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現世の祓い人  作者: 睡蓮於菟
孤独を司りし呪狼の探し求める封じの鏡
2/2

2 少女ノ紛失物



『ただいま』



無駄に広い和風な家。シン、とした部屋に向かって伊織は独り言のように呟いた。



「……オカえリ」



カタコトで奇妙な声が伊織の言葉に返事をした。妖だ。

だが、この妖が勝手に返事をすることなど珍しいことではない。

伊織は聞こえていないふりをし、イヅナはふんっ、と鼻を鳴らした。そのまま伊織は階段を登って自室に向かう。

自室の扉を開け、カバンを下ろした時イヅナは口を開いた。



「はぁ……いい加減あんな小物妖、追い出したら良いじゃないか」


『私は別にあのままでいいかな。危害を加えられた訳じゃないし、昔助けてもらった恩もあるしね。

 イヅナが嫌なら追い出すけど……』


「……お前さんに何か危害が加わるようならあの小物妖、喰い殺すからな」


『ふふ。物騒だよ、イヅナ』



鋭い牙を剥き出しにしたイヅナを見て伊織は苦笑した。

可愛らしい小さなキツネが牙を剥き出しにするなど、幼子が見たら発狂するレベルだ。ギザギザに尖った歯が小さな口から覗いた。

それを軽くいなした伊織は刃物の入った袋を壁に立てる。大きな机に大きな椅子。

机にはたくさんの資料が積み重なっている。それを伊織は見てため息を吐いた後、髪留めをするりと外した。

髪留めと共に床に落ちた包帯。顕になった彼女の左目下から左頬にかけて、花柄にも見える紋様があった。

大輪の花はツルのような紋様と共にどんどん侵食していっているようにも見える。



「……また広がったか」


『これがまだマシな方だよ。でも、顔全体を覆われたら溜まったもんじゃないね』


「どうせその紋様も妖が見えんものには見えん。包帯の1つや2つ、外しても良いだろう」


『ううん、私が嫌なの。視界に入る度に気持ちが悪くて。というか私の友人はこの紋様、余裕で見えちゃうけど??』



イヅナのいい加減な発言にむっとした伊織。イヅナは「知らん」とでも言いたげにそっぽを向いた。






朝。ザワザワとした教室の扉を伊織は静かに開けた。



「柊木さんおはよう!!」


「おっ、おはよ」


『おはよう』



伊織は軽く挨拶を返し自分の席の方向に向かう。彼女の席は最後尾の窓側。

その右の席に座る女子生徒はガシャガシャとカバンを漁っては、考え込むような仕草をしていた。

伊織は呆れた様な表情をして女子生徒に話しかけた。



『何してるの、紅葉』


「はっ、伊織ちゃあああああん!!!!」


『うわっ、』



紅葉と呼ばれた女子生徒は伊織に抱き付いた。

茶色のほんのりウェーブのかかった背中まである髪に焦茶色のキラキラと輝いた大きな瞳。

誰もが憧れる美少女、それが鳳声(ほうせい)紅葉(もみじ)だった。ぎゃんぎゃん泣きわめく紅葉を嫌そうな表情で伊織は宥める。

ずびずびと鼻を啜る紅葉だったが、伊織の慰めと共に落ち着いていく。



『んで、どうしたの??』


「伊織ちゃんにもらったシャープペンシルを取られちゃったの……」


『ああ、あの音符の』


「そうなの〜。お気に入りだったし、

 伊織ちゃんにもらった大切なものだからどうしても諦めきれなくて……」


『……なるほどね』



紅葉のものがいきなり無くなるのは初めてでは無い。毎度のこと、妖に盗られている。

彼女は見えるが祓うほどの力を持たない人間。見えるものにも限りがあり、階級が高く妖力の強い妖しか見ることは出来ない。

だからシャープペンシルを盗んだ小柄で力の弱い妖の姿を認識することは不可能。

伊織は顎に手を置いて考えるような素振りを見せた後、教室をじっくりと眺め始める。

数人で輪になって話す女子生徒の群れ、机に座って笑い合う男子生徒、静かに本を読む女子生徒。

伊織は視線を下に落とし、ロッカールームの方に顔を向けた。



