第十五話 僕は喜びたい
「フゥーーーー!」
真っ暗な部屋。
色とりどりのライトが鮮やかに駆け回り、ミラーボールがご機嫌に回る。
陽気な音楽が爆音で流れる中、その中央で奇声を上げながら、激しく踊り狂う人物がいた。
僕である。
第一段階の「ヒロインの目覚め」イベントが終了後、和花ちゃんの様子を見守っていたわけだけれど……。
第二段階の「ヒロインの初変身」イベントも何事もなく無事に終わり、一人で快哉を叫んでいたところだ。
いやーいいね。最高だね。
さっきから僕は興奮しきりだった。
ねぇねぇ、和花ちゃんの初変身、すごく良かったよね!?
やっぱり、ヒロインをあの子にして正解だったな。
あそこまで他人のために動ける人間はそうはいないよ。
普通なら、我が身可愛さに逃げ出すか、そうじゃなくてももっと躊躇するはずだ。
あのおっかないルヴィちゃんの前に立ち塞がって大見栄を切るなんて、そうそうできることじゃない。
ある意味、あの子も狂人ではある。
実のところ、「悪」よりも「善」の方が、生き物としては不自然なんだよね。
あらゆる生き物は、個の保存と種の保存を第一に考える。当たり前だ。
倫理だとか正義だとか、そこら辺の昆虫や爬虫類が考えていると思うかい?
和花ちゃんのような人間は、ほんの一握りだ。ヒロイン探しに難航した僕が言うんだから間違いない。
とは言え、今回は全く問題ない。
逸脱しているからこそ、和花ちゃんは主人公たり得るわけだし。
むしろ狂人でいい。まぁ僕は普通の人だけどね、アハハ。
ちなみに、彼女がここ数百年にひとりの主人公気質であるいうことを除けば、和花ちゃんはごく普通の子だ。
和花ちゃんが特別な才能を持っている……とか、そういったことはマジでない。
IQも身体能力も平均値。容姿はそれなりに可愛いけど、芸能人としてやっていけるほどでもない。
なら、なぜ彼女は、知らない魔術を扱ったり、格闘戦で魔族の子をぶっ飛ばしたりできたのか?
実は、あの子の体内には、魔術への適性や身体能力を引き上げるためのナノマシンを注入してあるのだ。
魔獣兵との戦闘時と、それから和花ちゃんの入院中に、チョチョイとね。
そのナノマシンは、いわば魔力を受信するアンテナみたいなもので、僕の発する魔素を受け取って動く。
これによって、身体機能や魔術への適性などが大幅に引き上げられるってわけ。
これに加えて、神経にも直結させてあるから、脳みそに強制的にデータを送り込むこともできるし、逆に和花ちゃんの感覚を僕の方で受信することもできる。彼女の視点で、この物語を楽しむことができるって寸法だね。
ちなみに、情動や意識にだって、干渉しようと思えばいくらでもできる。
まぁやらないけどね。
そんなの面白くもなんともないし。
とまあ、そんなわけで、彼女は自分が知らないはずの知識や、やったことのない戦闘術を身につけている、というわけだ。いや、素人の女の子に、化け物たちと素の戦闘能力で戦わせるのは、僕にもためらいがあったのさ。
俺TUEEEEEE!させるつもりはないんだけど、こればっかりはサポートしてもバチは当たらんよね。
ゲームだって操作説明書ぐらいあるもんだろ? それと一緒さ。
あ、そうそう、あの変身ベルトも良かったでしょ!
変身道具って、やっぱりベルトだと思うんだよね。
化粧道具とか、あるいは携帯電話みたいなやつも良いなと思ったんだけど、やっぱり変身ベルトの魅力には勝てなかったよ……。
やっぱり、変身ベルトにアイテムを合体させて変身! みたいな流れは燃える。
普通なら若いイケメンにやってもらうわけだから、年頃の少女がこう言う感じの変身をしている図は、絵としてどうなのかなとも心配したけど……思ったよりも良かった。うん、やっぱり僕って天才。
あ、ちなみに変身コードとかも、ナノマシンによって脳みそにあらかじめ自動インプットされてるよ。
便利だね、ナノマシン。
ルーナが和花ちゃんに手渡したあのデバイスは、圧縮したコスチュームが収納されている。小型洋服箪笥みたいなものだ。加えて、それを持ち主のサイズに合わせて装着させるステキ機能が付いている。いや、開発には苦労したよ。プロトタイプなんか、元々着ている服が弾け飛んだりとか、変身を解除すると全裸のまま放置されたりとか、とにかくトラブル続きだった。深夜帯のアニメならそれでも良いんだけど、公的な活動をする健全なヒロインにとっては、あまりに酷な仕打ちである。
それに関連して、もうひとつ自慢したいんだけど……。
手前味噌にはなるが、あのコスチュームも良かったでしょ?
