1 祓い屋ノ少女
ザシュッ。
「ぎゃあああああああああッ!!!!」
何かを切り裂いたような音と共に聞こえる悲鳴。
刃物を持った少女は残酷にも冷たい目で叫び声の主を見た。叫び声を上げたものは人間には決して見えない。
泥人形を具現化したような見た目。そんな人ならざるものを人間は幽霊、怪異、妖怪、人外、化け物、呪い、妖という。そんな妖が見える人間は少ない。この少女はその少数派の人間なのだ。
妖が見え、さらには干渉することができる。少女は妖に向け、また刃物を振り上げた。
「お願イだッ、辞めテくれ!!」
妖は必死に命乞いする。だが、少女は一切聞く耳を持たない。
もう一振り刃物を妖に向けた時、少女の手が何者かによって押さえられた。
少女は怪訝そうな顔で手の主を見たが、すぐに明るい表情になる。
『……イヅナ、帰って来たんだね』
「嗚呼、さっきな。それと、その妖はもう死ぬ。それ以上剣を振らなくたって良いじゃないか」
その言葉にハッとした様子の少女。
イヅナ、と呼ばれた真っ白な着物にミルクティー色の色素の薄い髪を胸元まで伸ばした女性にはキツネに似た大きく美しい耳が生えていた。
叫んでいた妖の姿はもうない。
それを確認した少女は大きな刃物の刀身を鞘に仕舞い込んだ。少女、柊木伊織は祓い屋だった。
灰色の肩口くらいまである髪を綺麗に結え、浅葱色の綺麗な瞳には光がない。左目を隠す大きな包帯が酷く醜く見えた。
「お前さんが無理して祓い屋をする必要はない。
今すぐに辞めて普通の暮らしをしても……」
そんな伊織を心配そうに見つめたイズナは淡々と言った。伊織は目を見開く。
「私は伊織に無理はしてほしくない。お前さんの幸せが私の幸せなんだ。
お前さんのしていることは正しいよ、けれど……」
イヅナはそこまで言って口を閉じた。その先を言わないのは伊織のことを思ってなのだろうか。
数秒固まっていた伊織は手で口元を押さえ清楚に笑った。
『私は幸せだよ、イヅナ。そんなに心配しなくても柊木の手に落ちることは絶対に無いよ』
柊木、それは祓い屋の名家だった。どんな妖でさえ無情に祓い、妖を心底嫌う家。
伊織はそんな家に生まれてしまった不運な人間。女だった彼女は、家で良い扱いをされなかった。
それをよく理解しているイヅナは「そうか」なんて言って笑った。
「お前さんならそう言うと思ったよ。相変わらず頑固なやつだね」
『別にそんなことはないと思うけどなぁ』
イヅナは伊織の刃物を受け取りながら適当に返事をする。刃物をしまったのを確認してから伊織は立ち上がった。
ポシュンッ、なんて可愛らしい間の抜けた音を出してイヅナは可愛らしい両手で持てるくらいの大きさのキツネになった。
小さな体と大きな耳が少々不揃いで愛らしい。そんなイヅナを優しく頭に乗せた伊織は大木の根元に置いた学校用のカバンを手に持って歩き出す。
小さいサイズのイヅナは不機嫌そうに目を細めて鼻を鳴らした。
「ふんっ、お前さんの身長じゃ見えるものも見えんわ!!」
『……文句言うなら振り落としても良いんだよ??』
お世辞にもとても幸せそうには見えない祓い屋の少女とキツネは帰路に着いた。