第一話 僕は黒幕になりたい
僕は黒幕になりたい。
初めてそう思ったのは、16の夏だった。
スーパーレンジャーズ。
マスクドライバー。
マジカル・キュアーズ。
バトル・クリーチャー。
メタルヒーローシリーズ。
ウルトラ・ジャイアント。
それから、魔法少女や、変身ヒーロー系のアニメ。
――エトセトラ、エトセトラ。
正直に言って、最初は、これっぽっちも興味なかった。
むしろ、ちょっとだけ小馬鹿にしていたほどだ。
だが、ある日、ある出来事がきっかけで荷物を整理していた時に、それらに出会った。
毎週早起きして妹が撮り溜めていた、テレビシリーズや劇場版の記録媒体。
丁寧にラベル付けされて保管されていたそれらを見た時、僕は、妹がこう言った特撮シリーズのオタクだったのを思い出した。とは言え既に劣化が始まっていて、データが不鮮明だったり、所々見れないとこもあったりしたんだけど。妹がどんなものが好きだったのか気になって、こっそり見てみることにした僕は、ジワジワとハマっていった。なんだか、沈んでいた気持ちが少しずつ前向けになっていくのを感じたんだよね。
特に心惹かれたのは、「マジカル・キュアーズ」シリーズである。通称マジキュア。
僕の可愛い妹も、特にこのシリーズが大好きだった。
少女たちが魔法少女に変身して悪と戦う、いわゆるバトルヒロインが主人公である。
お揃いのコスチュームに身を包み、チームを組んで協力して戦う姿は、スーパーレンジャーズを思わせる。
だが、展開を重ねるごとにパワーアップし、自身の必殺技で敵を倒す姿は、同時にマスクドライバーにも通ずるものがあった。
すなわち、両者の素晴らしいところを兼ね備えているわけだ。
同時に、主人公は愛らしい少女でもある。考えうる限り、最高の組み合わせだった。
僕の興味は自然と「マジカル・キュアーズ」から、他の「魔法少女」をテーマにした妹のコレクションへも向いていった。
王道の、変身するヒロイン。
恋愛をテーマにしたものや、ディストピア調のもの、荒々しい戦闘を繰り広げるもの。
果てには、エログロを基調とした、どこかおどろおどろしい作品まで。
……妹の趣味を疑うな。とういうかよくこんなの持ってたな。
まあ、それはともかく。
僕は決して魔法少女になることはできないが、その分、画面の中の少女たちが熱い夢を見せてくれた。
ピンチが大きければ大きいほど、それを乗り越えた時のカタルシスには、たまらないものがあった。
友情と、結束と、愛。
普段は仲良く可愛らしい姿を見せてくれる彼女たちが、時に衝突し、時にピンチに陥りながらも、それを乗り越えていく姿は、落ち込んでいる僕にたくさんの勇気と、笑顔と、元気をくれた。
最初は僕も、自然にヒーローや主人公たちを応援していたと思う。
悪いことをする奴らを懲らしめるというシンプルなストーリーと、熱く燃えるような展開。
妹が憧れていたのも分かる。
確かに、その姿は美しく、僕の心を幾度となく震わせてくれたものだ。
勧善懲悪を人並み以上に信じていた僕にとって、その姿は救済であり、希望でもあった。
だけど、僕はある真理に気がついてしまったのだった。
悪がいなければ、正義は存在できない。
これは、ごくごく単純なことだ。
病気も怪我もなければ、医者や病院がいらないのと同じ。
ヒーローたちが輝くには、「悪役」が必要なのだ。
それも、雑魚敵ではダメだ。下っ端戦闘員になってどうする?
弱さで引き立てるのではなく、強大な敵として立ち塞がり、それを乗り越える主人公が見たいのだ。
僕がなりたいのは、絶対的かつ絶望的で、同時に、努力すれば必ず乗り越えることのできる「悪役」である。
なればこそ。
僕は「黒幕」になりたい。
高校生にしては、変わった願望だったと思う。
だが、その想いは、決して一時の気の迷いではない。
それを証明するために、僕はまず――
――世界を征服することにした。
***
世界征服。
なんだか陳腐で安っぽい響きだが、いわゆる悪役の最終目的は、大抵これだ。
次点で世界滅亡や金儲けなどがあるが、滅ぼしてしまっては本末転倒だし、金儲けを目指す場合は「黒幕」ではなく単なる「成金」になってしまう。
ここで目指すべきは、やはり世界征服で間違いない。
だが同時に、完全に世界を征服し切ってしまうと、「正義」サイドが僕を攻略できなくなってしまうという、深刻なジレンマを抱えている。強大だがなんとか勝てそう、ぐらいの塩梅を目指すつもりである。
取り敢えずいくつか国を滅ぼして拠点を築き、「世界の敵」になろうかな。
世界征服は、ニチアサ的な展開の中でもテンプレ中のテンプレである。王道と言ってもよい。
これは正直に言って、かなり困難な道のりになることが予想された。
当時はただの学生だったから、強さも、金も、武器も、手段も、知恵も、僕は何ひとつ持っていなかったからだ。
最初は、「黒幕」として主人公たちにどう立ち向かうか、またどうやって倒されようかと詳細な計画を立て始めたが、すぐにこれが無意味なことだと悟った。勿論、机上の空論に過ぎないことが、すぐに分かってしまったからである。僕が取り組まなければならない喫緊の課題は、「黒幕」に相応しい力を身につけることだ。
僕がまず頑張ったのは、勉強である。
意外だろうか?