スーパーレンジャーズとマスクドライバーのかっこよさに加えて、プリティ・キュアーズの可愛らしさも兼ね備えているんだからさ。
デザインは僕、設計も僕、実際に製作したのも僕だ。昔とった杵柄で、そういう勉強もしたんだよね。
万人ウケはしないかもだけど、僕はあのカッコ可愛い服をいたく気に入っている。
フェミニンなドレスと、イカついメタリックな装甲を組み合わせた戦装束。
いいじゃん! 僕はすごく好きだ。正直たまらんね。
結局のところ、特撮ヒーローと魔法少女が持つ、僕の好きなファクターを詰め込んだ戦闘服だからね。
それから、少女が身に纏うデザインということで、かなり気は遣った。
あんまり肌を出しすぎていたり、扇状的すぎたり、といったデザインだと、なんだか下品に見える。
彼女たちには、いずれ人前で戦ってもらうことになるからね。
その時に恥ずかしい格好だと可哀想だろう? 見ている人も気まずいし。
いろんなタイプの衣装があるけど、僕が選んだのはドレス型。
レオタード型や水着型も少し考えたけれど、あんまりボディラインが浮き出て見える服だと……ちょっと、ねぇ?
まぁそう言う外見的な部分以外にも、かなり力を入れているよ。
さっき言った、術式や戦闘能力の自動ラーニング機構はもちろん、高い防御性能に加え、装着者へのダメージの軽減や耐熱・耐衝撃にも優れている。それから、装着者の闘争本能を掻き立て、戦闘時にはアドレナリンの分泌を増進させる機能もある。和花ちゃんはパンピーだから、人を殴るとか蹴るとか、そう言うのに抵抗があっては戦えないだろう? その辺を上手く取り去って、逆に戦いに対してポジティブな感情を抱かせる仕組みだ。
ただ、和花ちゃんが冷徹サイコガールとか、あるいはイかれた戦闘狂みたいにならないように、デメリットも敢えて組み込んでおいた。名付けて「ヒロイン守護機構」。
ヒロインを守護するのではなく、ヒロインとしてのアイデンティティを守護するための機構である。
あのスーツはヒラヒラとしたドレス状だが、見かけに反して非常に高い防御性能を誇っている。
衝撃や斬撃はもちろん、熱や冷気、電気や毒攻撃なんかにも耐性がある。当然、銃弾ぐらいなら余裕で弾く。
ただ、その一方、痛みだけはしっかりと感じる作りになっているのだ。
軽減されてはいるから、銃弾の直撃によって生じる苦痛は、だいたい「木製のバットでどつかれる」ぐらいのレベルかな。
僕が本気を出せば、完全に攻撃を無効化するぐらいのハイパームテキスーツを作ることもできるけど……それじゃ戦いにならない。これはある程度、戦闘そのものに緊張感を持たせるためのギミックだ。一方的に敵を嬲るのではなく、「戦い」という構造を、しっかりと理解してもらいたいからね。
それから、闘争本能の対象はあくまで魔族に設定してあって、逆に人間へは防衛機構が働くようになっている。仮に間違って人間を殴ったとしても、相手はかすり傷ひとつ負わないんじゃないかな。
それから、人類を救済することへの使命感や、慈愛と献身といった感情を高め、人を助けることへの達成感・快感を増幅させる機能も備えている。例え救いようのない悪人だったとしても、「普通に良い人」ぐらいまでには人格矯正ができるだろう。
まぁ、結果的にこれは和花ちゃんには不要な機能だったけどね。
装備はそんなところかな。
あと、こだわったのは、やっぱり今回初お披露目となった、「ヴィラン」と「マスコット」だね。
今回、和花ちゃんにぶつけたのは、【魔族】と名付けた僕の作品の一つ。
魔導皇国という、僕の作ったシステムに従って動く、便利な手駒。
加えて、魔獣兵どもとは比較にならないぐらい強力だ。
魔族の中には、自分達のことを「人間を超越した種族」か何かだと思っているヤツもいるけど……実のところ、身体構造なんかは、ほとんど人間と同じだ。
なぜかって?
