第十四話 和花の決断
ルーナの口から語られた事実を、和花はうまく咀嚼できなかった。
目の前のちっこいネコそっくりの動物と、先ほどの怖い少女とが、和花の中でうまく繋がらなかったのだ。
「……同僚? 友だちとかじゃなくて?」
「アンタ、さっきのアレを見て、本気でそう思うワケ? 友だちのはず無いじゃない」
「そ、そうだよね……。じゃあ、マドージッキって何?」
「魔導皇国の中でも特に高い戦闘能力を持った10人の魔族のことよ。【魔導戦姫】とも呼ばれているの。その上には実質的には4人しかいないし、国の中枢と言ってもいいわね。「姫」を名乗ることを許され、また魔王陛下から直々に「銘」を授かるの。例えば、ルヴィの銘は【焔】。アイツの得意な術式に因んで贈られたってワケ。それで……ねぇ、聞いてるの?」
「あわわわ……」
ルーナが流暢に説明しているその横では、和花が目を回していた。
次から次へと新しい言葉や情報が飛び交っており、彼女は話を聞きながら混乱してきたのだった。
これは話が複雑だからだ。断じて、和花がおバカだからではない。断じて。
そんな状態だったから、和花はルーナの漏らした「同僚」という言葉が持つ意味について、今一度しっかりと考える機会を逃してしまった。
ルーナはそんな状態の和花を、どこかきまり悪そうに見ながら話を続けた。
「……色々、一度に説明し過ぎたわね。まぁ、アイツがそれなりに強くて偉いヤツってことが分かればいいわ」
「じゃあ……魔導皇国って? ルーナの故郷?」
「まぁ、そんな感じ。私たち魔族が暮らしている領域のことよ。魔神様を信仰し、魔皇陛下が治める国ね」
「マジン様?」
「私たち魔族が信仰する絶対神。すごい力を持っているけど、逆に力が強すぎて、下界には降りてこられないの」
「ふぅん……? そういう伝説があるってこと?」
「バカね。架空の存在じゃなくて、本当にいるのよ。魔皇陛下は、魔神様と魔族とを繋ぐ役割も持っているの」
「な、なるほど……」
やっぱり、和花はピンときていなかった。
和花たちの世界とルーナの暮らしていたところとでは、何もかもが違いすぎるのだ。
ルーナは話を続けた。
「……で、ルヴィに私が追われていた理由だけど……私が、魔導皇国を脱走してきたからよ」
「脱走……逃げてきたの?」
「そうよ。魔導皇国は裏切り者を許さない。逃げ出した私を処分するために、送り込まれてきた刺客がアイツ……ルヴィってことよ」
「……なんで逃げてきたの?」
おずおずと和花がそう聞くと、ルーナはキッパリと答えた。
「もう、うんざりだったからよ。戦いとか、殺し合いとか……もうたくさん。……それに耐えきれなくなって、【リ・ヴァース】から、こっち側……【ライト・ヴァース】に、やってきたってわけ。」
「リ・ヴァース……って……ルーナのいた世界?」
「その通りよ。そして、この光に満ちた暖かな世界のことを、向こうではライト・ヴァースと呼んでるの」
「ライト・ヴァース……。でも、こっちにも夜はあるよ? すっと明るいってわけじゃ……」
「タイヨウがあるのと無いのでは、全く違うわ。少なくとも、魔族たちにとっては、そういう認識なの。……そして、これが原因で、こっちの世界はマズいことになってるのよ。私がこっちに逃げてきたのも、その辺に理由があるわ」
「マズいこと……?」
「そう。……リ・ヴァースにある魔導皇国は、ライト・ヴァースを侵略するつもりよ。この世界を、征服するためにね」
「そ……そんな!」
和花は思わず腰を浮かせかけた。
魔族の恐ろしさについては、ほんの一瞬とはいえ戦った和花もよく分かっていた。
確かに、相手の油断をついて、上手く勝ちを拾えはした。
しかし実のところ、あの時点で、和花は疲労のためにほとんど動けないような状態だった。
撤退してくれたからいいものを、あのまま戦いが続いていたら、和花にとってはかなり危険だったと言える。
そんな和花からすれば、ルヴィのような存在が少なくとも10人はいるのだと考えるだけで、その恐ろしさが身に染みて実感できた。
「落ち着きなさい。今更、どうすることもできないわ」
「だけど……」
「ライト・ヴァースには、国交を断絶してる北の大国があるわね?」
「……え? ラサー共和国連邦のこと? 3年前から鎖国中の……」
急な話題転換に、思わず目を瞬かせる和花。
ラサー共和国連邦とは、大陸の北半分を支配する軍事国家である。
