第二十一話 オリヴィアとの戦い
「魔導十姫が一人、オリヴィア・ユースティティア。序列は九位、陛下から与えられた銘は【刀】。
……それでは、お手合わせ願いたい」
「あっ、どうも」
ぺこりとお辞儀をするオリヴィアに釣られて、和花も思わず頭を下げた。
そんな和花に対し、ルーナは必死の形相で叫んだ。
「気をつけて! アイツは九位だけど、油断しちゃだめ! 魔導十姫入りしたのは最近だけど、前任者を殺して今の地位についたの! まだまだ未知数のところが多いし、下手をすれば、実力はルヴィアよりも上かもしれない!」
「ルヴィアさんより……?」
「それほどでもない」
ルーナの忠告に対し、謙遜して見せるオリヴィア。
その様子は、とてもではないが前任者を殺して成り上がった者には見えない。
しかし、その身に纏った濃密な殺気が、油断ならない者であると和花に伝えてくる。
「ルーナ、離れてて」
「……死んじゃダメだからね、ノドカ!」
肩からひらりと地面に降りたルーナが廃工場の奥へと走り去っていくのを見届けた和花は、改めてオリヴィアに向き直った。
「それでは……参る」
戦いの火蓋は、突如として落とされた。
凄まじい勢いで踏み込んできたオリヴィアの拳が、真っ直ぐ和花の鳩尾目掛けて突き出される。
「うわわっ!」
和花は慌てながらも腰を落とし、オリヴィアの拳を両腕を交差させてブロックした。
プラチナピンクの手甲と漆黒の手甲がガキン! と耳障りな金属音を立ててぶつかり合う。
お互いの魔素がぶつかり合ってスパークし、薄暗い廃工場の闇がチカチカと明滅する。
「まだまだ、これから」
オリヴィアが言うが早いが、次の攻撃が繰り出された。
今度は、しなるような健脚による回し蹴り。
腰を和花よりも更に低く落として繰り出されたそれをまともに喰らえば、足を払われて無様に転倒していただろう。そして、倒れたところに更なる追撃を喰らっていたに違いない。
かといって、今度はブロックすることも難しい。
狙われたのは足首だから、今度は手でブロックするわけにもいかない。
咄嗟に地面を踏んで堪えるにも、既にタイミングを逸していた。
しかし、和花はどの選択肢も選ばなかった。
素早く地面を蹴ると、ふわりと空中へと飛び上がって、オリヴィアの攻撃を逃れたのだ。
なぜか自然に使える【飛行術式】。それにより、回避不能な足払いを強引に回避することに成功する。
「今度は、こっちの番だよっ!」
地面を蹴って浮き上がった勢いを利用して、和花は蹴りを放つ。
桜色のメタリックなスカートがバサリとたなびいた。
頭部を掬い上げるような鋭い蹴りを、オリヴィアは余裕を持って回避した。
足払いのため腰を落とした状態で、かなり無茶な体勢からの回避であったが、オリヴィアは上体を逸らすことで和花の蹴りを逃れた。
そのままくるりと宙返りすると、カツンと金属音を立てて着地する。
(すごい……曲芸師さんみたい)
そんな呑気な感想を抱いた和花であったが、相手の実力を見誤ってはいなかった。
単純な体捌きだけで言えば、先日交戦したルヴィアよりも上かもしれない。
それに……オリヴィアはまだ、本気を出していないはず。
その証拠に、彼女は刀を抜いていない。
彼女が与えられた銘は【刀】だという。
そんな彼女の主武装は、もちろん腰に佩いたあの刀だろう。
オリヴィアの本気は、刀を使った戦闘にこそある。
そう確信した和花は、空中を蹴ってオリヴィアに接近した。
先手必勝、相手が刀を抜く前に倒してしまおうという判断である。
和花は廃工場の床に立つオリヴィア目掛けて、思い切り拳を振り抜いた。
相手にも和花の攻撃が見えているはずなのに、何故かオリヴィアに動く様子がない。
(……行ける!)
