表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

私は悪役令嬢である。活躍はない

作者: Ash

「ネロ殿下との結婚が決まった」


 乙女ゲームの悪役令嬢だと気付いたのは、呼び出されて向かったお父様の執務室で、ネロ王子との婚約を告げられた時だった。

 それまでの私は、病床のお母様と共に過ごしていて、お父様とは館の中ですれ違うくらいしか接点がなかった。

 口さがないメイドたちの噂によると、お父様には結婚前から愛する女性がいて、仕事の為だけに屋敷に戻って来ているらしい。道理で、昼間以外、お父様を見かけないはずだ。

 この公爵家の屋敷は職場で、自宅は愛人宅なのだろう。

 出勤乙。

 これから、顔を見るたびにそう思おう。


 あ。話がズレた。

 前世の記憶によると、この婚約者となる王子のせいで私は乙女ゲームの悪役令嬢になるらしい。

 よくあるよくある。

 優しいお母様が亡くなって、父親が愛人と再婚して、家族のいなくなった悪役令嬢は婚約者の王子に愛を求めて空回りした挙句、どのルートでも断罪されて公爵家から放逐されて死ぬわけだ。

 これもよくある。

 姉妹格差物なら異母妹がヒロインになるんだけど、残念なことに異母妹は断罪された悪役令嬢のかわりにネロ王子と結婚する役である。

 父親は愛する娘が王子との結婚で大喜びするって、展開だ。

 いくらトンデモ設定が多いなーろっぱでも、公爵が愛人の娘を王族の妻にするのはハイリスクだ。愛人の実家は公爵家の妻になれるほどの力がなく、妻の実家と王族の妻に娘を出したい家々の圧力をかわさなければいけない。そんなハイリスクを背負って王族の妻にしようとしたら、自分の家が没落して王族との縁談など吹き飛んでしまう。乙女ゲームのヒロインたち(庶民、男爵家の庶子)が重臣の令息たちを誑かして逆ハーしないと、無理なわけだ。

 妻が亡くなって、妻の娘が王子を怒らせて断罪されたからこそ、妻の実家は愛人の娘が代わりに嫁ぐことを許した。そうでなければ、我が家の血を引く娘を差し置いて、よくもまあ、となる。


 因みになーろっぱの婚姻関連は現代仕様の庶子でも跡継ぎになれるが、戦国武将の側室の息子は正室の息子の下で家臣になるのが当たり前だ。正室腹の兄弟ですら、跡目争いがあるのだ。側室腹は正室腹と同じ嫡子でも、スタートラインも行く末もまったく違う。

 正室腹は主人格で側室腹は家臣格。側室としてすら認められない女性の子どもは庶子にすぎないので、更に下の身分。それは家臣たちだけでなく、各家の常識だ。

 当主の意向があろうが、正室として迎え入れる家とその郎党は愚弄されたと感じるのである。

 なーろっぱは顔も覚えていないメイドが産んでいた庶子や娼婦が産んでいた庶子など、本当に自分の子かもわからない庶子も認知さえされれば妻腹の嫡子と同じ扱いになる。

 なんて優しい世界。


 そんな、優しいなーろっぱに転生したのだから、利用させてもらう。


「お言葉ですが、お父様には他にも娘がいます。同じお父様の娘なのに、私だけが王子妃に選ばれるなど、姉?妹?を差別しているようで、喜んで受け入れられません」

「お前はロッテのことを知っているのか?」

「この屋敷には躾のなっていない使用人がおりますから」


 本当は原作知識で知っているんだけどね。


「・・・」

「それで、お父様から見て、ロッテはネロ殿下の妃には相応しくないのでしょうか? 私が先に縁談を纏めてしまえば、ロッテは残り物から結婚相手を探さなくてはなりませんよ」

