21 アプローチ
世間は休日。
この日の午前、さくらときなこは業者との取引や買い物を済ませ、自宅兼とんかつさくらの店の近くまで戻る途中であった。ところが、自分たちの店の前に大勢の人だかりができており、行列とも呼び難い雑然とした混雑になっていた。その中心では、あたふたと応対するリゼロッテの姿が見える。
「あわわわわ……」
慌てふためくリゼロッテを助けるべく、さくらときなこは人混みをかき分けた。
「ごめんねリロちゃん、どうしたのこれ」
騒動の理由を聞こうとしたが、思いのほかリゼロッテが目をグルグルまわして混乱しているため、三人はいったん店の中に入ることにした。
「ふう……どうしたんだにゃ、これは」
「あわわわわわ……」
「リロちゃん、あわあわしてないで説明してくれる?」
「ご、ごめんなさいなのですぅ。お店を開けようとしたら、お客様たちが一気に雪崩れ込んできてしまったのですぅ」
要するに、開店待ちの客が我先へと店に入ろうとしたのだ。
「そうなんだ。ごめんね、私たちが遅くなっちゃったから」
「いえいえ、お買い物ですよね。おつかれさまなのです」
外の客への説明はひとまずきなこに任せ、さくらとリゼロッテは開店準備に入った。ランチタイム開始までにはまだ時間があり、そのうち精肉店と酒屋の配達も届き、滞りなく開店を迎えた。
「うめえうめえ!」
「サクサクで美味しいね」
「やっぱりこのアゲモノ、たまんねぇ」
「サラダとフルーツも美味しいのよねぇ」
「おねえさん、ごはんおかわりください!」
昨日に引き続き、とんかつさくらは大好評。怖いほど順調な滑り出しに、さくらときなこはどこか複雑な気持ちを抱く。
なんとかランチタイムが終了し、夕方までの仕込みの時間になる。
「それにしても、急にお客様増えすぎじゃない?」
さくらはぼそっと疑問を口にした。
「噂が広がるにしても、早すぎるにゃ」
「もしかしたらライテス様が、なにか手をまわしてるのかも?……なのです」
「あんまり混雑しすぎても困るなぁ」
さくらは自分の許容範囲を超えていくことを懸念していた。新規の一見客が増えるのは悪いことではないが、これから常連になってくれる客が離れる要因にもなりかねない。客を選ぶわけにはいかないものの、やはり大切にすべきは常連客である。
「さくら、またお弁当を作ろうにゃ」
「あ、それいいね」
ふたりは屋台の経験を思い出す。弁当を作れば、店内の滞在客を分散でき、捌き方にも余裕が生まれる。
「では、わたくしは開店前にお弁当詰めの作業をしますのです」
リゼロッテがいてくれて助かる、とさくらは思うが——
「リロちゃん、平日は学校だよね?」
「はいなのです。でも夜はこちらで働かせていただきたいと思ってますのです」
「そっか。ありがとう。じゃあ普段は二人でがんばろっか、きなこ」
平日の昼間ならなんとかなる、とさくらは考えたが、人手というものは常に悩ましい。求人募集も考えなくては……と思った、そのとき。
「ふふふ、そのランチタイムのお役目、私に任せてもらえないだろうか」
「にゃっ!? その声は!」
「フリーゼ様!」
三人は突如現れたフリーゼに、またしても平伏するような所作を見せた。
「だからその土下座とやらをそろそろやめてもらえないだろうか。しゅるるるる…………」
「あっ! コイツ、またボクのこと狙ってるにゃ!!」
きなこはフリーゼの伏せがちな視線、その瞳孔の光がどこか危険な色をしているのを感じ取り、警戒した。
「きなこ、『コイツ』なんて言ったらダメだよ」
「いや、さくら殿。私は一向に構わない。むしろきなこちゃんになら、どのような扱いを受けても……ちゅるるる…………」
「さくら、ボクこの人いやだにゃ」
「う〜ん……でも手伝ってもらえるのはありがたいなぁ。フリーゼ様、学校は大丈夫なのですか?」
「ああ、そのことなら心配ご無用。私は特待生なのだ。色々と便宜を図ってもらっている」
フリーゼは胸を張り、どやっとした顔で語る。
「あ、あの……エクレール女学院に、そのような特待生制度はないはずなのです」
「と、リゼロッテさんも言っておられるようですけど……」
疑いの目をフリーゼに向けるさくら。
「わはは。大丈夫だ。私はなにせ『王族』なのだからな。あと、ちょっとした肩書きもあるのだ。それはいずれ話すとしよう」
「そうなんですか……わかりました。とてもありがたいお話です。ではお昼のランチ、お手伝いお願いできますか?」
「にゃに!? ボクはいやだ! さくらぁ、お願いにゃ。コイツと一緒は怖いにゃ」
きなこはびっくりしてさくらを見上げ、さくらの足をつかみ懇願する。
「そうはいってもきなこ、このお店を持てたのも、フリーゼ様やライテス様のおかげなんだよ? それだけじゃなく、お手伝いまでしてくれるなら、少しくらい我慢してほしいな」
「はぁ…………仕方ないにゃ…………おい、フリーゼ。我は神聖なる魔獣である。変な気を起こしたら喰らい尽くしてくれるがよいか」
「…………なんという勇ましいお言葉…………はい、なんなりとお申し付けくださいませ、きなこちゃん」
「きなこ様と呼べ」
