第二話 僕は生き残りを見つけたい
――時間がない。
世界という存在を相手にするには、僕の人生は短すぎるのだ。
このままでは、どんなに頑張ったところで、何も為す事なく僕は死ぬだろう。
こういう場合は、弟子だの子どもだのに後を任せるのが一般的な発想かもしれないが、それでは困る。
僕は、自分の目で「黒幕」を打ち破る存在を見たいのだ。
時に自分の肉体を改造し、時に機械や薬物で延命しながら、何とかここまできたわけだが、既に150年近くが経過していたわけで。当然と言うべきか、僕の寿命は、そろそろ限界に近づいていた。むしろ、逆によくここまで長生きできたものだと思う。
とは言え、ここで死ぬのは、あまりに無念だ。ここまで積み上げてきたものが無に帰すのはあまりに虚しいし、犠牲になっていった人たちの死が無駄になるのも、何とも忍びない。
そこで僕は、世界に攻め入る前に、不死の存在になることにした。
これも、とんでもなく大変なことだった。だが、何とかやり遂げた。
これまでに蓄えてきた知識と経験が、僕を助けてくれたからだ。
幽体離脱のノウハウを活かして、肉体を捨て去り、精神体として生まれ変わったのである。せっかく肉体を鍛えたのに、それが無駄になってしまうということに思うことがないわけではなかったが、どうせ年老いて身体にガタが来始めていたのだ。それによく考えれば、マジカル・キュアーズの最後の敵は、「邪悪な思念」とか「負のエネルギー」とか、実体を伴わないヤツであることも多かった。「黒幕」っぽくて実にいい。結果オーライだ。
精神体になったことで「魔素」との親和性が飛躍的に高まったことも、嬉しい誤算だった。
ただデメリットもあった。
精神体になった状態のままその辺を浮遊していると、何というか……上手く言えないけど、僕の魂が剥離していくような感覚に陥るんだよね。周囲の魔素に溶け合って消えていくみたいな。多分、死にはしないけど、僕という人格が揺らいでしまう気がする。気を強く張っていれば問題ないんだけど、これって結構疲れるんだ。兎に角、精神体のままその辺をふらふらするわけにはいかないってこと。
だから結局、改めて新しい肉体に憑依する必要があった。
こう聞くと、何か今まで通りの感じがするけど、そんなことはない。
要するに、自由に好きな肉体を創り出して、それを交換しながら生き永らえることができるわけだ。
自分自身が危なくなったら、ヤドカリみたいに別の肉体へ逃げることもできる。これってすっごく便利じゃない?
寿命をもった肉体という軛を捨て去ることで、かなり時間にゆとりができた僕は、更なる自己研鑽にのめり込んでいった。時に新たな魔道技術を開発し、時に人体実験を繰り返しながら、主人公や悪の組織を創り出し、プロデュースするための研究を進めていく。
ようやく研究がひと段落し、自分が満足できる次元に辿り着いた頃には、最初に「黒幕」を志してから、既に4000年以上の年月が経過していた。
やべえ。
それが、ようやく時間の経過に気がついた時の、僕の感想である。
何がやべえって、地下のラボに引きこもって研究と研鑽ばかりしていたせいで、世界がどうなっているのか、全く分かっていなかったことだ。定期的に人間を実験体として消費していたのに、全く気が付かなかった。いつからか、攫ってきた人間を冷凍保存して実験に使う、という手法で素体を調達していたからなぁ。
地上の様子に気付いたのも、手持ちの素体を全て使い切ってしまったため、地上まで調達に行こうと思い立ったからである。
僕ってば、ほんとバカ……。
技術が発展し過ぎて、せっかく手に入れた自分の力がゴミみたいなものになってしまっていたら……などと想像するだけでも怖すぎる。最悪、少子化だの、恐慌だのによって世界が荒廃しきっていて、人類を再興させるところから始めなければならない可能性さえあった。「黒幕」最初の仕事が人類救済なんて、皮肉が効き過ぎている。
恐る恐る思念を伸ばして世界を観測してみると、まさに恐れていた事態に直面することになった。
いや、それ以上である。
人類は、もういなかった。
……嘘でしょ!?
風化しつつある僅かに残った文献によれば(樹海に飲み込まれかけていた廃ビル群の中から見つけた)、400年ほど前に起こった大戦争のせいで、文明が崩壊したらしい。
どうやら見境なく、お互いに核ミサイルが可愛く思えるような兵器を、バカスカ打ち合ったみたいだ。
まあ、持っていたらそりゃいつかは使うよね。使わない兵器は飾りと一緒だもの。
多分、一カ国が攻撃をおっ始めたモンだからそれに反撃せざるを得なくなって……みたいな感じの流れだろう。反撃には反撃し、報復には報復で返す。ちょうど引っ込みがつかなくなった子どもの喧嘩みたいに。
まあ、経緯はどうでもいい。とにかく、放射能やその他諸々の毒物・細菌なんかで汚染された世界では、当然のごとく人間は生きていけず、あえなく全滅。
いや何してくれてんの? 人間って愚かすぎんか? 僕が世界に攻め入る前に、勝手に滅んだんだけど!
