18 グランドオープン
突然訪れた『プレオープンイベント』を終えたさくらときなこは、片付けをしながら、明日からの営業に向けて話し合いをしていた。
店の看板もまだ決まっていない。このまま流されるように開店してしまうのは良くない、とさくらは考える。
「一人一人、お客様を大事にしたいの」
「そうだにゃ。忙しさにかまけていたらダメにゃ」
「忙しくなるのは、とてもありがたいけどね」
あれこれ考えすぎるのも良くないし、気楽すぎる気持ちで商売するのもよくない。手探りの連続だし、いい時も悪い時もある。けれど、それらを乗り越えていく精神力こそが何より大事なのだ。
二人は、そうやってこれから進んでいくのだろう。
エリックが大工を紹介してくれた。看板を作るために依頼したのだ。
「良い一枚板があるぜ」
王宮御用達の大工の棟梁ジェイムズ・アームストロング。通称『ジェイ・アーミー』と呼ばれているこの男は、方々から厚い信頼を受ける情熱家だった。困っている人を放っておけない、そんな人情味あふれる昔気質の職人でもある。
「一枚板ってなんだにゃ?」
きなこは首をかしげてジェイムズに尋ねた。
「一枚板ってのはな、その名の通り『一本の木』から切り出した継ぎ目の無い木材のことよ。長年乾燥させ、歪んだら削って平にする。それを何年も何度も繰り返すんだ。そうして仕上げられた看板は、『決して曲がることのない信念を持った商売ができる』って言われてるのさ。嬢ちゃん、がんばりな!」
ジェイムズはにかっと歯を見せ、親指を立てた。
「えっと……お気持ちはとても嬉しいんですけど、お高いんじゃ……」
そんな手間をかけた木材を看板にするなど、とてもじゃないが高額すぎるのではと心配するさくら。
「あ、私から。実はとある方からの『プレゼント』でして。ええ、開店祝いだそうです」
エリックが間に入り説明する。またしても現れた『とある方』だ。
「わぁ……でもなんだか悪いなぁ……大丈夫ですか?ほんとに」
「さくら、いただいておくにゃ」
「ええ、きなこさんのおっしゃる通りです。さくらさんは受け取るに値すると、そう認められたのですよ」
きなことエリックの言葉に後押しされ、さくらはありがたく頂戴することにした。
「嬢ちゃん、屋号はなんだい?」
ジェイムズは一枚板に店名を彫り込み、墨を入れるために尋ねた。
ずっと考えていた店の名前。さくらは笑顔で答える。
「はい『とんかつ さくら』です!よろしくおねがいします!」
「よろしくおねがいしますにゃ!」
さくらときなこは元気いっぱいに頭を下げた。
その後、二人はしばらくプレオープンイベントを続けた。メニュー札を一枚一枚丁寧に作り、献立も充実させ、ようやくグランドオープンの日を迎える。
立派な看板も完成し、それを掲げた瞬間、さくらときなこの頬には光るものが伝った。
さらに、エリックの紹介で信頼のおける女性を一人雇うことになった。配膳のアルバイトをお願いすることになったのだ。名を『リゼロッテ・フリージア』と言い、商家の娘。箱入り娘として育てられたが、ある時一念発起し「市井で働きたい」と強く願ったという。その思いとさくらたちの状況が合致したのだった。薄灰色の髪色、おさげ、まんまるメガネといった割と地味な格好で、引っ込み思案の大人しいな性格だが、内面には強い芯を感じる佇まいをさくらは感じ取った。
リゼロッテは配膳、接客、精算まで担当する。彼女の明るい笑顔は心地よい接客をもたらしてくれるだろうと、さくらときなこは期待した。
「あ、あの……不慣れですけど、がんばりますのです。よろしくお願いしますのです」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。同い年ですので、気軽にさくらと呼んでください」
「きなこですにゃ」
「さくらさんにきなこさん……私のことはリゼロッテでもリロでも、どのようにでも呼んでいただいてかまいませんのです」
少し独特な喋り方だが、心根は優しそうな娘で安心したさくらだった。
「わかりました、では『リロちゃん』よろしくね」
「は……はい!さくらちゃん!きなこちゃん!がんばりますのです!」
週末、初日から大勢の客が訪れた。ランチメニューも豊富で、盛り合わせの定食もある。揚げ担当のきなこは大汗をかき、盛り付けのさくらの手も休む間がなく、リゼロッテも限界寸前で動き続けた。こんな嬉しい誤算はなかった。
ただ、忙しい時には気配りを忘れがちになる。だが三人は必死に働き抜いた。
細かいところまで気を配り、笑顔を絶やさず、愛想よく接客する。手を抜かず、かといって過剰な装飾もせず、心ゆくまでおいしいとんかつを味わってもらいたい。
若者にはごはん大盛りを無料にし、年配の方には衣を控えめに。子連れにはお子様ランチを。女性客には野菜やフルーツを多めに盛る。酒は一人ボトル一本までと決めているが、宴会用の準備もして楽しく飲んでもらえるように工夫した。
そんな、ごく普通ながらも「来てくださった方には特別な時間を過ごしてもらいたい」という願いを込めて。
三人は慌ただしいオープン初日を終え、心地よい疲労を感じるのだった。