「・・・お前がロッテに譲るというなら、ネロ殿下との縁談はロッテにしよう」


 ネロ王子との縁談は、本当は愛人が産んだ娘にさせたかったらしい。

 ゲームでもヒロインがネロ王子を選ばなかったら結婚していたし、始めからそれでいいじゃない。


「お母様とお祖父様の説得は任せてください」


 妻や妻の実家からの圧力が煩わしくて私に来た縁談なら、その圧力を消せばいいだけ。


「頼んだぞ」

「お任せください。では、失礼します」


 笑顔で了承する。心の中は以下の通り。

 異母妹にネロ王子を譲ったついでに、この公爵家からの退場もしてやる。

 父親に愛されている異母妹なら、愛を求めて悪役令嬢になることはないだろう。

 万が一、悪役令嬢になっても、父親がヒロインを排除してくれるだろう。ヒロインの男爵家を没落させてでも。




 ◇◆◇




「お母様! お祖父様のところに戻りましょう!」

「どうしたの、カルロッタ?」

「どうしたも、こうしたもありません! 政略結婚の意味も分からない家にこれ以上、いる必要はありません!」

「どうして、そんなことを言うの、カルロッタ?」

「ネロ王子との縁談がありましたが、異母妹に譲ったら、喜ばれました」

「そんな! カルロッタはその子がいることを知っていたの?!」

「ええ」

「ごめんなさい。あなたにはお父様に愛人がいることも、愛人との間に子どもがいることも、知らせたくなかったのに。不甲斐ないお母様でごめんなさい」

「お母様は何も悪くないわ。悪いのはお父様よ。愛人がいたとしても、使用人たちも知っていて、お母様を侮らせるなんて、家長失格だわ」


 お母様は身を縮こまらせて謝ってきましたが、愛人親子については原作知識だ。お母様の情報統制が甘かったわけではない。


「カルロッタ・・・」


 お母様は気遣わしげな表情をするが、転生者である私にとって、父親がクズでもノーダメージ。クズ親・毒親の一人や二人、赤の他人だと割り切れる。

 だって、前世でも両親がいたんだよ。

 二組目の親なんか、無意識に前世の親と比較しちゃうでしょ。

 ないわー、な親は生物学上の親ってだけで、前世の年齢プラス今の年齢だと歳下なわけだし。

 ないわー。親ガチャ外したわー。

 って、割り切れるわけ。

 よくあるじゃない。前世の記憶があるせいで、今世の親を親だと認識できないって、展開。あれ。

 私が生まれたおかげで親ガチャ失敗して、不幸になる子どもが減ったと思ったら、転生も悪くない。姉妹格差で虐められる少女が、毒親を見捨てられる強い少女として生まれたのだから。


「お母様は何か誤解しています。政略結婚は互いの家に利があるからおこなうもので、対等の立場でおこなうものです。お母様だけが我慢する関係は、家の力が下の妾でないと、おかしいです!」

「え・・・? カルロッタ・・・?」


 国が違おうが、文化が違おうが、妻は子どもが嫡子扱いされるだけの権力を実家なり、自分なりが持っている。しかし、妾は親の言うがままに耐えなければいけない立場だ。

 妾と愛人の違い?

 同じように見えて、既婚未婚問わず恋愛を楽しむ自由恋愛ができるのが愛人。

 妾は跡継ぎを産むまでの妻のように、貞節を求められる、男性側にとって第二の妻のような立場の女性。ただし、出産が許されない場合もあるし、飽きたら手切れ金無しでポイ捨てされる。妾である間に実家が受ける恩恵が手切れ金代わりにされ、本人だけが搾取される。