『……あ、』



3匹の小さい妖がシャープペンシルを必死に運んでいる。

シャープペンシルの先に付いているのはキラキラと輝く音符の小さな飾り。

伊織は迷わず妖の方へと足を進めた。



『ねえ、ちょっと良いかな』


「にんげんだ」


「われわれがみえるのか」


「はらいやのにおいがするぞ」



伊織がそっと話しかけると、小さい妖は下手くそな日本語でコソコソと話し始めた。

数秒密談していたと思うと、3匹の中でも体とツノが大きい妖が前に進み出た。



「はらいやのにんげん、われわれになにかようか??」


『そうだね。そこのシャープペンシルを譲ってもらいたいんだけど……』


「なぜ??これはわれわれがもちぬしにかえすのだ。おまえにはやらん」


『その持ち主が私の友人なんだよ』


「ふんっ。にんげん、しかもはらいやはしんようできん」



ツノの大きい妖がキッパリと言うと他の2匹も頷き始める。

伊織は困ったように笑って紅葉の方をチラリと見る。

何も知らない紅葉はまだ自身の机やカバンの中を漁っていた。

伊織が再度口を開きかけた時、女子生徒がこちらに気が付きやって来た。



「柊木ちゃん、そんなところでどうしたの??」


『……あ〜、何でもないよ西さん。ちょっと探しものがあってね』


「もしかしてこのシャープペンシル??」


「ぅわあああああ!!!!」


「ぬすまれた、ぬすまれた!!」



西、と呼ばれた女子生徒は妖の持っていたシャープペンシルを拾った。

妖は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。妖の見えない西に悪気は一切ない。



『そう、紅葉がまたものをなくしたみたい』


「また??鳳声ちゃんも懲りないね」


『全くだよ、本当に』



西からシャープペンシルを受けとった伊織。

妖の逃げて行った方をチラリとみた伊織は申し訳なさそうに眉を下げ、紅葉の座る席に向かった。



『紅葉、あったよ』


「ほんと!?ありがとうっ!!あ、もしかしてまた妖に取られちゃってた??」


『うん、優しい妖で紅葉に返そうとしてたよ。途中で来た西さんがシャープペンシルを拾っちゃったけどね』


「それは残念……。お礼、言いたかったなぁ」


『あんまり力の強い妖じゃなかったから姿は見えないだろうけどね』


「ふふ、それでもだよ。見えなくても触れられなくても、そこにいたってことは事実だから!!」



紅葉の強い言葉。こんなにも妖に煩わせられて来た彼女は堂々と言い切った。

その言葉に伊織は目を見開いた後、クツクツと泡をたてるように笑った。



「お前ら時間だぞ。早く座れー!!」


「あっ、また後で話そうね!」


『ああ、うん』



担任が教室に入ってくると生徒は皆大人しく席に着き始める。

紅葉は自身の座っていた椅子を戻して前を向いた。伊織はあくびを一つ漏らす。



「柊木!」


『はい』


「伏見」


「……おい、伏見はいないのか??」


「伏見くん寝てま〜す」


「はぁ……鳳声!」


「はぁい!」



伏見、と呼ばれた男子生徒は机に突っ伏して寝ている。

これが日常茶飯事であり、誰も何も言わない。伊織も右斜前にいる伏見の方に視線を向けた。

彼の少々先の尖った耳がピクリと動く。

開いている窓から風が侵入し、伏見の床に着きそうなくらい長い茶色の髪を揺らした。



「今日は午前中で終わりだから寝ずに頑張るように!」


「う”っ……」


「おい、成嶋??」



成嶋、と呼ばれた男子生徒は胸あたりを右手で押さえ、苦しそうにえずく。慌てたように成嶋に駆け寄る担任。

伊織も視線を成嶋に向けた。紅葉は心配そうにしている。



『……おや、』


「伊織ちゃん……」


『うん、分かってる』



彼女らは見た。成嶋の背に大きな妖が乗っていた事を。

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