19 正体
「おつかれさまでした〜」
「おつかれさまにゃ」
「お、おつかれさまでした、なのです」
さくらときなこ、そして急遽アルバイトとして『とんかつ さくら』を手伝うことになったリゼロッテ・フリージアの三人は、慌ただしくも何とか乗り切った初日の営業を終え、新しく取り入れたエールビールで盛況の祝いをしていた。
「リロちゃんのおかげで初日、何事もなく終えることができました。ありがとうございます」
「いえいえ!お二人の素敵なお料理があるからたくさんのお客様が来てくださったのだと思いますのです。私はお手伝いできてとても嬉しいです。こちらこそありがとうございますなのです」
二人はお互いを褒め称え合いった。
「それにしても、きなこちゃんはネコチャンなのに本当にすごいのです。この『揚げもの』をヒョイヒョイとこなしてしまうなんて、驚きなのです」
「ボクはなんでもやれと言われたらなんでもやるにゃ。それに我は猫ではない。神聖なる魔獣であるぞ」
「そうなんだよ。きなこはすごいの。たいしたものでしょ?」
リゼロッテは少し微笑みながら、きなこの頭を撫でてやる。偉いえらい、と。
「そういえば二人とも、お酒を飲んで大丈夫なのかにゃ?」
「わたくしは十六歳ですし、さくらちゃんも同い年ですから、この国では一応大丈夫なのです」
「うふふ」
さくらは、年齢など関係ない、酒は美味いものだと言わんばかりにゴキュゴキュとエールをかき込んでいた。
その時、店の扉をノックする音が響いた。
「はぁい? 開いてますよ」
営業は終わってますが、と付け加えようとしたところで、ガラリと引き戸が開かれ、数名の者が入ってこようとする。
「こんばんは、営業おつかれさまでした」
「あ、エリックさん。ありがとうございます。おかげさまで無事に初日を終えることができました」
さくらたちは立ち上がって、警視庁警部補エリック・ヤングたちを迎え入れた。この店の立ち上げに大きく貢献した立役者の登場に、思わずさくらたちは敬意を示すかのように姿勢を正す。
「恐縮です。そんなにかしこまらないでください。お疲れでしょう、どうぞおかけになってください」
エリックはあくまで労いを忘れなかった。
しかし、その後ろにはなにやらソワソワしている人影があった。
「あ、あの時の……」
そこには、代金を払わず黒ずくめの者たちに連れ去られてしまった老爺の姿があった。
「ホホホ、また会ったの。覚えておったか」
「忘れませんよ。以前は来ていただいてありがとうございました」
さくらは老爺を笑顔で迎え入れた。だが、なぜエリックと共にいるのだろうと疑問に思う。
「すまぬ、私も失礼つかまつる」
「わわ! こいつがなんでいるにゃ!」
フリーゼマジカルスウォーデンが後ろから現れ、きなこは思わず身構えてリゼロッテの後ろに隠れる。フリーゼにまたあの『猫可愛がり』を受けるのではないかと警戒しているのだ。
「…………きなこちゃん…………ちゅるるるるるる………………ではなく! あ、あの、さくら殿。申し訳ないのだが、このおじいさまに一口でいいのでとんかつを食べさせていただけないだろうか」
「あ、そういうことですね。一口と言わず、ちゃんとお出ししますよ」
さくらはフリーゼと老爺に微笑みかけ、きちんと作ると提案した。
「いやいや、さくらさん。ワシもその囲みにいれてもらえんかの?」
老爺はさくらたちが打ち上げをしていたテーブルを指さして言った。そこにはたくさんの揚げものが盛られていて、三人では食べきれないほどだった。
「これでよろしければ結構ですよ。こちらへどうぞ」
さくらは老爺とフリーゼ、そしてエリックを囲みに招いた。リゼロッテは椅子を用意し、きなこは揚げものを少し追加して、賑やかな打ち上げとなった。
「これが『めんちかつ』じゃな。夢にまで見たわい」
老爺は美味しそうにメンチカツをサクッと噛み、ジュワジュワと溢れ出る肉汁を頬張りながら、うまそうに食べた。
「以前も思いましたが、本当にすごいですね。こんなに脂っこいものをよく食べられるなぁと感心します」
「フフ、ワシはなんでも食べられるぞい。お主の料理は特に美味い。いくらでも食えるわい」
そう言いながら、老爺は出されたエールすらもゴクゴクと飲み干すのだった。
「わぁ、すごいすごい!」
さくらとリゼロッテは拍手をして、老爺の飲みっぷりにキャアキャアと歓喜感激した。
「ところで」
エリックは特に箸を持つわけでもなく静観していたが、改まった声音で場の空気を変える言葉を発した。
「もう半分くらいはお気づきかと思いますが、『とある方』というのはこちらのお方でございます」
エリックがそう言うと、さくらたちは一瞬凍りついたように沈黙した。
「そうなんですか……それはそれは、本当にありがとうございます。どうお礼を申し上げたらよいか」
さくらは立ち上がり、丁寧に手を前で合わせて深々とお辞儀をした。きなことリゼロッテも同じようにさくらに倣い、深々と頭を下げる。
「なんのなんの。エリックから聞いておろうが、ワシが勝手に『さくらさんの料理をいつでも食べたい』と思っただけのことじゃ。気にせんでよいぞ」
「本当に……嬉しいです。ええ、いつでもいらしてください。精一杯、美味しい料理をご馳走しますので」
胸いっぱいのさくら。その姿を見て、きなことリゼロッテも思わず目尻に光るものを宿す。
「そんなそんな、かしこまらんでよいぞ。ささ、みんなで座って美味しい『あげもの』を食べようではないか」
老爺がそう言い、また改めて初日の打ち上げの乾杯となった。
「そういえば、おじい様のお名前をお伺いしていませんでした」
さくらは宴も深まったところで、その老爺の素性について尋ねた。
「私は『静川咲良』といいます。改めて、『さくら』とお呼びください」
きなことリゼロッテもそれぞれ自己紹介を済ませ、フリーゼはリゼロッテと名乗りを交わした。
そして
「さくらさん、どうか驚かないでいただきたいのですが」
エリックが、声の調子を落として切り出す。
「こちらにおられるお方は……」
ゴクリと、三人は息を呑んだ。老爺は急かすこともなく、静かにその時を待っている。
「こちらにおられるお方は、『帝王ライテスイーボーン・センチュリオン』。我が国の先代国王であらせられます」
「……………………」
エリックの前に置かれたウイスキーのロックグラス。その中の氷が、カランと店内に乾いた音を響かせた。
口は逆三角形に引きつり、目の周りはさっと青ざめる。次の瞬間、三人はドバドバと大汗をかいていた。
フリーゼは心底申し訳なさそうな表情を浮かべている。一方、当の帝王ライテスは「……ホホホ」と、どこか愉快そうに喉を鳴らしていた。
ようやく思考が追いついた三人は、もはや驚きという感情すら追い越し、なぜ自分たちがここにいるのか、この状況が自分たちにとってどんな意味を持つのか、それをまるで理解できないまま、ただ立ち尽くしていた。