軍事侵攻を繰り返して国を拡大してきたという経緯があり、世界的にも敵が多い国だ。
和花の住む島国からそう離れていないということもあって、かなり警戒されていたわけだが、3年前から全ての国と断交したことで、一層その不気味さを増した国でもある。
だが、次のルーナの一言に、和花は頭をハンマーで殴りつけられたかのような衝撃を覚えることになった。
「そんな名前だったわね。……もう滅んでるわよ、その国」
和花は息を呑んだ。
「うそ……」
「本当よ。ライト・ヴァース征服の拠点にするため、3年前に魔族が攻め滅ぼしたの。国際的にも孤立していたし、広大な国土も、潤沢な資源も魅力的だったから……。今は、あの国を拠点に軍備を拡張しながら、他国への全面侵攻を企てているわ。この国に攻め込んでくるのも、時間の問題ね」
「そんなわけ……だって、連続誘拐事件を起こしてるっていう噂があるって……」
「それも魔族の仕業よ。……人間を攫って、人体実験に使ったり、食用にしたりするの」
和花は、思わず口を抑える。
あまりの悍ましさに、吐き気を覚えたからだ。
「なん…で、そんな……」
「……私たちの世界は、既に崩壊しかかっていたの。魔族は強力な力を持っているけれど、もはやそんなレベルではどうしようもないほどにね。そんな時、魔皇陛下に神託が降ったのよ。ライト・ヴァースに攻め入り、光を得よ。さらば、魔族に新たな繁栄がもたらされん…ってね。その時点で、私たち魔族はこの世界の存在を知ったの。……明るくて、暖かくて、結界がなくても生きていける、そんな世界の存在をね」
和花は、思わず言葉に詰まった。
もちろん、侵略行為など認めることはできない。
罪のない人々を虐げたり、その命を奪ったりすることも、当然許されることではない。
だが、太陽のない、滅びかかった世界に住む魔族にしてみれば、この世界(魔族はライト・ヴァースと呼んでいるようだが)のことを羨ましいと思うのは当然のことだ。
魔族にしてみれば、生き残るためにそうせざるを得なかったのだろう。
手段はどうあれ、その動機は理解できなくもない。
そのまま滅んで仕舞えばよかったのに……などと考えられるほど、和花も割り切りがいいわけではなかった。
平和な日常を送っていた単なる中学生の少女にとっては、いささか問題が大きすぎたのだ。
「……こっちに移住する、とかじゃダメなの?」
「無理ね。魔族の倫理観・価値観は貴女たちとは全く違うの。欲しいものがあれば奪え、ってのが魔族よ。人間なんて毛の生えていない猿ぐらいにしか思っていないし、いくら殺しても気にも留めないでしょうね。ルヴィを見たでしょ? 全員とは言わないけど、だいたいあんな感じよ」
「そんな……」
「私がリ・ヴァースを離脱したのも、それが大きな原因ね。自分達の世界が危ういからって、他の世界に攻め入っていいわけじゃないって、今なら思える。……他の国への侵攻を遅らせるために、色々と施設を壊したり、機材を拝借したりしてきたから、あと少しは余裕があるはずよ」
「拝借? ……ルヴィさんが「コソ泥」とか言ってたけど、あれって……」
「いやね、人聞きの悪い。借りてるだけよ、永遠にね。……まぁ、そういう事情もあって、逃げ出す時に一悶着あったのよ。それで、性悪な別の同僚に、いくつか呪いをもらっちゃってね。
お陰でこのザマよ。元はちゃんとした人型だったのに、こんなちんちくりんにされて。ホント、嫌になっちゃう」
「え!? ルーナって元は別の姿なの!?」
そういえば、さっきルヴィとルーナが言い争っていた時、「こんな姿にしたんでしょ」とか、「畜生に身を落として」とか何とか言っていた気がする。
可愛い妖精さんだと思っていたが、妖魔って言ってたし、本当はもっと怖い姿なのかも……。
和花の頭の中では、全身から触手を生やしたモンスターのような姿のルーナが、にこやかに手を振っていた。
「……何だか失礼なことを考えてるでしょ。本当の私は、もっと美人なんだから。……信じてないわね? まあいいわ。とにかく、魔族はこの世界にいずれやってくる。……私は、それを止めたいの」
「え……でも、ルーナも魔族なのに……?」
「魔族は魔族でも、裏切り者の魔族よ。どうせ魔族が攻め込んでくれば、私もおしまいだわ。だったら、この世界に侵攻してくるのを辞めさせるのが手っ取り早いじゃない」
「そうだけど……ルーナは、戻りたくないの?」
