ!? わわわわ!」
どうやら、接触した際に糸を付けられたらしい。
ローズの身体に絡み付いた糸をパウークが振り回し、ローズの小柄な身体がヨーヨーのように跳ね回る。
「ーーぬうん!」
「ぐう……っ!?」
分銅のように振り回された挙句、タワーの外壁に叩きつけられるローズ。
ローズのバトルドレスが衝撃を緩和したが、痛みがなくなるわけではない。
全身に響く苦痛に、思わず呻き声が漏れてしまう。
痛みに反応が遅れたローズを、再びパウークの攻撃が襲った。
何度も振り回され、タワーに叩きつけられる。
それを何度も繰り返されるうちに、次第に意識が朦朧としてくるローズ。
その隙を、パウークは見逃さなかった。
さらにローズの身体に糸を吹きつけ、ぐるぐる巻きにしてしまう。
パウークは、ローズを逆さ吊りにして、その眼前でいやらしく笑った、
「ガッハッハ! マギア・ローズ、捕えたり!」
「ううう……何で? 力が入らない……!」
パウークの糸によって捕縛されたローズは、焦っていた。
どんなに力を込めても、何重にも巻きつけれた糸は千切れない。
それどころか、時間が経つにつれて、次第に力が抜けていくのだ。
「ガッハッハ! 不思議か! ならば教えてやろう!」
和花の独り言を耳にしたパウークは、自慢げに語り出す。
「我が名はパウーク……毒糸のパウークよ! 我が糸には毒が混じっているのだ! 触れれば麻痺する、強力な毒がな!」
「ーーッ!?」
「人質共も大人しいであろう? 我の毒に当てられて、動けぬのよ! 成人ならばいざ知らず……赤子はどれほど保つであろうな!? ガッハッハ!」
「なにそれ……! ひどい! 赤ちゃんは解放して!」
「我に勝てたら、と言ったであろう? 今の自分の状態を見てみよ! 惨めなことだなぁ!」
歯を食いしばり、懸命に糸を振り解こうとするローズ。
しかし、パウークの糸は見た目以上に頑丈で、一本たりとも切れる様子がない。
懸命にもがくが、次第に身体に痺れが広がってくる。
糸に染み込んだ麻痺毒が、彼女を蝕んでいるのだ。
(もう……だめかも……)
チラリと敗北の二文字が脳裏をよぎる。
その時だった。
「……がんばれ!」
聞こえるはずがないのに、タワーの下から声が聞こえてきたような気がして、彼女は下方へ目を凝らした。
その視線の先にいたのは、まだ小さな女の子。
それは、ローズが先ほど魔獣兵から助けた女の子だった。
「……がんばれ! まぎあ・ろーず!」
それは小さな、ほんの小さな声だった。
本来ならば、届くことのない声援。
しかし、その声は波紋となって、次第に周囲を巻き込んで大きくなっていく。
静かな水面に、そっと雫が落ちるように。
「頑張って! マギア・ローズ!」
女の子に寄り添っていた彼女の母親も、それに感化されたのか、ローズに声援を送った。
「頑張れ、和花……!」
『負けたら承知しないわよ!』
そして、今もどこかで和花を見守っている、琴音とルーナの声。
「頑張れ! マギア・ローズ!」
「負けないで! マギア・ローズ!」
「うおおお! そんな怪物、ぶっ倒しちまえ!」
「ローズ!」
「マギア・ローズ!」
小さな勇気が起こした声援の波は、やがてうねりとなってタワーの頂上にまで押し寄せた。
たったそれだけ。たったそれだけなのに、ローズの身体に活気が戻る。
朦朧としていた意識がハッキリとして、力の抜けていた四肢に力が漲った。
「……おりゃああああああ!」
「ーーな!? なんだと!? 我の糸が……!!」
ブチブチと音を立てて、ローズを拘束していた糸が引きちぎられる。
本来ならば、あり得ない光景だ。
身体に無数に絡み付いた糸、それも鋼鉄のワイヤー以上の強度を持つそれを、腕力だけで引きちぎるなど、物理的に不可能と言ってよい。それどころか、ローズは蜘蛛毒で麻痺しかかっていたのだ。それは、気合いだけでなんとかなるようなものではない。
しかし、小さな勇気が、奇跡を起こしたのだ。
そこにはもう、先ほどまでの弱々しい姿の少女はいなかった。
そこにいたのは、卑劣な悪と戦う、一人の戦乙女の姿。
「おりゃおりゃおりゃおりゃーー!」
「ぐぶっ!? げぼっ!? ぐばっ!?」
ローズの拳の連打が、パウークの巨体をグラグラと揺らした。
「おりゃーーっ!!」
「ぐはぁ……ッ!?」
思い切り力を込めた、最後の1発。
ラストのアッパーカットで、パウークの巨体がスカイタワーよりも更に上空へと打ち上げられる。
(……これなら、誰も巻き込まない! 今だ! )
和花の構えた両手に、ローズピンクの光が収束していく。
集まる光が渦を巻き、周囲で囂々と風を切る音がする。
ローズは、収束した光の波動を、パウークに向けて解き放った。
「幸福なる光の奔流!!」
キリのいいところまで書いたら、少し長くなってしまいました。