直撃を確信した和花。
しかし、オリヴィアが小さく呟いた。
「私、そんなに弱くない」
「……えっ」
スカッ! と和花の拳が空を切る。
確実に捉えたと思った彼女の拳は、何もない空間を薙いでいた。
「お返し」
「うぐぅっ!?」
攻撃が空振りしたことで和花が呆然としていたのはほんの一瞬であったが、その隙をつかれたようだ。
いきなり背後から衝撃を喰らって空中から叩き落とされた和花は、廃工場の床をゴロゴロと転がった。
プラチナピンクのバトルドレスが、降り積もった埃で黒く汚れていく。
素早く受け身をとって振り返った和花であったが、その背後には誰もいなかった。
ただただ真っ黒な空間が広がっているばかりで、オリヴィアの姿がどこにも見えない。
(オリヴィアさんは、どこに……?)
「後ろ」
「ーーッ!?」
オリヴィアの声が、背後から聞こえる。
反射的に振り返ろうとした和花であったが、それより先にオリヴィアの突きが彼女を捉える方が早かった。
再び廃工場の床を転がる和花は、混乱の極地にあった。
(なんで!? どうして後ろにオリヴィアさんが!?)
「……これが、ルヴィアを退けた天導衞姫の実力? 正直、拍子抜け」
淡々とそう言うオリヴィアの表情は、黒い仮面に遮られて見ることはできない。
ただ、その声には、どこか失望したような色合いがあった。
「……まだまだぁーーっ!」
倒れていた和花は、その言葉に弾かれるように立ち上がると、再びオリヴィアに向かって突進した。
「……攻撃一辺倒。それでは私を倒せない」
「やってみないと……分からないでしょっ!」
先ほど以上の速度で放たれた和花の拳は……再び、空を切った。
「だから言ったのに」
無防備な和花の背後から、オリヴィアの蹴りが迫る。
鋼鉄でも貫けそうなほどの彼女の攻撃は、間違いなく和花の背中に吸い込まれ……。
ーーバチッ!
……金色の閃光とともに弾き返された。
攻撃を防がれたオリヴィアは、素早く距離をとった。
彼女は、少しだけ意外そうに首を傾げる。
(これは……【結界術式】? ……そう、ルーナ。貴女の仕業ね)
おそらく、見えないところから術式を飛ばしているのだろう。
天導衞姫ひとりが相手なら、それほどの脅威ではない、とオリヴィアは判断していた。
スピードは自分に匹敵するし、パワーは向こうのほうが上だろう。
ただ、まだまだ経験が足りない。この程度で苦戦する程度では、オリヴィアの相手としては、まだまだ力不足だ。
ただし、ルーナがサポートに入るとなると、話は別。
【妖魔族】であるルーナは、多彩な術式を扱うことのできる魔族である。
今は呪いにより力の大部分を制限されているとはいえ、苦戦は免れないだろう。
それに、ルーナの固有魔法である【幻想】にも要注意だ。
オリヴィアに天導衞姫の存在を見失わせるほどの出力はないだろうが、格闘戦において虚実が入り混じると言うのは、シンプルに厄介な状況だと言える。
「……面倒なことになった」
(ルーナ……! ありがと!)
もちろん、オリヴィアだけでなく和花も、ルーナの加勢に気が付いていた。
あのままでは、間違いなく攻撃を喰らっていただろう。
ルーナという頼もしい味方の存在を思い出した和花の心からは、先ほどまでの焦りが消えていた。
そして同時に、オリヴィアの攻撃を防ぐヒントも、和花の脳裏に閃いていた。
「……や、やーい! 攻撃してみろーー!」
あっかんべーをする和花。
それをみたオリヴィアは、呆れたようにため息を吐いた。
「……挑発のつもり? 無意味。私は感情を揺らすことなんて……」
「に、忍者モドキー! ダサダサ仮面ー!」
「……くないし」
「えっ?」
「……ダサくないもん! この仮面、ダサくないもん!」
「あっ……ご、ごめんね?」
「もう、許さない!」
地雷を踏んでしまったのか、急に怒り出したオリヴィアに対し、思わず素で謝罪してしまう和花。
しかし、先ほどまでとは比べ物にならない速度でオリヴィアが突っ込んでくると、和花も呑気に謝っていられなくなった。
空気を切り裂くほどの連撃を、和花も超人的な反射神経で捌き続ける。
そんなオリヴィアの攻撃を……和花は、見る。
猛スピードで拳を連打してくるオリヴィア。
その一挙手一投足を見落とさないよう、和花は見続ける。
そして……。
フッ! とオリヴィアの姿がかき消えた。
(ーーきた! 今だ!)