「……ハ! 戻りたいもんですか! ……それにね、アンタも他人事じゃないのよ?」
「え?」
「だって……魔族侵攻を阻止できるのは、貴女だけなのよ、ノドカ」
「!? 私っ!?」
「さっきの戦い、覚えてるでしょ。一般人のアンタが、一時的とはいえ、あのルヴィを圧倒したのよ。それも、地力では貧弱かつ魔術も扱えないはずの、魔族に劣るはずの人間のアンタがね」
「……あれって、あの変な機械のおかげじゃ無かったの?」
「あれは【姫装神機】と言って、使用者の魔力を鎧に変える道具よ。言ってみれば変換器みたいなものなの。例え魔族であっても、力が弱ければ扱うことはできないわ」
「……え? でも、私……」
「そう、あり得ないの。それから……その、手の紋章もね。……色々と、おかしいと思わない?」
「うん、思う。……教えて。あの時、何があったの?」
和花は、ルーナの目をじっと見つめた。
ルーナもまた、真剣な眼差しで彼女を見返す。
ルーナは確信していた。
きっと和花こそが、選ばれた者なのだ。
「実はね、神託は二つあったの。異世界への侵攻に関する神託の他に、もう一つ。
――それは、ライト・ヴァースを守護する者の存在。
名を【天導衞姫】。
魔族を導いて、世界を侵略するため戦うのが【魔導戦姫】なら、
天に導かれて、世界を外敵から防衛するのが【天導衞姫】ってところね。
神託によれば……この天導衞姫こそが唯一、魔族のライト・ヴァース侵攻を妨げることができるということらしいわ。
手の甲に刻まれた【聖痕】が、その証。
魔導皇国では、魔神様から恩寵を授かった証として刻まれるのよ。私たちのは【邪痕】と言うんだけど……。
兎に角、「神に選ばれた証」であるはずのそれを、人間のアンタが持っていることそのものが異常だわ。
ルヴィが一時退いたのも、貴女を警戒したからよ、ノドカ。
貴女は神託に選ばれた、特別な存在。言わば、この世界にとっては希望なの。
……貴女だけが、この世界を守れるのよ」
「そんな……」
「……この世界を守りたくないの? 言っておくけど、魔族はルヴィみたいなヤツばっかりよ。話し合いなんて不可能だわ。アイツらが本格的に攻め込んできたら、アンタも、アンタの大切な人も、みんな死ぬわよ」
和花の脳裏に、今も病院のベッドで昏睡状態の、琴音の姿が浮かぶ。
「それは……そんなの、もちろんイヤだよ!」
「私には、奴らに関する知識がある。それに、戦いには参加できないけど、さっきみたいにサポートぐらいならできるわ。……そして、アンタは大切な人を守りたい。……どうかしら? 私と一緒に、世界を救いましょう?」
和花にとっては、あまりに急で、重すぎる話だった。
少なくとも、平凡な14歳の少女が背負うべき運命ではない。
確かに、異世界……リ・ヴァースから魔族たちが攻め込んでくるのは怖い。
既に一国が落とされているとなれば尚更だ。
琴音と一緒にいる時に襲ってきた怪物も、きっと無関係ではないだろう。
それを抜きにしても、ルヴィがルーナを追って現れたということは、魔族は和花の暮らすこの国にも攻め込んでくる可能性があるということだ。日本も安全というわけではない。
その過程で多くの人々が犠牲になるだろうということも、和花には充分すぎるほど理解できていた。
ルヴィのような暴れん坊が一人でも攻め込んでくれば、それだけで甚大な被害になる。
だが、和花は怖かった。
戦いが、ではない。
この世界の命運などという巨大すぎる宿命に、彼女は心底怯えていたのだ。
普通なら、ここで怖気付くだろう。当然だ。14歳の少女には、余りに荷が重い。
ましてや、和花はごく平凡な中学生である。
頭がいいわけでも、運動ができるわけでもない。
それでも……。
「……分かった。私に、どこまでできるかは分からないけど……私、戦う。皆を守りたいもん!」
「そう言うと思ってたわ。全く……お人好しなんだから」
「よろしくね、ルーナ!」
「……ふふ。よろしく、ノドカ!」
そう、和花は平凡ではあるが、普通ではない。
彼女は大事な人を護るためなら、どんな敵にも立ち向かえる人間である。
彼女の選択は、悪く言えば傲慢で、無責任で、向こう見ずである。
ただ、よく言えば、使命感に燃え、挑戦的で、そしてとびきり勇敢でもある。
彼女の選択が「世界」をどのように変えていくのか……それは未だ、誰にも分からない。




