【番外編】その後のアリー ~魔女のお茶会
バタバタの投稿にもかかわらず、ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
イデン王国の王太子リオネルとともに命を絶ってから十八年、アリーはモルーノ帝国の裕福な商家の娘として生きていた。
アリシア・オールステット。アリーと呼ばれている。
現在、十六歳で、今年からイデン王国の王立学校に留学中だ。
今世でも、ストロベリーブロンドの髪にダークブルーの瞳をしている。
どうやら魔女というのは、前世でも今世でも来世でも、容姿や名前に大きな変化はないようなのだ。
母のレオニーもずっと「レオニー」という名前で、ピンク色の髪とブルーの瞳だったらしい。
モルーノ帝国で育ってみて、アリーは、なぜ自分がアルエ公爵夫人に目をつけられたのか合点がいった。
伝説の悪女『傾国のレオニー』が処刑されたのが、モルーノ帝国だったのだ。
そのレオニーと同じ髪色をした若い娘は、帝国皇女だったジャクリーヌに対する嫌がらせに利用するのに絶好の相手だったのである。
「まったく、母さんのせいで……! ホント迷惑だったわ」
アリーが愚痴ると、一緒にお茶を飲んでいた先見の魔女のパメラが、声を上げて笑った。
パメラは占いのテントで会ってからしばらくして老衰で亡くなり、今は、イデン王国の男爵家の娘だ。やはり、以前の容姿を彷彿とさせる赤い瞳に、ふわりとしたプラチナブロンドの髪をしている。
二人は、同級生として再会した。
それで約束どおり、アリーはパメラにお茶をご馳走になっているわけである。校内のカフェテリアで。
「そういえば、レオニーの話が途中だったね。あのときは時間がなかったから、全部話すのは無理だったのさ」
パメラが前世の話し方になったので、アリーが「言葉遣い……」と小声で指摘すると「おっと、いけない」とおどけて舌を出した。
「若い身体は久しぶりだから、どうも慣れなくて。そうそう、レオニーは、最後の世では魅了を使わなかったのよ。それを伝え忘れてたの」
「えっ? 父に魅了をかけたのかと思ってたわ」
「魅了をかけた相手の子は産まないのが、レオニーの信条だったのよ。愛し合った人とでないと子どもがかわいそうだから、って。やりたい放題な女だったけど、そういうところは律儀なのよ」
アリーは、ジェラルドの冷たい態度を思い出して戸惑った。にわかには信じられずに、ボージェの屋敷での暮らしぶりをパメラに説明する。
「……ってわけで、宮廷の伝手と義妹のデビュタントのために政略結婚させられたのよ?」
「執事のギヨームさんは純愛だと言ったんでしょ? 行方を捜している途中でレオニーの寿命が尽きたんだから、本当に惑わされていたなら孤児院までたどり着けなかったはずよ」
「それは……」
そうなのだ。
魅了にかけられた本人か、かけた魔女が本当の死を迎えれば、術は解ける――。
だから、母を見つける前に捜索を中断していてもおかしくはないのだ。
「自分で見たこと聞いたことが、すべて正しいとは限らないわ。父親に政略結婚の妻がいたなら余計にね。私から見れば、宮廷の伝手だなんて妻への言い訳よ。愛した女との子どもを引き取って、しかるべき教育を受けさせ、きちんとした家に嫁がせたい。親心なのよ。その相手が男色だなんて知らなかったはずだし、あのままアリーを家に置いても妻や分家に虐げられそうじゃない。そうでしょう?」
「わたくしに無関心だったのも、義母や義妹の嫉妬を煽らないためだったと言うの?」
あんなに傷ついたのに――腑に落ちなくて、しゅんと俯く。
パメラが「親だって、未熟な一人の人間なのよ」と慰めた。
「まあ、アリーは、まだ若いからね。いずれ、わかるようになるわ」
まだ大人になったことがないお子ちゃまだと揶揄われて、それもそうだとアリーは自分を納得させた。
「そうとは知らず、父を失脚させちゃったわ」
「子どもには反抗期がつきものでしょ。それに経営から退いたって会社が無事なんだから、今頃は株式の配当金をもらって左うちわで暮らしてるってば。気にしない、気にしない」
「でも……」
「それにね、頑張って復讐したあの王太子だって、どうせ今頃、どこかで生まれ変わって青春を謳歌してるわ。意味ないのよ、復讐なんて。輪廻の輪が一つ巡るだけ。もうわかったでしょう?」
魔女の大先輩パメラが、自身の人生三百年の重みを感じさせるようなセリフをあっけらかんと言う。