 だから、実家の為に耐える妻というのは、存在しない。

 だって、貴族が成人するまでにかかる費用は、四人家族の庶民が暮らせる生活費の五十年分ではすまない。


 有名なドレスショップで作った夜会のドレス一着で、四人家族の庶民の生活費一年分が飛ぶ。


 家庭教師一人を雇うだけで、メイド数人分の賃金が必要だし、乳母や子守りメイド、侍女も必要で、成人するまでにかかった教育費とメイドたちの人件費だけで

 家庭教師=メイド5〜人分の賃金

 乳母=メイド3〜4人分の賃金

 子守りメイド・侍女=メイド1人分の賃金

 ×16〜18年分


 男性使用人の賃金で換算するならメイド3〜4人分が1人分なので四人家族二世帯以上の16〜18年間の生活費になる。


 これに年収分の夜会ドレスが毎年数枚必要な衣食住の費用が追加されるわけだから、

 教育費等の34〜36年分+衣食住となる。


 だが、この教育費の家庭教師の数は一人で生まれた時から換算しているので、二人以上、雇った場合は年数によっては別換算が必要だ。

 貧乏な貴族の場合、母親が勉強を教えるだけで、メイド5人分以上の賃金を節約できるのだから、家庭教師は男性使用人と同じように削減対象である。

 まあ、こういった事情で、貴族の子女一人が成人するまでに莫大なお金がかかるというわけだ。

 これが領民の税で賄われているわけだが――そんな莫大な費用をかけて、お飾り妻や冷遇妻に娘を差し出す馬鹿な貴族家の当主はいないし、冷遇されていると知った時点で離縁させて有効活用するものだ。


「政略結婚だからと、冷遇を耐えるのは、おかしい、と言っているのです。貴族としての心得? お母様はお母様の家の領民たちの代表なのですよ。お母様がご自分を大切になさらないのは、お母様の家の領民が泥棒と詐欺師しかいないからですか?」

「彼らを馬鹿にしないで!!」

「馬鹿にさせているのは、お母様自身の言動です。お母様は彼らの代表として、嫁いできています。なのに、政略結婚だからと、夫や使用人に立場を譲って、貴族としての務めを果たしていません」

「嘘よ。そんな・・・!」

「お母様が知識や教養を身に付けたのは、彼らの代わりに他の貴族と渡り合う為。夫と言えど、他家の貴族の言いなりになるのは、貴族としての役割を放棄することと同じです!」


 そう。莫大なお金をかけて育てられた貴族は、それだけで領民の代表としての一面を担う。

 西洋だって、家臣も領民も一族郎党、なんて時代があったりする。有能でも裏切りの可能性が高い一族外の人物より、一族のそこそこだが裏切らない家臣を用いる陰謀と策略の時代が。

 だから、貴族の女性は嫁入り先でも実家の領民の代表として、その名に相応しい言動を求められる。

 爵位や家格が上の家に嫁ごうが、出身は忘れてはいけない。

 嫁ぐ相手に不満があろうが、実家の領民の代表として、実家の利益の為に耐える。

 ただし、待遇に関しては別だ。領民の代表に相応しくない待遇には、決して甘んじない。

 それが領民の代表として育てられた者の使命。


「お母様。あなたは使用人に侮られてはいけない存在です。侮られれば、罰しなければいけない身でありながら、それを放置してきた。つまりは、領民の代表として、嫁いで来た矜持がなかったからです」

