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僕は黒幕になりたい〜戦うヒロイン育成計画!〜  作者: 少林 拳


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第十二話 初めての戦い


白を基調とした、ローズピンクのドレス。


どうやら単なる布地というわけではなく、柔らかながらも、どこかメタリックな光沢を放っており、かなり丈夫そうだ。ただし、そこに鈍重さや野暮ったさは一切なく、ふわりとした軽やかな印象を見る者に抱かせる。

動きやすさを重視しつつも、華やかさと凛々しさを兼ね備えた、丈の短いドレスだ。


髪色と、その瞳の色も、濃い桜色に。

具現化した花を模したシュシュが、一気に伸びた和花の髪を美しくまとめ、結い上げていく。


花を模したピンクゴールドのイヤリングが、きらりと謙虚な輝きを放ちながら耳元で揺れる。


ガントレットやレガースは、頑丈そうでありながらも可愛く装飾が施されており、見る者に決して無骨な印象を抱かせない。


数秒にも満たない、刹那の時間が経過した後。

そこに現れたのは、煌めく桜と白のドレスを身に纏った、ひとりの少女だった。

溢れ出る2色の混じり合った美しいオーラが、彼女の周囲から闇を取り払っていく。

夕闇に佇む彼女の姿は、どこか神々しささえ感じさせた。


その姿だけ見れば、単に優美なドレスを纏っただけの少女に見える。

だが、そこに内包されたエネルギーは凄まじく、その可愛らしい外見からは想像もできないほどのパワーが、小さな少女の体内で渦巻いていた。



「その姿……! やはり、貴様は……!」


ようやくルーナの張った結界を破った紅い少女であったが、あまりの驚愕からか、冷静さを失っているようだ。取り乱しながら叫んでいる。


しかし、和花は頭上で喚く「敵」を完全に無視していた。

彼女が気にかけていたのは、腕の中でぐったりとしていたルーナである。

和花は、傷だらけのルーナを地面に優しく横たえた。


「……アン、タ……それは……!」


和花を弱々しく見上げるルーナに対して、彼女はそっと微笑んだ。


「大丈夫だよ、ルーナ。私が、助けてあげるから」


和花には、今、ここで何が起こっているのかなど、全く理解できてはいなかった。

攻撃を仕掛けてきた紅い少女のことも知らないし、ルーナがどういった関わり方をしているのかも分からない。

そして――どうして自分が、こんな姿に変身したのかも。



ただ、自分がするべきことは、不思議と理解できた。

論理的にではなく、感情的に。

計画的にではなく、衝動的に。

理性的にではなく、本能的に。

知識や思考などではなく、和花のもっと深いところから溢れてくる「何か」が、彼女を突き動かしていた。


だから――和花には分かる。

どうすれば、ルーナを助けられるのかを。


そして、和花はルーナの身体に、そっと掌を重ねた。

直後、柔らかなピンクの光が和花から溢れ出し、ルーナのひどく傷ついた身体を優しく包み込んでいく。


ルーナは、目を見開いた。

驚くべきことに、負っていた傷が全て無くなっていったのだ。

半身を焦がしていた酷い火傷は溶けるように消え、元の柔らかな毛並みへと戻っていく。

へし折られていた前足は、痛みを感じることなく、そっと元通りの形に繋がる。

背中の刀傷は、まるで映像を逆再生しているかのように、端から綺麗に塞がっていった。

それどころか、枯渇しかけていた気力や体力や魔力までもが、急速に充填されていく。


和花が手を退けた後には、最初に和花と出会った頃よりも元気なルーナの姿があった。


「これは……まさか、【回復術式】!?」


ルーナは、あまりの驚愕に激しく喘いだ。

目の前で起こった奇跡が信じがたく、何度も目を瞬かせる。

だが、自身の傷ひとつ残っていない身体が、これが紛れもない現実だと告げていた。


一方、その頭上では、紅い少女がルーナ以上に動揺していた。


「そ……んな、馬鹿な!! なぜ、貴様がその術式を使えるッ! 能無しの猿ごときが!!」