次の瞬間、和花の背後から迫るオリヴィアの攻撃。
それを知っていたかのように、和花はオリヴィアの攻撃を振り向きざまにブロックした。
表情は見えないが、微かに動揺した雰囲気を漏らすオリヴィア。
そんな無防備な彼女に、和花は全力のパンチを叩き込んだ。
ドガン! という轟音と共に、オリヴィアの身体が弾き飛ばされ、廃工場の床に叩きつけられた。
オリヴィアは素早く立ち上がって構えたが、先ほどの和花の一撃が効いているのか、その身体は微かによろめいているように見える。
「……瞬間移動、だよね?」
「……バレては仕方ない。私の固有魔法【空】。私に空間的な制限は存在しない」
(やっぱり! 瞬間移動、本当にあったんだ!)
ルーナに助けられた和花は、これまでのように攻撃一辺倒ではなく、オリヴィアの攻撃を観察することにした。
そして違和感に気づいた彼女は、相手の術を見破ることに成功したのだ。
「タネがわかれば……怖くない!」
再び空中を蹴って突進する和花。
オリヴィアに向かって突き出されたパンチは、再び空振りし……。
(でも、オリヴィアさんは、背後にいる!)
素早く反転すると、自分の背後に回し蹴りを叩き込んだ。
ただし、今回は先ほどまでの攻防とは異なっていた。
「狙いは悪くない……けど、甘い」
和花の回し蹴りは、再び空振りに終わった。
今度は頭上からの攻撃を喰らって、和花は再度、廃工場の床に叩きつけられた。
(私のばか! 反撃されるって分かってるのに、もう後ろに移動するわけないじゃん!)
オリヴィアも、愚直に背後に転移するのではなく、今度は和花の頭上に転移し、攻撃を仕掛けたのである。
単純極まりない攻撃だったが、背後に転移するものと思い込んでいた和花は、見事に直撃を受けてしまった。
今の一撃は、正直かなり効いた。ダメージを負った和花は、すぐには立ち上がれずにいた。
「うぅ……」
「私程度を倒せないようでは、リ・ヴァースと戦うのは無理。諦めた方がいい」
オリヴィアのその言葉に、和花はキッ! と眦を吊り上げた。
和花が諦めるというのは、ルーナや、琴音や、両親や、クラスメートや……その他、大勢のことを諦めるということだ。そんなことは、認められない。認めるわけにはいかない。
「……諦めないよ! みんなのために、私は戦う!」
「……そう。やる気だけは評価する」
その時、大切なみんなの姿が、和花の脳裏に浮かんできた。
普段はクールな琴音の、思わず溢れてしまったといった様子の笑顔。
忙しいのに、自分のために時間をとって誕生日のお祝いをしてくれた両親。
入院中、千羽鶴や寄せ書きを持ってきてくれたクラスメート。
そして……最近できた、いじっぱりで、素直ではない新しい友だち。
そんなみんなのことを想うと、心の底から力が溢れてくるようだ。
その瞬間、ゴオッ! と桜色のエネルギーが渦を巻き、和花の身体を包み込んだ。
プラチナピンクのバトルドレスが激しく発光し、ビリビリと大気が震える。
「やる気だけじゃ……ないんだからぁ!」
和花の周囲に集まってきていたエネルギーが、彼女の拳に収束していく。
(これは……直撃するとまずいかも)
慌てて固有魔法を発動し、瞬間移動で逃げようとしたオリヴィアだったが……。
(……なぜ!? 魔法が使えない……いや、阻害されている! ……ルーナか!)
ルーナ・ハイランダーはケット・シーと呼ばれる魔族だ。
彼女の固有魔法は【幻想】だが、種族特性として【結界術式】を得意としている。
おそらくこれは、移動を阻害するタイプの結界だ。
それを小規模かつ多重に展開して、空間移動さえも阻害して見せているのだ。
(……マズい! 逃げなければ……)
「ーー行くよ!」
和花の掌に収束したエネルギーは、桜色の光線となって、オリヴィアに向かって放たれた。
「幸福なる光の奔流!!」




