その全てが愛に基づいて蠢いてる
朝起きると、木々のざわめきと鳥の囀りが聴こえた、それが一層と静かさを引き立てている。
空は青すぎて、風はやけに穏やかで、いつもジリジリと責め立ててくる太陽もハッキリとその姿を見せているのに穏やかにこちらを見ている。
校庭の白線は夜露を吸って、少しだけ滲んでいる、
昨日、僕らで引いた白線だ。
もう少しで、消えてしまいそうなほど薄いそれは昨日と今日の僕を、彼女を繋げている数少ない証でもあった。
マウンドの上には、ゆらぎが立っていた。
帽子のつばを指で押さえ、少しだけ空を見上げる。
風に髪が揺れ、光の粒がその輪郭を縁取っていた。
「おはよう、ちゃんと来たね」
「そりゃ、遅刻したら監督様に怒られるからね」
「私、監督なの?」
「うん。ピッチャーで監督で姫様で、えっと、、たぶん、世界の創設者」
「なんか忙しいね、それ」
彼女は笑った。
その笑顔は、今までで一番、穏やかに見えた。
「ねえ」
「ん?」
「ちゃんと、見ててね。私たちの甲子園」
僕は返事をする代わりに力いっぱいバットを握って迎え撃つ姿勢をとった。
グラウンドには、僕たちしかいない。
観客席も、ベンチも、スコアボードもない。
結局のところ、甲子園も野球のルールさえもほとんど理解していないのに、なんて事はない。ママゴトのようなものさ、僕にとっても彼女にとっても。
だけど今この瞬間こそが2人の全てで、そしてこの世界のすべてだった。
「じゃあ、いくよ」
ゆらぎは小さく息を吐き、ボールを握り直した。
そのしなやかな手つきは、何度も見たはずなのに僕は呼吸することを忘れていた。
投げた。
ボールは真っすぐに飛んできた。
僕は目を見開き、ボールをしっかりと捉えてバットを振った。
錆びたバットからは「キンッ」と金属の乾いた音が響く。
一瞬、世界が止まったような静けさが訪れた。
そして、ゆっくりと、弧を描き誰もいない外野へ転がっていく。
「やった!」
ゆらぎが声を上げて笑った。
その声がグラウンドいっぱいに広がる。
僕もつられて笑った。
走る意味も、勝ち負けも、もうどうでもよかった。
ただ、この瞬間が本当に甲子園だった。
ゆらぎは両手を広げて駆け寄ってくる。
「ねえ、見て。できたよ。ちゃんとできたでしょ?」
「うん。最高の試合だった」
「でしょ?」
「ねえ、もし次があるならさ」
僕は思わず口にした。
「そのときも、また野球しよう」
「うん、また夢を見ることができたら今度は、ちゃんと観客がいる甲子園に行きたいな」
「うん、行こう」
「うんッ」
ハッキリとしたその声は、このまま溶けてしまうかのように薄く、そしてその笑顔は不思議なもので、僕は喜びと愛おしさを覚えながらもなぜか、胸が締め付けられるような気がした。彼女の儚さが痛いほど美しかった。
気がつくと、彼女はマウンドに立ったまま、こちらを見ていた。
呼ぼうとしても、声が出なかった。
代わりに足元に転がってきたボールを彼女に投げた。
いつもの、少し汚れた白球。
ゆらぎがそれを受け取るとグラウンドに新しい音が戻ってきた。
鳥の囀り。風のざわめき。遠くで水が滴る音。
まるで、世界がもう一度、息をしているみたいだった。
「ゆらぎ!明日はどうする?僕は君と居れるならそれだけでいい!」
返事はなかったけれど、それで十分だった。
——白線は、もう見えなかった。
各サブタイトルは大森靖子さんの歌詞から拝借しています、あまり深い意味はありません、好きなフレーズなだけです!!