紅い少女は憎悪の篭った目で、完治したルーナと、背を向けたまましゃがみ込んでいる和花を睨みつけた。

あまりの激情からか、その手に握りしめたままの軍刀が、カタカタと音を立てている。


「――死ねッ!!」


刹那、その姿がブレた。


ルーナが警告する暇もなかった。

そのコウモリのような翼をはためかせながら、紅い少女が凄まじい勢いで急降下してきたのだ。

そして、和花の無防備な背中に目掛けて、飛び込んできた勢いのままに軍刀を振り抜いた。


その軍刀は、先ほどとは異なり、紅い炎を纏っていた。

わずかでも触れれば、切り口が炭化して出血しないほどの、高熱を帯びた一振り。

その威力は、まともに触れれば、分厚い鉄板でさえ瞬時に焼き切ってしまうだろう。

だが――。



「――させないっ!」


「ぐぶッ!!」


――次の瞬間、紅い少女は空中へと打ち上げられることとになった。

高速で振り返った和花が、そのローズピンクの手甲を纏った拳を叩き込んだのだ。


軍刀以上の速度で振り抜かれた和花の拳は、正確に紅い少女の頬へと突き刺さり、彼女を凄まじい勢いで吹き飛ばした。


紅い少女は、慌てて空中で体勢を立て直そうとするが、上手くいかない。

魔族の中でも耐久値に優れているはずの強靭な身体は、華奢な少女のパンチ1発で、看過できないほどのダメージを負っていた。

グラグラと視界が揺れ、思考がまとまらない。

たらり、と端正な顔面を伝う普段と異なる感覚に、思わず手で拭う。見れば、鼻から血が溢れていた。

久しく見ていなかった自身の血。

それと併せて、先ほど自分が晒してしまった無様な姿に、紅い少女は頭が沸騰しそうになるほどの怒りを覚えた。


感情のままに、再び和花を攻撃しようとする紅い少女。

その全身からは、火炎のような真紅のオーラがゆらゆらと立ち上っており、それが彼女の怒りの激しさを物語っていた。


「……こ、の、クソがぁぁぁぁッ!! 許さ……ッ!? ――どこだ!?」


殺意を持って、掌に火炎を激しく灯す紅い少女であったが――いつの間にか、その怒りを向ける対象を見失っていたことに気づく。


慌てて周囲を見回すが、先程まで地面に立っていたはずの和花の姿が、どこにもない。

先ほど地面に横たえられていた、ルーナの姿さえ、まるで霞のように跡形もなくなっている。


(馬鹿な! 見失ったというのか!? この私が!?)


「異界の能無し猿」ごときに不覚をとってしまったという事実。

それは、紅い少女にとって、決して容認できるものではなかった。


(――どこだッ!? どこへ消えた!?)


怒りと焦燥から、必死に周囲に目をやる少女。


「――こっちだよ!」

「――ッ!」


その答えは、紅い少女の背後から齎された。


人ならざる者である紅い少女の目を以てしても追えないほどの速度で、その背後に回った和花。

そこから繰り出されたのは、ただの蹴り。

技術も何もない、シンプルな回し蹴りである。


だが、桜色のスカートと髪をはためかせながら放たれたそれは、まるでナイフのように鋭く、同時に、和花の細く華奢な脚からは想像もできないほどの、凄まじいパワーを秘めていた。


それを視界の端に捉えた紅い少女の方も、超人的な反射神経で対応する。

素早く振り返ると、メタリックな真紅の輝きを放つ右の手甲で、即座に和花の蹴りをブロックした。


轟音を立てて和花の蹴りと紅い少女の手甲とがぶつかり合い、空中で激しく火花を散らす。


「おりゃぁぁぁぁっ!!」

「――ぐぅぅぅッ!?」


だが、二人が拮抗していたのは、ほんの一瞬のことだった。


バギン!! という轟音が響き渡り、紅い少女の手甲が砕け散った。

和花のただの蹴りが、頑丈な手甲を粉砕したのだ。


そのまま銃弾のような勢いで蹴り飛ばされた紅い少女は、次々に電信柱をへし折りながら宙を舞った。

そして、少女自身の攻撃によって倒壊しかかっていた近くの廃ビルへと、猛スピードで叩き込まれる。


ズズン! という地響きと共に、既に半壊していた建物は、今度こそ完全に崩れ落ちていく。

蹴り込まれた紅い少女の上に瓦礫が降り注ぎ、もうもうと土煙が舞い上がった。



(ウ……ソ、でしょ……!?)