そりゃ、元は人間だからだよ。
「魔導皇国」と言う枠組みを組み立てるにあたって、僕は数千体もの【魔族】を作成してきた。
そのどれもが、ベースは人間である。
元々、僕は大量に人間のサンプルを捕らえて実験体にしていたわけだけれど、そいつらは当然、僕のことをあんまりよく思っていない。まぁ当然だよね。人体実験かましてくる人間を好きになるようなヤツ、この世に存在しないよ。とにかく、そいつらは魔獣兵とかその他のモンスターとかに加工する分にはいいんだけど、肝心のヴィラン枠にはなり得なかった。忠誠心が低すぎて使えないんだよね。
この課題に対して、僕は2つの方面からアプローチをかけた。
まず、先天的なアプローチ。
つまり、培養した受精卵の状態から育て上げつつ、丹念に強化・改造を施し、人間をベースに新しい種族として生み出す方式である。
このメリットは大きい。
まず、叛逆の心配が皆無。幼少期から情緒に干渉することで、潜在的な忠誠心を植え付けつつ、自律性を持たせることに成功した。ゾンビではなく、きちんと自我を持って動くのだ。
加えて、基礎能力も高い。ベースは人間だけど、他の生物のDNAを組み込んだり、成長に合わせて丹念に身体組織を強化したりすることで、普通の人間には到達し得ない身体機能を発揮できるようになっている。オリンピックに出したら、きっと全ての種目で金メダルを取れるだろう。
それに調整が効く分、寿命も長いし、量産も簡単。
だがデメリットもある。
まず、1からデザインしている以上、情緒面で不安があるんだよね。
なんていうか……全体的に幼稚で、粗暴な性格になりやすい傾向にある。
それから思考が一面的で、自己中心的だ。
知性が高い個体は多少マシだけど、そうじゃなければ見てられないくらいひどい。
アヴァロンの野生児の方がもーちょい礼儀正しいよ! って思うぐらいには。
「虫の居所が悪い」って理由で共食いを始めた時には、流石の僕もヒイた。
教育って大事だなと、つくづく実感したよね。
それから、なぜだかは分からないけど……魔術への適性が低い。
いや、それは正確じゃないな。
魔術に対する親和性は高いんだけど、恣意的に扱うことに難がある、というべきか。
そういう個体は、単純な術式なら問題ないんだけど、工程が複雑なものは行使すらおぼつかない。
なんだろう……魂が薄いのかな。
量産型の人間はみんなこうだったから、「誕生する」のと「作成される」のでは、やっぱり違うのだろう。
ちょっと面白いよね。これは今後の研究課題の一つだ。
もう一方は、後天的なアプローチ。
すなわち、人間を強化改造して、新たな存在へと作り替えると言う手法である。
最初は、こっちにはあまり期待していなかったんだけど……これが意外に上手く行った。
まず、安定性がすごい。
元からある情緒を利用しているからか、知能指数も比較的高い標準にあるし、冷静で、かつ理性的だ。
「気分が悪い」みたいな理由で隣にいるやつに殴りかかったりしない、と言うだけでも安心できる。
……まぁ、我ながら、安心するハードルが下がってるのは分かる。
それから、先天的な方とは対照的に、魔術への適性が非常に高かった。
身体強化とか念動力とか、そういうシンプルな術式だけでなく、多種多様かつ複雑な術式の構築に長けている。
彼女たちがいなかったら、この世界への侵攻計画が数十年単で遅延しただろうな。
あと、意外なことに、忠誠心や帰属意識が驚くほど高い。
これには色々と理由があるんだけど……。
まぁ、その辺はおいおいね。
ちなみに一部例外もいるんだけど、そこら辺の子たちは敢えて残してある。
今後のイベントに使えるかと思って、ひとまず処分は見送っている状態だ。
驚くべきことに、デメリットは特にない。
強いて挙げるとするなら、やっぱり身体能力面かな。
やっぱり、一からデザインした子たちには明らかに劣る。
とは言え、人間の数倍のスペックを発揮できるわけだから、そこまでのデメリットとも言えないな。
後天的なアプローチで人間に別の要因を組み込むわけだから、拒絶反応が怖かったんだけど……こちらは魔術というチートを用いれば、そこまで難しい課題ではなかった。後、僕の腕も良いしね。
