15 ミンチェスティ中心地
翌朝。
「よし、いこっか」
「うん、いこうにゃ」
二人は夜通し話し合い、ようやく結論を出したようだった。眠りについたのは明け方ごろだったが、長い話にひと区切りをつけたことで、むしろ気分はすっきりとしていた。
宿をあとにした二人は、その足で保健所へと向かう。
「あ、おはようございます、さくらさん」
さくらたちを見つけるなり声をかけてきたのは、保健所の女性職員だった。二人も軽く挨拶を返し、そのまま奥の部屋へと案内される。
「お待ちしておりました、さくらさん、きなこさん」
迎えたのは男性職員である。部屋の中には職員二人と、さくらときなこの四人だけだった。
「では、お話を聞かせていただけますか」
「はい。昨日のお話、受けさせてください」
さくらはまっすぐに答えた。覚悟はすでに固まっており、それは表情にもはっきりと表れている。
「それはそれは、よかったです。では、さっそく手続きを」
「待ってください。その前に一つだけ、確認したいことがあるんです」
職員がいそいそと手続きを進めようとしたところを、さくらが遮った。
「はい?なんでしょうか」
「私たちは……『料理だけ』をすればいいんですよね?」
なぜかそんなことを口にするさくらに、職員二人は顔を見合わせ、首をかしげる。
「ええ、そうですよ。さくらさんたちは料理屋を営む予定ですよね?」
「はい。そうです。今と同じ、とんかつ屋をやるつもりです。ほかにも何か物を売ったり、ちょっとした遊びができる場にしたいとは思っていますけど」
さくらは少し眉をひそめ、どこか胸の奥を探るような視線で答えた。
「そうですか。夢が広がっていて、いいですね」
職員はあくまで公僕としての態度を崩さず、しかし表情は柔らかく、穏やかに応じる。そして再び、粛々と手続きを進めていった。
必要なことが一通り終わろうとした、そのときだった。部屋の扉がノックされる。職員が「どうぞ」と答えると、昨日の刑事、エリック・ヤングが姿を見せた。
「どうも。どうやら、引き受けてくれたようですね」
昨日よりもいくらか和らいだ表情を浮かべるエリック。さくらたちがこの件を受けてくれたことで、ひと安心したのだろう。
「はい。よろしくお願いします」
二、三言言葉を交わしたあと、エリックはさくらときなこを伴い、保健所を後にした。
保健所を出て馬車に乗り、しばらく走ったのち下車する。そこからは、エリックの背を追って歩いていった。
「……」
「……」
無言でただついていく、さくらときなこ。
「(……いったい、どこまで行くんにゃ)」
「(……どんどん街の中心に向かっている気がするね)」
二人が王都ミンチェスティにやってきてからというもの、城下町であるブルーウッド以外へ足を伸ばすことはほとんどなかった。ブルーウッド地区だけでも十分に広く、さくらたちが出店している王立公園ですら巨大な規模である。王都をくまなく見て回るには、まだ時間が足りなかった。遠くにそびえ立つ大きな尖塔だけが、この街の広大さを物語っている。
「そろそろです」
エリックが一言告げ、再び前を向いて歩き出す。
ブルーウッドの石畳から景色は変わり、やがて建物や街灯の造りも、一目で違いがわかる街並みへと移り変わっていった。絢爛で、確かに華やか。都の中心にふさわしい雰囲気を漂わせている。
さくらときなこは思わずきょろきょろと周囲を見回し、いつしか目的を忘れて、この美しい街の風景に見入っていた。
「わあ、すごい大きな建物……」
「なんだにゃ、これは……」
二人が息を呑んで立ち尽くしたのは、王都が誇る教会『ミンチェスティ大聖堂』だった。
「これは、我が国を象徴する聖堂です。センチュリオンの技術と文化が、すべて集約されています」
珍しく饒舌なエリックの解説。しかし二人は半ば聞き流し、ただ口をぽかんと開けて、天を突くような大聖堂を見上げるばかりだった。
「さて……さくらさんたちにお貸しする物件は、こちらのメインストリート一番街にございます」
大聖堂を中心に放射状に広がる大通り。その中でも最も大きな通りに面した広場、いわゆる『一等地』である。
「こ、こんなすごいところにあるんですか?」
「ええ。一番街ですから」
エリックは平然と答えた。
「さくら、この道の奥にある丘の上の建物はなんにゃ」
「なんだろうね……お城みたいだね」
「ええ、宮殿です」
「宮殿ってなんだにゃ?」
「王家がお住まいになっている建物ですよ」
「「うぇ!?」」
二人は王家と聞いて、飛び上がるほど驚いた。
「そんなすごい場所に私たちがいて、大丈夫なんでしょうか……」
「ええ。問題ありません。では、こちらになります」
相変わらず涼しい顔のエリックが指し示した先にあったのは
「これは……」
「これが……」
二人は言葉を失った。そこに立っていたのは、確かに空き家のようではあるが、どう見てもただの店舗ではない。しっかりとした石造りの外壁に南向きのベランダ、あちこちに配置されたガラス窓。これまで泊まっていた安宿など、比べものにならないほど立派な建物だった。
「あ、あの……何かの間違いなんじゃ……」
「いえ。間違いなく、こちらでございます」
二人は思わずため息をつく。知らない、聞いていない、そんな思いが胸の中で交錯していた。
「では、中をご覧ください」
エリックは鍵を差し込み、ガチャリと音を立てて扉を開ける。魔導ランプに火が灯され、部屋全体がぱっと明るくなった。生活しやすそうな空間が、そこに広がっている。
「さくら、上にも下にも部屋があるにゃ」
きなこが建物全体を探るように歩き回り、地上三階・地下一階という広さを告げた。
「あの、エリックさん。他にも誰か住むんですよね?アパートとかでは……」
「いえ。住むのは、あなたたちだけです」
いつもと変わらぬ涼しい顔に、さくらは少し諦めを帯びた視線で部屋を見渡す。
「確かにお店ができるくらい広いですけど……入口になりそうな間口もないですし、厨房もなさそうなんですが」
「はい。これから改装いたします。三日ほどかかりますので、その間に引っ越しの準備を進めてください」
なるほど、とさくらは頷いた。宿に置きっぱなしの荷物も多く、屋台の返却や片付けもしなければならない。
「わかりました。私たちの方が、少し遅れるかもしれませんね」
「ええ。ですので、こちらで荷車を手配いたします。それにすべて積んでいただければ、あとは運びますのでご安心ください」
なにからなにまで、すでに手はずは整っているらしい。
さくらときなこは顔を見合わせ、これから始まる忙しい日々を思い浮かべて、ほんの少しだけ憂鬱な気持ちになるのだった。




