84 to Epilogue とても大切なもの
「フリーゼには新しい人生を歩んでもらいたい」
パルデスは改めて、自身の娘であるフリーゼの未来を憂いていた。父親として、王位継承の第一の娘を今後どのように扱うべきか。今までの自身の不甲斐なさをただ嘆くだけではなく、さくらの前世であることを知った今、さらに思い悩むものとなっていた。
「そこでなんですけど」
「アリシアさーん!」
「まぁ、さくらちゃん、きなこちゃん」
ある晴れた冬の始め、黄色い柑橘は盛りを迎え、この丘陵地に自生する様々な色をつけた樹木に鈴也となって実っていた。そろそろ年の瀬を感じさせるこの頃は、急な冷え込みとまだほんのりとした暖かさが入り混じる寒暖差も激しい時期ではあったが、今日のこの吉日は、爽やかな風が二人の頬を撫でていった。
さくらときなこは、フリーゼが静養しているグラン・パレスの南西、アリシアとアドリアーノが住むヴァンデンバーグ家の屋敷へとはるばるやってきた。
この辺りは天然要害という異名を持つほどの未到の地が広がる岩石地帯であったが、イーヴィルエンジンの進歩により掘削が進み、伐採機によって巨木も間引きされ、程よく自然と人工物が混ざり合うような変化を起こしていた。
そうして舗装されつつあるグラン・パレスの道をさくらたちは屋根付きの自動荷車とともに、大量のさくらウイスキーや、とんかつを作るための道具や材料を積み込み、さくらの運転でこの地へと再び訪れた。迎えたのはアリシアとアドリアーノ、そして屋敷で働くメイド達数名が門前で待ち構えていた。
「まあまあ、よう来たね。疲れただろうに、ねぇ」
「アリシアさん、お体のお加減はいかがですか?」
「ええ、さくらちゃんのおかげなんよほんと。毎日あったかい温泉に入れて嬉しいわ。ありがとねぇ」
「いえいえ、少しでもお元気になられてなによりです!しかしそれにしても……」
さくらとフリーゼは文通で意思の疎通はしていた。今まで語れなかったことを文面を通して語り合ったり、さくらもフリーゼの心を少しでも安らげるよう文体には特に気を遣っていた。中でもあの日のことについては当然触れることはなく、フリーゼが自分の前世であることなども、誰からも語られることはなく、さくらもきなこも当然フリーゼに知らせることはしなかった。いずれどこからかわかることだとしても、それはとても瑣末で、案外どうでもいいことなのかもしれないと、さくらは思っていたからだ。だからなんなのだ、私は私だ。フリーゼはフリーゼだ。そう思うようにしたのだ。
「山菜や薬草がたくさん増えましたね~」
「パルデスくんのおかげなんよ。でもセンチュリオンだけでなく、世界各国からたくさん植物を送ってくれるもんだから、選別が大変なんよ。変なもん植えられんし」
さくらがパルデスに提案したこと。それは、グラン・パレスで静養するフリーゼに、アリシアの療養に併せ、薬草の研究をさせてはどうだということだった。自然に触れ、土を嗜み、植物を育てることはきっとフリーゼの心の安らぎになる。さらにはそれら研究したものを加工し薬へと発展させる。医療を充実させ、それと共に異国の薬学もふんだんに取り入れてそれをフリーゼに学んでもらおうということだった。さくらは文面を通じ、それらの知識を薬学の研究者達と共にフリーゼへと伝えた。このヴァンデンバーグ邸の広々とした地では、研究所がいくつか設けられ、学者たちも滞在し、さらにその学識が向上するように展開されていた。
「うふふ、葛なんか植えちゃったらもう終わりですからね」
「そう!ツルが伸びて伸びて大変だったんよ」
「あ、植えちゃったんかにゃ……」
さくらときなこは楽しくアリシアとの再会を喜んでいた。
「まあそんなことより、早く会っておやりよ」
アリシアは二人を連れ、屋敷の少し離れた研究所へと案内した。そこは小さく、一人二人がようやく作業できるような本当に小さな小さな薬局の小屋だった。
アリシアはノックをしてからしばらく待つと、扉の施錠を外す音が聞こえ、そしてギィと音を立ててゆっくりと扉が開いた。
「さ、さくらちゃん……きなこちゃん…………」
ひとつの影が姿を見せた。気恥ずかしそうに、そしてなにより再会を心待ちにしていた一人の少女がそこにはいた。
「あはは……ぼたんちゃん……元気だった……?」
さくらの瞳から勝手に涙が溢れた。きなこも思わず目を細めた。
「さくらちゃん……きなこちゃん……うわぁあ……」
フリーゼも顔をくしゃくしゃにしてボロボロと大粒の涙をこぼした。さくらはそんなフリーゼを抱きしめ、さくらの胸でわぁわぁと泣き叫ぶフリーゼの頭をさすり続けた。そんな姿をみたアリシアも持っていた手ぬぐいを両目にあて、嗚咽を漏らすのだった。
しばらく再会を喜んだ四人は、フリーゼを一度落ち着かせようということになり、ヴァンデンバーグの屋敷で働くメイドたちがフリーゼの相手をしてくれることになった。さくらときなこはアリシアと一緒に温泉に向かい、プカプカと浮かぶ黄色い実を転がしながら、湯の中で募る話に花を咲かせていた。
そうしてひとしきり湯を楽しんださくらときなこは改めて屋敷のキッチンを借りた。以前訪れた時とは違い、大量の道具と材料を持ち込んだものだから、メイドと執事は目を輝かせた。メイド達にも手伝ってもらい、たくさんの揚げ物や一品物を作り、温かいご飯も大量に炊いた。
