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6 母親の正体

本日3回目の投稿です。

 レオニーの娘。

 そう呼んだ老婆の赤い瞳に呑まれて、アリーは一瞬たじろいだ。


「まあ、お座りよ」


 促されて、のろのろとパメラの向かいに腰かける。

 皺だらけの顔の中央には大きな鷲鼻、黒いフードを被り隙間から白髪がのぞいている。長く伸ばした爪、鋭い眼光。幼い頃に広げた絵本の魔女が、そのまま飛び出したかのようである。


(これで魔法の杖があれば完璧ね)


 アリーの無遠慮な視線に対抗するように、パメラもじっとアリーを見つめている。それから、ゆっくりと口を開いた。


「レオニーに頼まれたのさ。だから、おまえさんに会うために私は今日、ここへ来た」

 

「母さんを知っているんですか?!」


「そりゃ、知ってるさ。でも、知らないね」


 パメラは揶揄うような答えをよこす。 

 アリーは、一体どっちなんだと文句を言おうとして口を噤んだ。パメラが二ッと笑ったからである。


「三百年も生きてきて、レオニーと会ったのは片手で数えるほどだからね。よく知らないんだよ。だけど、魔女は魔女同士、お互いのことはよく知ってる。だって、人間とは理の異なる魔女のことなんだからね」


「魔女……?」


「言ったろう。私は『先見の魔女』だって。未来を視る者さ。おまえさんの母親のレオニーは『魅了の魔女』だった。もしそれを娘に伝えられずに死ぬことがあったら、私から話す約束だったんだよ。次の『魅了の魔女』はおまえさんだからね。自分のことは知っておくべきだ」


「魅了の……魔女」


「人を魅了し惑わす者だ。術の施し方は、力が目覚めれば自然とわかるだろう。魔女の力とはそういうものだ。誰かに教わるものじゃない」


 にわかには受け入れがたい、得体の知れない話だ。

 やはり揶揄われているのかもしれない。

 そう思い、アリーが口をきけないでいると、心のなかを見透かしたようにパメラが大仰に頷いた。


「信じられないって顔だね。気持ちはわかる。かつては私もそうだったからね。だけど今日は、目覚める前のおまえさんと会える最初で最後の機会だったのさ。しかも話す時間があまりないときたもんだ。信じなくてもいいさ。どのみち、時が来たら理解できるのだから。ともかく、今は話だけ聞いておおき」


 そう前置きして、パメラは魔女の理について語り始めた。


「私たち魔女はね、その力と過去世の記憶を持って何度も生まれ変わることで、人ならざる長い年月を生きるのさ。肉体が死んでも、また新しい肉体を得るということだよ。だけど、それは永遠じゃない。生まれた者は死ぬのが宿命……魔女も例外ではないのさ。輪廻転生の終わりが魔女の死だ。何回生まれ変わるかはわからないけど、私の知る限りレオニーは十回以上、少なくとも四百年は生きてたね。魔女は、最後の生で次代の魔女となる娘を産む。ああ、途中でいくら子どもを産んでも、その子は人間にしかならないよ。必ず最後に娘を一人だけ産む、必ずね。それが定めだ」


 つまり――とパメラがいったん、言葉を区切った。


「十三年前、『魅了の魔女』レオニーの寿命が尽きた。そのギリギリで生まれたのが、おまえさんというわけだ」

 

「あたしの名はアリーです……えっと……」


 頭の整理が追いつかないが、とりあえす名乗るべきだという気がした。それは今後も魔女として長い付き合いになると本能的に感じ取ったのかもしれないし、単に「おまえさん」と呼ばれることへの違和感からかもしれない。

 訊きたいことも多すぎる。しかし、アリーが言葉を紡ぎだす前に、パメラは「タイムリミットだ」と制した。


「いいかいアリー、私の予知では、力に目覚めるのは二年後だ。その前に運命の輪が大きく回りだすはずさ。ここまではレオニーの生き方の結果だから変えようがない。だけど、その先の人生は自分の意志で選択しないといけないよ。それから――」


 パメラがクククッと愉快そうに笑った。


「魅了を使う相手は選んだほうがいい。その昔、レオニーは国を滅ぼしかけて処刑されたことがあった。今ではもう、笑い話だけれどね。さあ、もうお行き。食事に間に合わなくなるよ」


 十時半になった懐中時計を見せられ、アリーは慌てて立ち上がった。


「また会えますか?」


 テントを出る間際、振り返って問うた。


「そのうちまた会えるだろうさ。そのときは、お茶でもご馳走するよ」


 パメラの言う“そのうち”が今世のこととは限らないとは、魔女の力に目覚める前のアリーに気づくはずもない。

 次に会ったらあれも訊こう、これも訊こうと思案しながら、アリーはアンナと帰路を急いだのであった。



 冬の間に降り積もった雪がすっかり解けた陽春に、パメラが予知した運命の輪が回り始めた。

 くるくる、くるくる。

 抗いようのない運命が、一台の馬車の車輪の回転とともに近づいてきた。


「アリー、院長が呼んでる。すぐ来るようにってさ」


「はーい」


 朝っぱらからお呼びがかかるのは、めずらしいことだった。子どもたちは掃除や洗濯で休む間もなく動き回っているし、忙しいのは院長とて同じだ。

 アリーは、一緒に洗濯をしていた同い年のエマに洗い立てのシーツを預けて院長室へと急いだ。

 

「アリーのお父さんが見つかったんだよ。王都の邸宅に引き取りたいとおっしゃっておられる」


 院長から喜色満面の笑みで告げられ、面食らう。

 嬉しいだろう、と。それが当然だと言わんばかりの態度である理由は、応接室で待つ紳士の姿を見て合点がいった。

 高価そうなスーツ、ピカピカに磨かれた靴、タイピンには見たこともないような美しい宝石が輝いている。一目で上流階級だとわかった。

 アリーと目が合うなり眉を顰め、その紳士は言った。

 

「私が君の父、ジェラルド・ボージェだ」


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