こうしてフリーゼがランチタイムを手伝うことになり、ますます隆盛をみせようとしていた『とんかつ さくら』であった。
「ところでフリーゼ様」
話がひと段落したところで、さくらはいろいろ確認しておく必要があることを切り出した。
「ふむ。改まってどうしたのだ」
フリーゼも姿勢を正す。
「まず、フリーゼ様をお呼びする際、なんとお呼びすればよいでしょうか?一般のお客様にフリーゼ様の存在を知られてはいけないですよね?」
「うむ。確かにその通りだな」
「考えてなかったんかにゃ」
思わずきなこが突っ込みを入れる。案外こういうところが抜けているものだと、皆は内心思っていた。
「あと、その格好ではちょっと浮いてしまいますね」
さくらがフリーゼの服装を指摘する。黒い装束に身を包んだフリーゼは、どこか威圧感を帯びていた。
「なるほど、これは不適切か」
「ええ、とても飲食店で働くような格好ではありませんのです。もう少し柔らかな印象の、明るい服のほうがふさわしいと思うのです」
リゼロッテにまで言われ、フリーゼは受け入れるほかないようだった。
「うむ、わかった。お主たちの言う通りにしよう。では、どうしたらよいであろうか」
「まずお名前は、偽名を使いましょう」
さくらは人差し指を立て、店内で呼ぶための名前を決めることを提案した。
「なにがいいかにゃ」
「呼びやすくて……親しみやすい方がよいとおもうのです」
「親しみやすい……そうだ!『ぼたん』はどうかな?」
「「「ぼたん??」」」
さくら以外の三人が声を揃え、さくらの顔を見つめる。
「ぼたんとはなんだ。どういう意味があるのだ」
さすがのフリーゼもはてなマークを浮かべている。
「ううん、深い意味はないんです。いいでしょ、『ぼたん』ちゃん」
どこか古風で、しかしさくららしい名付けだった。
「ふむ……ぼたん……なかなか良い響きだな。うむ、気に入った!それにしよう」
意外にも、そんな昔ながらの名前にフリーゼは満足げであった。
「よかった。じゃあ『ぼたん』さま? では堅苦しいかな」
「ははは、私はお主たちと同い年だ。気にせず呼び捨てでかまわん」
「いえいえ、そんなわけには……せめて『ぼたんちゃん』にしましょう」
「『ぼたんちゃん』……はぁ……なんともいえない温かさがあるな」
胸に手を当て、そっと目を閉じるフリーゼ。心の芯から気に入っているようだった。
「気に入ったみたいだにゃ」
「ぼ、ぼたんちゃん……わたくしのこともリロとお呼びくださいなのです」
「ではリロちゃん、さくらちゃんと呼ぼう!……きなこちゃま……きゅるるる……」
「もうほんといやだにゃこの人」
相変わらずきなこには特別な想いを向けるフリーゼだが、きなこもそろそろ慣れてきたようだ。
「では次に、格好なんですけど」
「はい、さくらちゃん。みんなでお揃いの服を作るのはどうですかなのです」
リゼロッテが手を挙げ、いわゆる“制服”を作る提案をした。
「あ、それいいね。『とんかつ さくら』のユニフォーム。作業着?」
「エプロンもいいかもなのです」
「いいねぇ」
さくらとリゼロッテは、制服の形や色をあれこれ想像して気分が高揚していた。
「わたくしのお父様に聞いてみますのです。仕立て屋さんにお揃いのエプロンや、『とんかつ さくら』のシンボルマークなども一緒にデザインしてもらうのはどうですか? なのです」
「わぁ、そんなことしてもらえたら嬉しいなぁ」
「わたくしも絵は描けますので、まずいくつかデザインを考えてみますのです」
「うん、ありがとう。そうしたらそのデザインはちゃんと買い取るからね」
「えっ。そんな、お金をもらえるほどのものではないのです」
「ダメだよ、そういうのはきちんとしないと」
さくらの声には、どこか重みがあった。
そういった類のトラブルは多く、後々軋轢を生み、関係性にひびを入れる原因にもなるのだと説明する。
「わかりましたのです。では責任をもって、しっかりとしたものを作ってまいりますのです」
リゼロッテも気を引き締め、引き受けたからには覚悟をもって臨む決意を固めた。
「では次に。フリーゼ様の『お給金』ですが」
「私はそんなものは必要ないぞ」
「そういうわけにはいきません。仕事をなんだと思っているのですか」
さくらは再び丁寧に説明する。
働くということの意味、そこに伴う大変さ、そして報酬を受け取る者としての責任や姿勢――。軽い気持ちで従事されては困るという点も含めて話した。
「……なるほど。私にはこれまで経験のないことだった。言われてみれば、その通りだ。さくら殿、考えを改めよう。しっかりと働かせていただきたい」
「いえいえ、偉そうなことを申し上げてしまい、どうかお許しください」
二人は立場を越え、一つの店のオーナーと従業員という枠の中で、お互いの位置を確認しあった。
「ではさくら殿、私はどのように立ち回ればよいのだ」
「えっと、そうですね。きなこは揚げ物担当で、私は細かいものの調理と盛り付けなんですよ。ですので、フリーゼ様にはホールで接客をお願いしてもよいですか?」
「了解した」
「わたくしもお手伝いしますのです」
リゼロッテも教育係を名乗り出て、皆で総出のフリーゼ特訓が始まるのだった。