長い人生、これしきの事を気に病んでいてはやっていけないのだと諭されているような気がして、アリーは、もう何も言わずにチキンサンドを口に運んだ。
「せんぱ~い、お待たせしました」
金髪に緑色の瞳をした令嬢が、ふにゃっと人懐っこい笑顔を浮かべて優雅な足取りで近づく。国王ジェロームの娘、結びの魔女のエステルだ。
「遅い、遅い。休憩時間が終わっちゃう」とパメラ。
王女に対してずいぶん砕けた口調だが、カフェテリアは雑然としているので、本人たちにしか聞こえていない。
それに、前王マリウスの崩去後、新王のジェロームが行った改革により政治の実権は議会へと移り、貴族の特権が廃止されて、以前よりも王侯貴族と平民の垣根が低くなっているのだ。金銭による爵位の乱発で、今や貴族自体がめずらしいものでもなくなっていた。
さらには、改革後に内情の苦しい領主たちから領地の返還が相次ぎ、あのブルール領もフォルジェ家当主となったローランの手により国に返還されている。
「生徒会長につかまってしまって」
エステルは、アリーの二歳年上なので、今年で十八歳になる。最終学年を生徒会の副会長として過ごしていて、かなり多忙なのだ。
年上なのに「先輩」と慕ってくれるのは、アリーがドゥフェ伯爵夫人の取引に応じたからだ。
――わたくしが死んだあと、エステルの力になってあげてほしいの。
アリーも新米魔女なので彼女の力になっているのかどうかは怪しいのだが、さっぱりとした性格のエステルとは自然と仲良くなった。
エステルが、ぽすんとアリーの隣に座って、予め注文しておいたアイスティーをゴクゴクと飲む。
「あー、生き返る!」
今日は初夏にしては暑い日なので、喉が渇く。
「そういえば、アリーは来月、誕生日よね。招待状は用意できたの?」
不意にパメラが思い出したように尋ねた。
アリーは、また夏に生まれた。今度はちゃんと日にちがわかる。それに、こうして学校に通うようになって友人もできたので、今年はバースデーパーティを開くことにしたのだった。
「うん。二人にもあとで渡すわね」
「楽しみ! でも、ねぇ? 私たちよりも……」
エステルがアリーを肘でつついた。
パメラも意味ありげに顎をしゃくって、カフェテリアの一角に視線を移す。
「早く渡しておいでよ」
「う、うん」
アリーは、二人に追い立てられるように立ち上がり、端っこの席で参考書を手に炭酸水を飲む令息のもとへ向かった。
レオン・ペイル。
彼は商業を学ぶため、週に何度かアリーと同じ選択授業を受けている。
艶のある黒髪、青空のようなブルーの瞳――――。
アリーが先代の結びの魔女に望んだのは、自身とレオンとの魂の結びだった。魔女の命が尽きるまで、来世以降も出会えるように。
遺言の一文『お許しください。愛する人のそばにいたいのです』とは、レオンに会いたいという意味で記したものだ。
孤児院のことなど、もう憶えてはいないはずだ。もちろん、アリーのことも。
だけど、彼はあのレオンなのだ。
「あの……ペイルさん」
緊張しながらも声をかける。
参考書を読んでいたレオンが、弾かれるように顔を上げた。
「オールステットさん?」
「えっと……皆と同じようにアリーと呼んでもらえると嬉しいのだけど」
馴染めない呼び方に思わず異議を唱えると、レオンは「じゃあ、オレのこともレオンでいいから」と言う。
「レオン……」
小さく呟いた声に「何?」と返事をされてドギマギする。
「あ、あげる」
咄嗟に制服のポケットに手を突っ込んで取り出したものが、レオンの掌に転がった。赤い包み紙のキャンディだ。
アリーは、あっ、と息を吞む。渡そうとしていた招待状は、反対側のポケットだったのだ。
「ありがとう。これ、小さい頃から好きなんだ」
キャンディの包みを解きながら、なんだか懐かしい感じがする、とレオンは笑顔になった。
「私も……私も好きよ。ずっと好きなの」
堪らずアリーは涙ぐんだ。
憶えているはずがない――。
だけど、それでいいのだ。
再び離れ離れになってもきっと、また巡り合う。
そう、何度でも。
「あ、あれ? どうしたの」
レオンは、涙目のアリーをあたふたしながら自分の向かいの席に座らせて「そんなに好きなら、今度、袋ごとプレゼントするよ」と宥めている。
無事に招待状を渡せたのは、それからもう少しあと……休憩時間が終わるギリギリ一分前のことだった。
そして二人の今世は、ここから始まる――。
これにて完結です。
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