「・・・!」

「あなたの領民は、使用人に馬鹿にされるような人たちですか?」

「彼らは正直で働き者よ!」

「あなたはそんな彼らを馬鹿にしても良いと、この公爵家の使用人たちに示したのです。それが正しいことだと思いますか?」

「・・・思わないわ」


 公爵家の使用人なら、近くの低位貴族の血を引く令嬢が行儀見習いとして働いていても、おかしくない。

 彼らはそれを誇りとして、余所者であるお母様にマウントをとってきた。

 お母様はそれを放置していた。身分差があるにも関わらず、馬鹿にされ続けて、公爵家の使用人の質を落としてきた。

 低位貴族の跡継ぎにもなれず、嫁入り先も見付けられなかった存在より、公爵夫人である自分のほうが下だと示してしまった。

 お母様の実家の領民は高位貴族の治める地の領民だ。それを他の貴族の、それも低位貴族の血筋に馬鹿にさせることは、あってはならない。

 高位貴族の領民は高位貴族に所属する民であり、他の貴族に馬鹿にされるなど、領主一族が報復する案件である。

 それをお母様は怠った。


「なら、何をすれば良いのか、おわかりですよね?」



 お母様は実家に離縁の許可を得てから、使用人たちに鞭打ちの刑をし、紹介状無しで解雇した。

 使用人たちどころか、公爵も怒って、解雇が撤回される頃、お母様と私はお母様の実家に既に向かっている旅路にいた。

 使用人たちの家には公爵夫人に長年にわたって無礼を働いた抗議の手紙を実家から出してもらった。

 公爵がいくら庇おうとも、公爵家から夫人を離縁させた実績は、兄弟や姪甥の縁談にも影響が起きた。

 公爵に忠義を尽くしたのだから、本人は結婚もせずに公爵家で死ぬまで働いたら良い。




 ◇◇◆




 お母様は無事、離縁が出来た。

 なーろっぱの優しい世界は、離縁も簡単だった。


 その後すぐに、公爵は愛人と再婚し、異母妹は公爵令嬢としてネロ王子の婚約者になれた。

 お母様が生きた状態で、ゲームのシナリオが進んだわけだ。


 そして、病気から回復したお母様は昔からの知人だという男性と再婚し、私が学園に入学して、ゲームのスタート時期を迎える。


「カルロッタ! お前という奴は――」

「あら、殿下。殿下の婚約者のカルロッタは私ではございませんよ」


 あの公爵は妻と愛人の娘に同じ名前を付けていた。

 私は赤毛のカルロッタ。異母妹は金髪のカルロッタ。


 大方、ヒロインが虐められた件で、婚約者のカルロッタが犯人だと思ったのでしょうけど、婚約者と顔どころか、髪の色も違う私と人間違いするなんて、乙女ゲームの俺様枠だけある。

 ゲームの時とは違い、私は浮気者の婚約者の愛なんて求めていないし、溺愛された異母妹は私に婚約者の浮気を愚痴ってくるから公爵に相談させたし、誰がヒロインを虐めているのやら。

 異母妹の取り巻きは公爵の信頼厚い家の令嬢ばかりで、公爵による公爵の娘の為の護衛艦方式のお友達。取り巻きの婚約者もネロ王子の側近たちではないので、王子たちの醜聞とは無関係。綺麗に動く温室の中に入れていて、冤罪もかけられない完璧な布陣。


 それからしばらくして、乙女ゲームのヒロインはいなくなった。

 攻略対象が騒いでいて煩いが、異母妹は涼しい顔をしている。

 そして、異母妹はあっさり婚約を白紙に戻してもらった。


 公爵に溺愛されている娘はすごい。悪役令嬢を譲ったのに、無傷で婚約がなくなった。

 流石、溺愛する者の為に何をしても許される優しいなーろっぱ。



 公爵家VS成人した攻略対象たちの争いはあったが、そこはサクッと全部ゴミ箱に捨てて、能力を見出されて文官やら秘書に抜擢されていた庶民が彼らの穴埋めがされた。

 建国当初と同じことが起きただけだし、貴族の在り方も緩い優しいなーろっぱの世界は続いていく。

 乙女ゲームの痕跡を全部、失って。


 え? 建国当初と同じって、どういうことかって?

 建国前から貴族だった人物がどのくらいいると思う?

 前の国の貴族と他国の貴族の二種類だけど、前の国の貴族は亡国の貴族でもあるし、建国に尽力した人物が貴族になるのだから、他国の貴族以外は元貴族の庶民か、庶民だった庶民だけ。

 つまり、乙女ゲームの痕跡が無くなって、代わりに中興の立役者と言われるような人々が現れて、貴族になったということだ。


 めでたしめでたし。

実はゲームではお母様は毒殺されていました。


感想でご指摘があったので、公爵の末路――公爵たちに成り代わる中興の立役者について詳しく追加しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
母親の身分が高かったから三男でも源氏の棟梁になれたのは頼朝でしたね、そういえば。上の二人無茶苦茶出来る武士だったのに棟梁じゃなかったのは母親の実家が弱かったからですもんな〜。 お母様そこで覚醒して離婚…
ドクズな父親が最終的に望み通りの未来を手に入れてるのがもやっと残りました。
理由が無い限り、正嫡子がドアマット状態というのは本来おかしいですからね。 ちゃんとした知識が有る、それなりの人生を送っていた人がなろう転生したなら、その知識を使えばある程度の状況改善が出来る余地は有る…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