16 王都へ
『あ、それと、屋号を考えておいてください』
昨日の別れ際にエリックに言われた言葉だった。『屋号』とは保健所に登録する事業の名称、および店の看板となる店名のことである。
「お店の名前ねえ……」
「なにも考えてなかったのにゃ?」
言われてみれば、屋台の頃から名前を決めることなど考えてもいなかった。屋台の手続きのときも必要なかったし、今回の貸店舗に関しても思いもしなかったさくらだった。
「あまり気取った名前も性に合わないし、かといって適当なのも嫌だなぁ」
「さくらの名前そのままでも十分にゃ」
「『さくらときなこ』とかは?」
「ボクの名前はいらないにゃ」
いろいろと意見を出し合う二人。宿の整理をしながらあれやこれやと話しているうちに、宿の片付けを終えた。
二人は公園に向かい、屋台を片付け始める。ここでも作業しながら意見を出しあうが、なかなかいい案は浮かばない。
「なんだねえちゃん、もうやめちまうのか」
「ええ……ネコチャンいなくなっちゃうの……」
「お手玉は?」
「紙芝居は?」
様々な客や屋台の同業者、子供たちに惜しまれるような言葉をかけられ、二人は後ろ髪を引かれる思いをするのだった。新しくお店をオープンすることを伝え、そちらへ案内してから、公園を後にした。
「おや、もうお店が決まったのですかな?」
雑貨屋にも顔を出し、世話になった挨拶をする二人。
「そうなんです。色々ありまして。またなにかあったら寄らせていただきますね」
「ええ、ぜひ頑張ってください。あなたがたならきっと、うまくいきますよ」
雑貨屋店主のクラシェド・ローゲンスはそう言ってお辞儀をし、二人を見送った。
他にもマーケットや材木店も訪れ、最後に精肉店を周り、ここはこれからも世話になるとだけ伝え、系列店を紹介してもらい、取引を継続することにした。
丸三日かけて片付けを終え、ブルーウッドでの関係者にも挨拶をして回り、用意してくれていた荷車に全て詰め込み、さて王都にある店へと出発となった。
「わたくしどもにお任せください」
エリックの部下だろうか、それとも別働部隊なのだろうか。屈強な男数名に取り囲まれ、すぐに荷車は運ばれていった。
「ふう……」
「目まぐるしい毎日だったにゃ」
「そうだね。でもこれで片付けも終わったし、気持ちを切り替えて、いこっか」
「りょうかいにゃ!」
そうして二人はいよいよ、王都一番街にある店へ向かうのだった。
二人は馬車から降り、ミンチェスティ大聖堂前——さくらが与えられた建物の前につくと、そこではちょうど作業を終えたばかりの者たちが集まっていた。
「さくらさん」
エリックはさくらを見つけると、すぐに話しかけてきた。
「エリックさん、ありがとうございます。すごく素敵なお店になりましたね」
門構えは引き戸の扉で、誰でも開けやすく、入りやすそうな雰囲気を漂わせている。中へ入ると右から奥へ、そして左へとL字型にカウンターがあり、手前には小窓がついた厨房。入口を入って左手には、窓際を含むテーブルが六席並んでいる。カウンターには座りやすそうな丸椅子が並び、何名でも気軽に入れそうな造りになっていた。
「ええ、とてもいい出来です」
エリックも珍しく顔をかすかに綻ばせて言った。
さくらは少しその表情にホッとしたのも束の間、作業を終えた者たちの中に、とある影を見つける。
「あ、あの人は……」
以前の姿とは違い、黒いチェックのスカートにタイツ、長袖の黒いシャツに首には黒い襟巻。しかしすぐにわかる、長く美しく艶めく銀色の髪。彼女に違いない。
「あの!」
さくらは思わず声をかけた。
「む」
「この前は来ていただいてありがとうございました。とんかつ屋台のさくらと申します」
「ああ、こちらのご主人であるか。開店おめでとう」
ぶっきらぼうながらお祝いの言葉を口にするこの少女。なぜここにいるのだろう、とさくらは思う。
「お祖父様はお元気ですか?」
さくらはやはり気になっていたことを口にした。
「ふふ、バレてしまったか。それはそうか、代金を支払わない客などそうはいないだろうからな」
彼女はどこか冷たさを感じさせる表情を見せながらも、年相応のあどけなさもにじませていた。
「あはは、私はたくさんの人を見てきましたから」
さくらは奥底に秘めた何かを忍ばせたような言い方で返す。
「見たところ、歳の頃は私と同じくらいであろう。私は『フリーゼマジカルスウォーデン』と申す。以後、お見知り置きくだされ」
あいもかわらず癖のある喋り方のフリーゼだった。彼女は右手をすっとさくらに差し出した。
「(わわ!かっこいいお名前……)私は『静川咲良』と申します。さくらって呼んでください」
さくらはゴシゴシと手のひらを拭きながら自己紹介をし、二人はがっちりと握手を交わす。そのとき——
「(すごい)」
さくらは思った。ただならない手のひらの圧力。そして皮膚の硬さ。これはただの女子高生ではない。きっと学園では相当な武術や剣術、あるいは魔術などの研鑽を積んでいるに違いないと、さくらは直感した。
さくらのそんな機微を察したのか、きなこはさくらの身体によじ登り、二人の握手に肉球を乗せた。
「きなこですにゃ」
少し気迫混じりの声色で自己紹介するきなこ。なにやら気配を感じているようだ。
「……あの時のネコチャン……」
「「へ?」」
「あ、あの、さくら殿……そちらのきなこちゃんを触らせていただけないだろうか……」
「あ、え、へ、えっと、ど、どう?きなこ」
「なんだにゃ?ボクはさくら以外には仕える気はないのにゃうわなにをするやめ」
うつろな目をしたフリーゼは返事を待たず、きなこに手を伸ばし、そのままそっと抱きしめてしまった。
「……はぁ……きゅる〜〜ん!!きゅるる〜〜ん!!はあかわいい!ネコチャン!かわいすぎる!きゅるるるるるるるるネコチヤ〜〜〜ン!きゅるるる〜〜ん!!」
グリグリと頬擦りをしながら抱きしめるフリーゼ。
「やめろ!くすぐったい!やめるのにゃ!うわ、変なところさわるにゃきもちわるい!!」
必死にジタバタと暴れ、なんとか振り解こうとするきなこ。しかしフリーゼの強い圧力にどうにもならず、もがき続けている。
「きゅるる〜〜〜〜〜ん!!!スースー!!は〜〜〜〜んいい匂い!!クンクン!!」
一向にやめる気配のないフリーゼ。さくらはあっけに取られ口を開きっぱなし。エリックはやれやれといった表情を浮かべ、額を抑えていた。
「さ、さくら〜〜!たすけてにゃ〜!」
「ハフハフ!!クンクン!!きゅるるる〜〜ん!!」
たははと苦笑いを浮かべるさくらは、これはもうどうしようもないなと、それでいてなんだか少し可愛らしい気もして、この騒動を見守るのだった。




