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8 芽生える希望

本日5回目の投稿になります。

 先代がとある子爵から購入したという王都の屋敷は、大貴族には遠く及ばないものの家族四人が住むには広すぎた。

 そのことは、義母と義妹に歓迎されているとは言い難いアリーにとっては都合がよい。食事の時間以外、顔を合わさずに済むからだ。


「アリアンヌさん、お母様のことはお気の毒でしたね。今日からここがあなたの家ですよ」


「アリアンヌお義姉様、初めまして、ミシェルです」


 初対面のとき、ジェラルドの妻ポリーヌからかけられた言葉は好意的なものだった。まだ十一歳の義妹ミシェルも、母親を真似てマナーに則った挨拶をした。

 しかし、二人の態度はぎこちなく、突然現れた隠し子の存在に動揺しているのは誰の目にも明らかだった。

 

 アリーは、最近まで母子で暮らしていたことになっていた。

 ジェラルドが『結婚前に交際していた平民女性が急死し、自分の子がいることがわかったので引き取ることにした』と説明して、孤児院にいたことを伏せたのだ。

 アリーは、馬車のなかで、孤児であることを漏らさないように固く口止めされた。そして、調べられてもわからないように、隠ぺいのために名前を変えたのだと察した。

 

 ジェラルドは、仕事が忙しくあまり家にいない。いても執務室にこもっている。家庭教師を手配した以外は、家の者にアリーの世話を任せきりだ。

 女同士、勝手に仲良くするとでも思っているのかもしれない。しかし、ギクシャクした関係のまま、時間だけが過ぎていった。 

 今さら本物の家族として暮らすには、アリーは成長しすぎていて、お互いにどう接したらいいのかわからない。

 それに結婚前とはいえ、夫には愛する人がいたのだという事実がポリーヌを悩ませているようであった。


 ひとまずアリーは、男爵令嬢としての勉学に集中することにした。家の恥にならないよう、マナーが身につくまでは外出禁止だと厳命されていたからだ。

 部屋でじっとしていることは、孤児院で朝から忙しく走り回っていたアリーとって、とても窮屈だった。

 時折、使用人がいなくなった夜半に寝室を抜け出して、広い屋敷のなかを歩き回り、運動不足とストレスを解消するようになったほどである。

 幸いなことにボージェ家の食事は、朝、昼、晩の一日三食である。どれだけ動き回っても、空腹を我慢せずにすんだ。


「アリアンヌお嬢様、フォークとナイフは外側からお取りください」

「『あたし』ではなく『わたくし』です」

「スープは音を立てて飲んではいけません」

「廊下を走ってはなりません」

「お辞儀は優雅に。左足がよろけそうです」

「今日は、歴史のお勉強をしましょう」


 叱られてばかりだったが、アリーは、家庭教師や使用人たちと話すほうが気楽だった。

 特に使用人を監督する老執事のギヨームからは、母レオニーの話を聞くことができた。

 先代からこの家に仕える最古参の彼だけは、ジェラルドとレオニーの間に起ったことを正しく記憶しており、アリーが孤児院にいたことを知ってた。母親のことをまったく知らないアリーに同情して、「二人は引き裂かれたのですよ」と、こっそり教えてくれたのだった。


 それは、ボージェ家の御曹司とランドリーメイドの恋だった。

 しかし、一族が許さなかった。

 事業提携が進んでいた商家の令嬢との縁談が持ち上がっていたし、富裕層に属するボージェ家にとって、身分違いの下働きの娘との結婚など言語道断だったのだ。

 ジェラルドは家を捨てる覚悟だったが、父親であった先代が長期出張を命じて家から遠ざけている間に、レオニーを追い出してしまった。


「ジェラルド様は密かにレオニー様の行方を探すよう、私にお命じになりました。ですが、見つけたときにはすでにお亡くなりになっていたのです」


 レオニーの死はジェラルドの気力を奪った。父親に逆らう術もなく、最終的には政略結婚に合意したのだった。

 その選択は、図らずも一族のなかのジェラルドの地位を確固たるものにした。そのため数年前に先代が病に倒れたあとも、労せず当主の座に就くことができたのである。


「当主だからといって、いえ。当主だからこそ好き勝手は許されません。支社長や重役たち……会社を支えている親族を敵に回すことはできないのです。アリアンヌ様が教会に預けられたことは存じておりましたが、先代の目が黒いうちはどうにもできず、引き取るまでにずいぶんと時間がかかってしまいました」


 愛し合って生まれてきたのだと聞かされれば、本当は父親から愛されているのではないかという気持ちが芽生えた。

 あの眉間に皺を寄せた不機嫌そうな顔や、親子の会話すらないほったらかしの現状は、実は不器用な性格ゆえのことで、そのうちに……きっと令嬢らしい教養さえ身につけばこの家に受け入れられ、家族らしい時間が持てるのではないか。でなければ、わざわざ孤児院にまで足を運ぶ理由がない。

 そんなふうに希望を抱いた。

 以来、アリーは、よりいっそう熱心に学ぶようになった。


「お義姉様は、努力家ですね。わたくし、勉強なんて大嫌い」


「学べる環境にあるのは、ありがたいことですので」


「そうですよ、ミシェル。お金がなくては学園にも通えないし、家庭教師も雇えないのですからね」


 こんなふうに義母と義妹とは、食事のときに当たり障りのない会話をする。

 どこかよそよそしく、ティータイムに誘われたりすることはなかったけれど、虐められるわけでもなかった。

 ただ、戸惑っているだけ。この頃のアリーはそう信じていた。


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