最初にゲットしたサンプル……氷漬けになりかけていた女の子(妹)。
あの子も素晴らしい逸材に成長した。
和花ちゃんにぶつけるにはまだ早いが、今から楽しみでならない。ゾクゾクするねぇ。
あのルヴィというヴィランは、僕が1からデザインした個体なので、かなり自由に身体をいじっている。
尻尾とか翼とか、縦に割れた瞳とかは、地上を闊歩するでかい蜥蜴からDNAを拝借した。
同意は得てないけど、別に良いだろう? トカゲが文句言うわけないんだから。
もちろんルヴィ本人も、文句なぞ言うはずもない。
もちろんそれだけでなく、ちゃんと魔術機構も付与して、かなり強力な戦士に仕上げてあげた。
性格も、悪魔と呼ぶにふさわしい、冷酷かつ傲慢なものとして設計してある。
(と言うより、勝手にそんな感じの性格になっちゃうってのが正解に近いけど)
これは、和花ちゃんに、「魔族とはこういうものだ」と思わせなくてはならなかったからだ。
あの子は優しいから、話し合いで何とか解決しようって考えにもなりかねない。
おかげで戦いに意欲的になってくれたようで、製作者冥利に尽きるってもんだよね。
きっとルヴィも喜ぶよ。知らんけど。
それから、やっぱりマスコットは大事。
妖精の顔面キャッチは変身ヒロインのお約束だから、是非とも再現したかったんだけど……なんだか不自然な気もして、結局取り入れなかった。
今回のマスコット枠の性格上、そう言うふうに話が展開しにくいなとも思ったし。
それから、最初はマスコット枠には僕が収まろうかとも考えたんだけど……結局やめた。
今回の変身ヒロインは、まだうら若き少女である。
正直、僕とは話も合わなそうだ。
だって僕、見た目は若いけど、数千歳超えてんだぜ? 老人とか言うレベルじゃない。
それに、僕みたいなのがヌイグルミか何かに入り込んで動かすなんて、考えるだけでもしんどい。
もっと言えば、マスコットはヒロインの良きパートナーでなくてはならない。
僕は天才だけど、他者に好かれるような人格者ではないのは、自分でもよく分かっている。
そうでなくとも、無邪気な妖精のふりをして振る舞うなんて、考えただけでメンタルがガリガリ削れそうだ。
そう言った経緯でマスコットに選ばれたのは、最終的には魔族サイドのキャラクターだった。
名前はルーナ。可愛い名前だろう?
あのネコそっくりのマスコット……僕は名前も含めて、とある作品のオマージュをさせてもらっている。
やっぱり妖精といえばアレだよね。性格はかなり違うけどさ。
彼女は後天的に強化したタイプの魔族だけど、他の子たちとは異なる方式の施術を行なった個体だ。
記憶消去なんかの処置を施した一方で、催眠による忠誠心の刷り込みや、脳手術による洗脳なんかは、ほとんど行っていない。
つまり、精神面だけ見れば、彼女は人間の少女とそう変わらない。
ひねくれてはいるが、かなりいい子なんだよね。(まぁ、そういう風に創ったんだけど)
そう言った条件を整えた上で、ルーナには魔導皇国の中での「汚い」仕事の一端を担わせていた。
当然、彼女は反発する。イレギュラーな存在を、恣意的に生み出したわけだね。
だから彼女の離脱・裏切りは、僕の描いたシナリオ通り。
そうやって裏切らせたルーナは、必然、魔導皇国から脱走を企てることになる。
その際には自然な形で意識を誘導してやって、和花ちゃんのための「変身アイテム」を持ち出させることも忘れない。(他にもいくつかアイテムを持ち出させているんだけど……まぁ、それもこれからのお楽しみだね)
そして命令に忠実かつ直情的なルヴィに後を追わせ、和花ちゃんの住む地域へと追い込んでいったのだ。
こうして、マスコットとヒロインとが「偶然にも」邂逅することになったわけ。
こうして、一人と一匹とが出会い、ようやく物語は走り始める。
僕はシナリオを描き、舞台を整えた。
そこから先は、あの子たちの選択次第だ。
僕は天才だけど、残念ながら正確に未来を観測することはできない。
さてさて、これからどうなっていくのかな。




