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9 父親の目的

本日6回目の投稿です。

 ボージェ家で暮らし始めて一年にもなると、アリーはすっかり令嬢らしくなった。

 外出禁止が解かれたのでアリーとしては王都見物がしたかったのだが、「はしたない」とマナー教師の一言で却下されてしまった。

 だから、外出といってもたまに洋品店や本屋を覘くのが精々のところである。依然として、屋敷に引きこもりの毎日であった。

 アリーは、この夏に十五歳になる。

 貴族令嬢たちが、こぞって十六歳の社交界デビューの準備を始める年齢だ。

 この国では、王宮舞踏会でのデビューが令嬢たちにとって最高の栄誉とされている。しかし、貴族なら誰でも参加できるというわけではなく、新興男爵のボージェ家には王宮舞踏会の招待状はこない。

 王宮に限らず、名門主催の夜会であればあるほど招待されるにはそれなりの伝手が必要なのだ。

 貴族というより商家に近い暮らしなので、アリーはダンスを習い始めたものの、そういった華やかな場所とは無縁のように感じていた。

 ただ一つ、義妹の誕生日パーティを除いては。


 引き取られた直後に開催された前回、まだマナーを学んでいなかったアリーは、二階の部屋の窓からパーティ会場である中庭の様子を眺めるだけであった。

 ストロベリータルト、マカロン、ナッツ入りのクッキー、同じ年頃の令嬢と令息たち。プレゼントを受け取るミシェルの嬉しそうな笑顔。


「ここは本家ですから、一族の子どもたちの交流も兼ねて盛大に開催されるのですよ。いずれミシェル様が跡を継ぐためには、優秀な者を婿に迎えねばなりません。その選定の意味もあります」


 パーティに出られないアリーを気遣って紅茶と菓子を運んできたメイドの横で、ギヨームが説明した。


「結婚は、好きな者同士でするものではないの?」


 少なくともあの町ではそうだった。自分で見つけるか、誰かに紹介されるかの差こそあれ、結婚相手は自由に選べる。


「我々にとって、結婚は家と家との結びつきです。より利益をもたらす相手と縁組するのですよ。それが嫌なら、家を出るしかありません。一族を率いていく立場の者が『自分だけは、好きな人と結婚したい』では通りません。尤も、結婚した相手を好きになるのが一番なのですがね」


 王族や高位貴族になると、生まれながらに婚約していることすらあるという。それと比べるとボージェ家はまだ緩いほうだ。

 アリーは、中庭に集うパーティ客を窓から見下ろしながら、お金持ちも大変なのだと他人事のように思った。


 その年の夏、アリーの誕生日パーティはなかった。

 実はほんの少し期待していた。

 盛大なものでなくとも、せめて晩餐の席で「おめでとう」の一言くらいはあるのではないか。ささやかながら、食後にケーキの一切れ、プレゼントの一つはもらえるのではないか、と。

 何もなかった。

 期待した自分が愚かなのだ。

 昔から嫌というほど味わった感情だ。慣れている。

 アリーは、キャンディの赤い包み紙を開けた。

 王都で暮らして、一つだけいいことがあった。()()キャンディがいつでも手に入るのである。

 孤児院では贅沢品だったそれは、全国に流通している大衆向けの製品だった。


(レオン……)


 窓から空を見上げながら味わう。 

 この一時(いっとき)だけは、嫌なことも忘れられるのだった。



 今年のミシェルの誕生日パーティは、アリーも出席した。

 楽しくはない。

 一族の大人たちがアリーを遠巻きにして「庶子のくせに」「下賤な女の娘」そんな蔑みの視線で射たからだ。


「わざわざ引き取らなくてもよろしいのに……」


「これでは夫人がお気の毒ですわ」

 

 どこからか声が漏れた。

 すると、その声に感化されたように長身の令息が興味深げに近寄り、アリーを見下ろした。


「おまえ、庶子なの?」


「はい」


 アリーが肯定すると、背中まで伸びたストロベリーブロンドの髪が乱暴に引っ張られた。

「きゃっ」と思わず声が出る。しかし、誰も止めようとはせず、髪を掴んだ令息の顔には、意地の悪い笑みが浮かんだ。


「だから、こんなピンクの髪なのか」


 アリーは意味がわからなかった。


「え?」


「一族に、()()()髪色の者はいない」


 確かに父親のジェラルドもその娘のミシェルも金髪である。招待客も金髪か栗毛がほとんどで、ストロベリーブロンドはアリーだけだった。

 それはつまり、こんな下品な髪という意味で、貧民だった母親譲りの髪を引き合いに出してバカにしているわけである。

 この調子では孤児院育ちだと知られたら、どんな扱いを受けることか。


 その夜、アリーは悔しさのあまり、なかなか寝つけなかった。

 久しぶりに寝室を抜け出し、月明かりを頼りに歩き回る。


「そもそも別宅ではいけなかったんですか? 無理にあの子と同居しなくてもいいではありませんか」


 一室からポリーヌの抗議の声が漏れ聞こえたので、アリーは足を止めた。


「別居ではいかにも不仲だと喧伝しているようなものだ。君が()()をどう思おうと構わん。嫌ならかかわらなくてもいい。だが、一族から冷遇されているなどと噂になることだけは避けろ」


 ジェラルドが淡々とした口調で応じている。

 どうやら執務室のようだ。アリーは、息を潜めて彼らの会話に聞き入った。


「あと一年だ。それまでに淑女教育を終えて嫁に出す」


「嫁にですか」


「ミシェルを家から出すわけにいかないだろう。宮廷の伝手が欲しいのだ。ちょうどいい相手がいる。貴夫人になれるのだから、あれも文句は言うまい」


 アリーは愕然となった。

 ジェラルドは、政略結婚の駒にするために孤児院から娘を引き取ったのだ。

 愛されてなどいなかった。愛情表現が不器用なのではなく、もとから関心がなかったのだ。

 とぼとぼと自室に引き返す。その瞳は涙で濡れていた。


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