だが、馬鹿には世界征服など無理だということは、それこそ馬鹿にもわかる道理だろう。
知識も知恵もなく世界征服に挑むのは、レシピも材料もなく、いきなり料理を始めるようなもの。
望んだ料理など、得られるはずもない。
学問のジャンルは問わなかった。いつ、何が、どんなふうに役立つか分からないからだ。
機械工学、物理学、化学、生物学、医学、心理学、教育学……。
貪欲に学び、片っ端から吸収した。「黒幕」に弱点があってはならない。特に工学や生物学、医学には力を入れた。ニチアサの敵の定番は、やはりロボットやサイボーグ、改造人間だろう。実験を繰り返すことで、僕はかなり人体には詳しくなった。実践に勝る学習はないからね。大量に人間を消費する必要があったが、そこはまあ、ご愛嬌である。いい勉強になったし、コストに見合った成果を得られたと思う。
並行して進めていたのは、勿論、トレーニングである。
基礎体力をつけると同時に、あらゆる武術を身につけた。
空手や合気道といったメジャーな武道から、バリツやCQCといった実践的なものまで。
月謝を払って呑気にレッスンを受ける気はなかったので、時には力ずくで技術を奪い取ることもあった。秘伝とか一子相伝の技とか、知りたくても全然教えてくれないんだもの。それでも、命を懸けたやり取りを繰り返していく中で、僕にはかなり強くなった実感があったので、結果オーライである。
「黒幕」が必ずしも屈強である必要はないが、貧弱ではなんとも格好がつかないだろう。
そして忘れてはならないのが、「オカルト」の研究である。
「黒幕」としては是非とも身につけておきたい技能だし、それを抜きにしても魔法だの超能力だのがぶつかり合う光景は魅力的で、浪漫に溢れていると思わないか?
勿論、超能力も魔法も現代では迷信とされ、それこそ空想上の存在でしかなかった。だが、ほんの少し前までは、科学こそオカルトだったのだ。1000年前の人間に地球が丸いなどと言っても大笑いされるだけだろう。
要するに、人間に解明できていないものを、便宜的に「オカルト」と呼んでいるだけのことである。
未知の超自然的なエネルギーを発見し、定義できれば、その瞬間に「オカルト」は「科学」になるのだ。
はっきり言って、これが一番大変な工程だった。
だが――結論から言おう。僕は「オカルト」を解明することができた。
神学や黒魔術、仙道といった学問を極め、ヨガや幽体離脱といった実践を繰り返した。
大量の人間を生贄に使って実験を重ね、自分の学んだ技術の全てを尽くして、ようやくそれに辿り着いたのだ。
この世には、未観測だった法則と、それに従って動く粒子とが、確かに存在していたのである。
奇跡も魔法も、あったんだ……。
僕はそれをシンプルに、「魔素」および「魔術」と名付けた。
これらのエネルギーは、信じ難いことに、自然界に嫌というほど満ちていた。
それこそ息を吸って吐けば、胸いっぱいに吸い込むことができるほどに。
加えて変換もしやすく、容易に様々な形に変換する事もできた。
更に輪をかけて素晴らしかったのは、単に量があるという点ではなかった。
魔素の優れた点は、その圧倒的なエネルギー効率にこそあったのである。
試しに、この魔素を使って発電してみたら、ほんの僅かな量で原子力発電所にも匹敵する電力を叩き出すことに成功したのだ。しかも廃棄物もない。消費された魔素は、しばらく非活性化するだけで、消滅するわけでもない。便利すぎる。それこそ魔法のような資源である。
魔素の存在とその利用法を公開すれば、現代社会の資源問題は一挙に解決するだろう。
勿論、そんな勿体無いことはしないけど。
現代の技術では、認識することも利用することもできない、素晴らしい資源。
世界で唯一、僕だけが有する技術である。「黒幕」としての活動に、これを利用しない手はない。
一度、肌に触れて実感できると、そこからは速かった。修練を繰り返すことで、僕は魔素を自在に扱うことができるようになっていった。流石に死者蘇生とか時間遡行みたいな無茶苦茶なことはできなかったけど、今では信じられないほど色々なことができる。魔素と魔術の法則やその相関についても発見が色々あったのだが、全て記載すると紙媒体が広辞苑くらいの厚さになるので、ここでは割愛させてもらうけど。
要するに、便利かつ強大なパワーを手に入れたと言うことだ。
あらゆる学問に、武術、そしてオカルト。
これらを充分な練度で身につけるのは、いささか大変だった。
いや、マジで、死ぬかと思った。
敢えて言い直そう。
いささかどころではなく、あり得ないくらい大変だった。
だが、血の滲んだ(滲むような、ではないのがポイントだ)努力の甲斐あって、僕はそれなりに賢く、強くなった。その過程で色々なものを失ったが、まあ、些細なことである。
だが、ここにきて、僕はようやく大きな問題に気がついた。




