22 それぞれのアビリティ
フリーゼがアルバイトとして採用された翌日の月曜日。
さくらときなこは、いつも通り王都ミンチェスティのマーケットへ出かけていた。
周回する習慣となった酒屋と精肉店を回り、日ごとに顔ぶれの変わる野菜や果物を眺めながら、付け合わせやサブメニュー、つまみの一品などを考えて歩く。
「さくら」
「うん? なあに?」
「そろそろ休みを考えたらどうかにゃ」
「ああっ、そうだったね。ごめんね、きなこ」
「違うにゃ。ボクは魔獣だから休まなくても平気にゃ。さくらが休まないといけないにゃ」
二人はブルーウッドでの出店から、ミンチェスティでの出店に至るまで、ほとんど休みなしで働き続けていた。その事実を、さくらはすっかり失念していたのだ。
マーケットのほとりにあるベンチに腰を下ろし、休憩がてら、さくらはぽつりと語り出した。
「夢中で働いていたよ……」
「そんなんじゃ、いつか急に倒れてしまうにゃ」
「そうだね……でもね、きなこ。私の若い頃、地球ではずっと働いていたんだ。ずうっと『無休』だったの」
さくらは地球での自分——それも『若き日のさくら』について、きなこに詳しく説明した。
きなこは、思わず口を開けたまま固まってしまった。それほどまでに過酷な青春時代だったのか、と。
戦争というものの悲惨さを、きなこは言葉だけではどうしても実感しきれなかったが、さくらの語り口には重い衝撃が伴い、確かに胸にのしかかってきた。
何気なく問いかけただけだったきなこは、まさかこんな告白を受けるとは思ってもいなかった。
さくらの芯の強さや、並外れた我慢強さの理由が、はっきりと理解できたのだった。
「このことは、リロちゃんやフリーゼ様には内緒ね」
片目をつむり、口元に人差し指を立てて、にこりと笑うさくら。ぱっと花が咲くように。
こんな場面でも笑顔を崩さないその余裕に、きなこは改めて感嘆の吐息を漏らした。
「わかったにゃ。でもさくら、ちゃんと定休日は作ろうにゃ」
「そうだね。何曜日にしようか」
「そうだにゃあ」
二人は再びマーケットを巡りながら、あれこれと意見を交わしつつ、とんかつ さくらの定休日について考えるのだった。
その時間は、ふたりにとって楽しくもあり、同時に真剣になれる、心地よいひとときだった。
「待ちくたびれたぞ」
買い物から戻ったさくらときなこを、とんかつ さくらの前で仁王立ちになって迎えたのは、フリーゼマジカルスウォーデン・センチュリオンであった。
しかし、その立ち姿には、まるで隙がない。
「あ、申し訳ございません。遅くなりました」
そうは言っても、時刻はまだ十時より少し前である。
フリーゼの仕事への意気込みが、その前のめりな様子からも、はっきりと伝わってきた。
「いささか早く来すぎてしまったようだ。こちらこそ、すまない」
「それじゃ、準備するにゃ」
三人は店に入り、開店準備に取りかかった。
昨夜、リゼロッテの補助もあって、フリーゼの仕事内容はすでに決まっており、本人も把握していた。
開店前の看板の拭き掃除、門前の掃き掃除——向こう三軒先まで。水撒き、空気の入れ替え。店内ではテーブル拭きや床の掃き掃除など、やるべきことは山ほどある。
さくらは『一国の王女様にこんなことをやらせてよいのだろうか』と、内心では不安を覚えていた。
だが、フリーゼの働く姿やその表情は、驚くほど充実したものだった。汗をかきながら黙々と働くその姿は、立場など関係なく、やはり労働とは清々しいものだと、さくらは感慨にふける。
「さくらちゃん!」
「は、はい! なんでしょうか」
「教えていただいたすべてのことをこなしたぞ。次は何を致せばよろしいか」
テキパキと仕事をやってのけるフリーゼ。
ざっと見渡したさくらは、抜かりなくできているどころか、指示していない部分にまで手が行き届いていることに気づいた。
テーブルの上のメニュー表や壁掛けの品札は、きっちりと真っ直ぐに整えられ、椅子やテーブルも見事に揃えられている。
この仕事運びのよさは、ただ者ではない——さくらはそう感じていた。
「す、すごいですね。では、お客様にお出しするお水のコップを拭いてもらえますか?」
「承知した!」
フリーゼは、さくらから渡された木綿の布巾で、キュッ、キュッ、キュッと音を立てながらコップを磨いていく。
さらに水を入れるピッチャーの外側も拭き上げ、皿類もすべて丁寧に磨いて回った。
「フリーゼ様」
「ぼたんであろう」
「は、はい。ぼたんちゃん、そんなに急がなくても大丈夫ですよ。みんなでお話ししながら、ゆっくりやりましょう?」
「わかった。少々熱が入ってしまったようだ。しかし案ずることはない。私は多少のことでは疲労を感じない。遠慮なく仕事を申しつけて欲しい」
「ぼたん」
「きゅる……なんでしょうか、きなこ様」
「手が空いてるなら、弁当の詰め作業を手伝って欲しいにゃ。これはリロの仕事だからにゃ」
「承知した!!」
きなこの指示に、満面の笑みで応えるフリーゼ。
なんとも不思議な間柄になったものだと、さくらは思った。
時刻は十一時三十分。
やがてランチタイムを迎え、フリーゼにとって初めての接客が始まる。ぎこちなさは残るものの、どうやらそつなくこなしているようだった。
そこへ、ブルーウッド地区の雑貨屋店主、クラシェド・ローゲンスが来店する。
「どうも、こんにちは。開店、おめでとうございます」
「あ、雑貨屋の店主さん。いつぞやはありがとうございました。こんなところまで足を運んでいただき、とても嬉しいです」
「なんの。いろいろなついでもございましてな。ちょうど開店していてよかったですよ。これはお祝いです」
ローゲンスは、開店祝いの花を持ってきてくれたようだった。
「わぁ、嬉しい。ありがとうございます」
さくらはローゲンスを席へ案内し、フリーゼは注文を取りに向かう。
「ふふ、あなたがこんなところで」
「私は今、『ぼたん』であります。ご注文はいかがされますか」
「では、メンチカツとロース、ヒレカツ全部乗せ。ごはん大盛りでお願いいたします」
「かしこまりました」
フリーゼとローゲンスの間に、どこか不穏な空気が流れたように、さくらは感じた。
だが、料理の盛り付けに追われていた彼女は、すぐにその違和感を振り切り、営業用の笑顔へと戻るのだった。