こんなの絶対、おかしいよ……。
今のところ、地上を闊歩しているのはクソでけートカゲとか、バケモンみたいなサイズの昆虫型生物のみ。外見は恐竜とか古代昆虫に似ているが、外皮が硬く頑丈で、強い抗体機能と自浄能力を合わせもっているようだ。
なぜこんなに詳しく知っているかというと、もちろん一体を捕らえて解剖してみたからである。いや、デカくって苦労した。
植物も……というか、生態系そのものが全体的に変わっていた。チューリップだのパンジーだの、可愛らしい個体は既に滅びさり、しぶとく生き残っているのはバオバブみたいな巨大な木々や、大型ビルほどもある毒々しいキノコ、強靭なツタでそれらに絡みつくシダ植物などなど。細々と生き延びている哺乳類は、せいぜいネズミやウサギ、コウモリ程度。大型の肉食獣であっても、キツネとかヤマネコとか、せいぜいそのぐらいである。
ただ興味深かったのは、これらの動植物たちが、微量ながら魔力を纏っていたという点。
汚染され切った世界で適応するために進化したのか、あるいは僕が気付いていなかっただけで、動物には潜在的にこういう力が備わっていたのかは不明である。あるいは魔力というものは、生き物が存在するという時点で、その根幹を為すために必要なファクターなのか……。
いや、そんな話はどうだっていいんだよ。
どーするんだよ、マジで。
僕は頭を抱えた。せっかく魔術という新たなエネルギーを発見し、科学技術を極め、ありとあらゆる知識・技能を身に付けたというのに、それが無駄になってしまったのだ。しかも僕は寿命では死ねない。
流石に残酷すぎるだろ……。まさか人間を実験に消費しまくったことへの罰だというのか?
もう、世界には僕だけしかいないのだ。オシマイダー……。
いや、これまで改造してきた人間の成れの果てみたいな怪物とか、手伝い用のロボットとか、そういうのはいるよ?でもそれって、僕のことを倒すに値するような存在が、どこにもいないことと同義だよね。
僕はしばらく、ラボの奥深くに新しい空間を作って引きこもった。何にもない、広くて暗いだけの空間である。
衝撃的すぎて、頭が上手くついていかなかったんだよね。
人間がいないのに、主人公も悪の組織もないだろう?
研究が一気に無駄なことに思えてしまったわけだ。事実、この時点では意味なかったし。
4000年以上もかけて追っていた夢をぶち壊されたんだよ。そりゃショックぐらい受けるさ……。
うーん……。
とは言え、流石に今後どうするかを考えなくてはなるまい。
いつまでもこのままというわけにもいかない。
手元にあるDNAマップから人間たちを創り出して地上に放ち、人類の興隆を待つというアイデアもあったが、却下である。
地上は今、放射能だの毒だの、兵器の残り香だのに侵されており、その環境に特化した生き物でなくては生存できない。そういったものが消えるのには、もう数百年は経たないと無理だろう。僕が魔法を使って除染することもできるけど、この荒廃し切った惑星一つを完全に浄化させるのは、正直かなり手間だ。
他にも、地上の生き物たちの因子を埋め込んで、耐性をつけさせてから地上に送るという手もあったが、効率が悪すぎる。加えて、たとえ汚染された環境をなんとかクリアできたとて、そこに人類を放っても昔みたいな文明レベルになるまで待つのは、数千年どころか、数万年以上かかる恐れもある。
つまり、時間がかかりすぎるのだ。そんなエターナルな展開はナイトメアすぎる。
いや、どうすりゃええねん……。
冗談抜きで、宇宙人でも探しに行くか……と覚悟を決めかけていた僕だったが、一縷の望みをかけて、この世界をもう一度だけ探索してみることにした。
もしかしたら、人間の暮らせる場所が残っているかもしれないし、まだ生き残っている人間がいるかもしれない。取り敢えずは、希望がゼロってわけじゃなくなる。
前回探索した時には、衝撃的すぎてそこまで細かく人間を探したりしなかったし。
僕が学校で習った時の生態系や地形とはかなり違っていたので、若干戸惑ってたのもあるけど。
まあそんなわけで、かなり本腰を入れて取り組んだわけだが、なかなか思うようにいかなかった。都合よく、この崩壊し切った世界の中にユートピアが残っているはずもない。
これまで5つの大陸を探し回ったわけだけれど、間違いなく、人間たちの文明は滅び去ってしまったのだという事実を、明確に再確認させられただけだった。
あーあ、やっぱりそんな甘い展開にはならなかったかぁ……。
一応、最後までやるけどさぁ。
最後の大陸は、この惑星の最北端にある、極寒の地だ。
……皆まで言うな。可能性が極薄だってことぐらい、僕にもわかるよ。
世界が発展しまくってた時でも、こんなところに住んでいる奴はいなかったし。
人間はおろか、他の生物さえ生存を放棄するような場所だよ、ここ。
土台、生き物の住めるような環境じゃないんだな。
ほーら、やっぱり、人っこひとり――
「――さ、むい……お、ね……ちゃ……」
――いた。