かくして夕食の時間となり、フリーゼもようやくダイニングに現れた。さくらときなこ、そしてフリーゼはまた目頭を熱くしたが、言葉を交わすことなく笑顔でテーブルに向き合った。
「いただきまーす」
大きな声を皆で上げ、熱々の揚げ物にみな舌鼓を打つ。ようやくありつけたさくらの揚げ物に、アリシアやアドリアーノだけでなくメイドや執事、そして学者達も集まり、一緒に食卓を囲んで料理を楽しんだ。フリーゼも久々のさくらの料理に無言でむしゃむしゃとがっついていた。
「ウイスキーはまたお持ちしますね」
「ありがとう、ほんとうに嬉しいんよ。でも道が出来たらさくらちゃんのお店にもようやく行けるようになるんかな」
「そうですね、今日来た道は以前は岩でしたから。今後もっと掘削が続けば道だけじゃなく、温泉地もできあがるでしょうね」
「このグラン・パレスが賑やかになるなんて考えもしなかったんよ」
「ええ、本当に。さくらさんのアイデアと技術には恐れ入ります」
アドリアーノも揚げ物を肴にさくらウイスキーを嗜み、ご満悦の表情を浮かべながらさくらにそう言った。
「私は……ほんのきっかけにしかすぎません。大切なのはその技術をどう世の中の為に役立てるか、そう思っています」
さくらは少し影を落とした。自分の発明がどういった発展を遂げるのか、はたまた悪い方向へといってしまうのか、それは誰にもわからない。パルデスの言葉通り理想が現実になるのかなんて、結局は希望でしかないのだ。
相変わらず一心不乱にさくらの料理を食べ続けるフリーゼを横目にさくらは語った。アリシアとアドリアーノも一連の顛末は聞いていたものの、いざさくらを目の当たりにするとその感情の色を肌で感じ、さくらの気持ちの深さを思い知るのだった。
「でも王様もおっしゃっていました。私に手を貸して欲しいって。私は惜しみなく協力することを伝えています。私の心は最初と変わりません。たくさんの人と楽しく関わっていきたいなって」
さくらはアリシアとアドリアーノに微笑んだ。その朗らかな笑顔は二人の胸を確かに熱くした。ほっとしたアリシアはまたグラスを傾けるのだった。
「それにしてもぼたんちゃん、食べ過ぎじゃない?」
「そうだにゃ。いくらなんでもがっつきすぎだにゃ」
さくらときなこは、さっきから無言で食べ続けるフリーゼを心配するように声をかけた。
「だって」
ようやくフリーゼがさくらときなこの正面をまっすぐ見据え、まっすぐの瞳でようやく声をあげた。
「さくらちゃんときなこちゃんの料理」
えびのしっぽを口角の端から飛び出させながら思いの丈を言葉にする。
「またしばらく食べられへんやんか」
「「うぇ!?」」
さくらときなこはフリーゼの放った言葉に思わず白目を剥いた。アリシアはついにバレてしまったかといった表情を、申し訳なさそうにさくらときなこに向けていた。
「ぼたんちゃん……?」
「おいぼたん。いまなんか変な喋り方したのにゃ?」
「なんでや。あたしなんも変なこというてへんやん。二人が帰ってしもたらまたしばらく食べられへん言うただけやでしかし」
「ごめんねさくらちゃん、きなこちゃん」
そう言ったアリシアにハッとして、さくらときなこはアリシアに振り向いた。
「しばらく私と一緒に暮らしていくうちに私の言葉遣いがうつってしまったみたいなんよ……」
アリシアは心底申し訳なさそうに俯いてしまった。
「で、でもアリシアさんそんなにコテコテじゃないですよね!?」
「そうなんよ。なんでこんな喋り方になってしまってん……」
「わはは、そない気にせんでもええやん」
「いやすっごく気になるにゃ」
先ほどまでとはうってかわって気取らない感じというか、喋り方も相まって随分とフランクな雰囲気に変わってしまったと思うさくらときなこだった。
「きなこちゃん。それ、毒やで」
きなこが食べようとした皿には猫にとっては少々キツいハーブが乗っていたようだが、きなこはそんな言葉は無視し、フリーゼを横目で一瞥し、そして構わず食べてしまうのだった。
「それじゃまた来ますね」
「私も絶対にさくらちゃんのお店にいくからね」
「さくらちゃん、きなこちゃん、ほんまおおきにな~」
さくらときなこは一晩中フリーゼと語らい、温泉にも一緒につかり、ひさしぶりの時間を堪能した。さくらは裸の付き合いをした際、改めてフリーゼの体をみてほっと胸を撫で下ろした。魔導の印は跡形もなかった。それどころかほんの少し、さくらは羨ましいと思うのだった。
そうして楽しい時間を過ごし、さくらときなこは帰路についた。帰り道は来た道よりも少し下り坂で、慎重にさくらは運転した。今回の旅路でのことを穏やかに、言葉少なに振り返る二人の背中には、まるで釣瓶落としに沈みゆくような夕日がぼんやりと暖かさを滲ませていた。
「きなこ」
「にゃ」
「久しぶりに楽しかったね」
「……にゃ」
「ぼたんちゃん、可笑しかったね」
「…………にゃ…………」
「あら、そんなとこで眠ったら危ないよ。後ろの荷台に移って?」
運転をするさくらの隣にいたきなこは、ゆらゆらと揺られながら微睡の底へと沈んでいった。さくらはそんなきなこを自分の腿の上に横たわらせ、ガタつくグラン・パレスの山道を、ただ帰ってゆくのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
またいつか後日譚を二話ほど上げる予定です。
一旦終了といたします。
長い間お付き合いいただきまして本当にありがとうございました。