和花の手によって、巻き込まれないように少し離れた物陰に避難させられていたルーナ。

そんな彼女は今、どこか呆然とした表情で、空中に浮かぶ和花の姿を見上げていた。


ルーナを追ってきた「アイツ」に手も足を出させないほどの、圧倒的なパワーやスピード。

背後からの不意打ちを防いだだけでなく、きっちりと反撃して見せたことから、単に身体能力が優れているのではなく、反応速度や索敵能力も著しく向上しているのだろう。

おそらくは、【身体強化術式】。

ルーナや、和花が戦っている「アイツ」を含めたルーナの同類にとっては、比較的ポピュラーな術式である。

ある程度のレベルにある魔族ならば、使えてもおかしくはない。


だが、和花はただの人間なのだ。

魔術的な素養を先天的に欠いた種族のはず。


もちろん、彼女も魔法など使えないはずだ。

少なくとも数日前に和花と会った時には、そんな兆候は一切なかったと断言できる。

弱っていたとはいえ、ルーナにだって魔力を持っている人間とそうでない人間の区別くらいはつく。

もし全身に纏わりつく魔力があれば、ルーナはそれを色や匂いのような形で知覚できるのだ。

その痕跡は、そうそう容易に隠蔽できるようなものではない。

相手は万全の状態ではないが、曲がりなりにもルーナの始末を任務として与えられるほどの魔族だ。

和花がそれを圧倒できるような実力の持ち主だったならば、尚更ルーナが気づかないはずがない。


――あり得ない。

それがルーナの出した結論だった。

少なくとも、和花が魔族であることはない。


そんな和花は、今も空中で浮遊している。

ただの人間には、当然そんなことができるはずもない。

おそらく、無意識のうちに【飛行術式】も併用して発動しているのだろう。


ルーナは宙に浮いている和花を見上げた。

正確には、彼女の右手を。

そこには、四枚の花弁を模した白い紋章が輝いている。

先ほど「アイツ」がポロリと漏らしたように、「魔族」にとって、“あれ”は特殊な意味合いを持つ。

伝承が正しければ、和花の急激な変化には、あの紋章――《聖痕》(スティグマ)が関係しているはずだ。



――だが、それだけでは説明がつかないこともある。

先ほど和花が見せた、【回復術式】。

あれは、本来ならば使えるはずのない術式なのだ。

ルーナが知る限り、あの術式を行使できるのは、この世にたった一人だけ。

しかも、それはそう易々と扱えるようなものではないということを、彼女は誰よりもよく分かっていた。

実際にその術式が他者に向かって使用される光景を目の当たりにしたことはあるが、そんなことは後にも先にも一度だけだ。

その【回復術式】を和花が使ったという事実は、ルーナを完全に困惑させ、また同時に混乱させていた。


(あれは、あの術式は……! どうして、貴女がそれを使えるの……!?)


だが、視線の先にいた和花が僅かに身構えるのを見たルーナは、目の前で起こっている戦いへと、慌てて意識を引き戻した。確かに気にはなるが、今は、そんな余計なことを考えている場合ではない。


「――――クソォ!! クソッ、クソッ、クソォォォォ!!」


崩落した廃墟が、ゴバッ! という轟音と共に吹き上がった。

その中から瓦礫を力任せに吹き飛ばしながら飛び出してきたのは、やはりというべきか、翼を広げた紅い少女であった。浮遊している和花と同じ高さまで跳び上がってきた紅い少女は、血走った目で彼女を睨みつけている。

その端正な顔は憎悪と赫怒とで醜く歪んでおり、折角の美人が台無しになってしまっていた。


今にも襲いかかってきそうな剣幕だが……どうやら、彼女も無傷というわけではないらしい。

全身ボロボロで、輝くような真紅の鎧にはヒビが入り、手甲に至っては完全に破壊されている。

美しい髪や肌は埃と泥に塗れ、薄汚く汚れていた。

加えて、和花の攻撃を防いだ腕はダラリと力なく下がっており、もはや思い通りには動かせないようだった。



「【天導衞姫】ィ……ッ!!」


紅い少女は、怒りに身を焦がしながら、和花のことをそう呼んだ。

メラメラと真紅のオーラが彼女の周囲で揺らめき、今にも飛びかかってきそうな様子である。


再び戦端が開かれるかと思われたが……どうやら理性が勝ったらしい。

一時の激情に流されることなく、戦略的な判断を取ることにしたようだ。


紅い少女はギリギリと歯を食いしばると、バサリと翼をはためかせながら、大声で叫んだ。


「――撤退だッ! ……おのれ、貴様……ッ! 覚えておけ! お前は、必ず、私が殺すッ!!」


彼女が言い終わるや否や、その身体が闇夜に溶けるように薄くなっていく。

そしてそのわずか数秒後には、そのまま姿が完全に消えてしまった。

まるで、初めからそこには誰もいなかったかのように。

だが、周囲に撒き散らされた破壊の痕跡が、先ほど起こった出来事が全て現実だと告げている。


(あれ……何だか、すごく疲れた……)


しばらく、紅い少女が消えていった虚空を見つめていた和花だったが、やがてその身体がぐらりと傾いた。

そして、夜空で滞空していた華奢な身体が、急に力を失ったかのように下降を始めていく。


最後の方はほとんど落下する勢いだったので、ルーナは慌てて物陰を飛び出して、和花の下まで走った。

和花は何とか無事に地面に降り立つことができたものの、肩で息をしており、かなり辛そうな様子である。


(ね……むい……なに、これ……)


そして、その身体を包んでいた桜色の装束が、光の粒子となって霧散すると同時に――。

和花は、その場に倒れ込んだ。


「――ノドカ! ノドカっ!」


駆け寄ってきたルーナの必死に叫ぶ声を聞きながら、和花はゆっくりと気を失った。


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