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愛を知らない魅了の魔女は、王太子に復讐する  作者: ぷよ猫


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24 アリー、復讐する

 ドゥフェ伯爵夫人のお茶会から一週間後、秋の深まりを感じさせる冷たい風が吹く夜に、アリーはリオネルに会うべく身支度を整えていた。

 いつものホテルへ向かう直前で遺書を用意していないことに気づき、少し考えてからサラサラとペンを走らせる。


『お許しください。愛する人のそばにいたいのです』


 ふふっと笑う。

 

(なかなか情熱的じゃない?)


 あたかも愛に殉じるような内容に満足する。

 アリーはそれを宛名のない封筒に入れ、ハンドバッグに忍ばせた。

 

 ホテルの部屋の扉を開けると、既にリオネルはいた。

 寝不足なのか目の下に隈を作り、頬がげっそりとこけている。虚ろな顔をして、疲労困憊といった有様である。


「どうなさったのです? 顔色が悪いですよ」


 ソファでぐったりしているリオネルに問いかければ、彼は寂しげに微笑んだ。


「父上と言い争ってしまってね。いつもそうなんだ。政策のこと以外にも、浮気する暇があるならもっと王太子妃を大切にして、世継ぎを早く儲けろと責められる。とうとう昨日は『お前は王太子にふさわしくない』と臣下の前で激昂されてしまった」


 臣下の前でとは穏やかではない。国王マリウスはリオネルを廃太子する意向だと示したようなもので、ただの親子喧嘩ではなくなってしまうからだ。


「今頃、大臣たちは『ドゥフェ伯爵に立太子の可能性がある』と動きを活発化させていることだろう」


「政策のことはともかく、浮気はアルエ公爵夫人の仕業であることを陛下に訴えなかったのですか?」


「訴えたところで、父上は叔母上に甘いから信じないさ。証拠がない、とね。そういう人だ」


 リオネルはグラスに酒を注ぎ、一気に煽った。


「ローランも去っていった。自分からね。彼は、私のことよりも自分の復讐のほうが大切なんだよ。そのために生きていると言ってもいい」


 その算段がついたようだ、と緑の瞳が潤んだ。俯き、はらはらと涙を流す。


「ローラン様が自分から……」


「私にはもう、失うものなんて何もないんだ。あるのは絶望だけさ」

 

 アリーは、憔悴しているリオネルの両頬を挟んで顔を上向かせた。


「ですが殿下、その絶望も今日で終わります」


 魅了の瞳で見つめられたリオネルの顔が赤くなった。アリーの両手を包み込み「ああ、そうだったね」と何度も頷いた。


「そうですとも。殿下お一人の犠牲で、すべては丸く収まるのです。ジャクリーヌ妃と円満にお別れができます。男色の男の妻だと公になることもありません。これで両国の平和も保てますわ」


「ああ……そうだ」


「今後は殿下の火遊びのために、アルエ公爵夫人に目をつけられるご婦人もいなくなるのですよ」


「……そのとおりだ」


 リオネルは、懐から薬瓶を二本取り出してテーブルの上に置いた。小瓶は、眠るように死ねるとは思えないほど毒々しい赤紫色の液体で満たされている。


「それが例の毒ですか」


「世の中には、『薬の魔女』という者がいるらしい。本当に魔女がいるだなんて信じちゃいないがね、報酬次第で毒薬でもなんでも作るという話だ」


 その魔女の薬を伝手をたどって取り寄せたという。

 運命を共にしてくれる君を苦しませないために――そんな配慮を口にされても、アリーの心はいささかも揺らがないのだった。


「何か飲むか?」


 緊張していると思われたのか、リオネルに酒を勧められる。


「そのブランデーを一口」


 先程リオネルが飲んでいたのと同じ酒瓶を指さす。

 グラスを差し出すリオネルは、さっきまで泣いていたのが嘘のように、すっかり落ち着きを取り戻している。

 アリーは、ブランデーを飲み干してから薬瓶を手に取った。


「はい、()()()


 リオネルは、こくりと頷き、手渡された毒薬を飲んだ。

 確実に飲み込んだのを確認してから、アリーも薬瓶の蓋を開けた。


 きっと、こんなことをしてもレオンは喜ばない。だけど、そうぜずにはいられないのだ。

 レオンを軽んじた人々に、一泡吹かせることができるなら。

 結局、こんな方法しか思いつかなかった――――。


 毒薬は、少し苦い。

 アリーは、ハンドバッグから赤い包み紙のキャンディを二つ取り出して「口直しですよ」と、一つをリオネルに渡し、もう一つを自分の口に含んだ。

 刹那、昔風邪を引いたとき、薬湯の口直しにレオンがキャンディをくれたことを思い出した。

 ああ、甘い――。

 アリーは、リオネルの手を引いてベッドへ連れていく。

 手を引かれながら、リオネルは尋ねる。


「君は、どうしてこんなことまでしてくれるの?」


 今さらの問いに、正直に答えることにする。


「復讐のためですよ。わたくしは孤児です。殿下は、入隊して間もない少年の見習い兵をブルール領の暴動の収拾に当たらせました。そのせいで亡くなった孤児のなかにレオンがいたのです」


「それは君の特別な人なのか?」


 二人並んでベッドに横たわった。

 

「はい。わたくしには、レオンだけでした」


 アリーの答えに、リオネルは「そうか」と感情の見えない一言を発しただけだった。

 その素っ気ない返事のせいか、天井の白い壁紙を見上げながら、つい恨み言が口から零れた。


「孤児の命など、殿下にとって取るに足らないものでしょう。娘を政略結婚させるためだけに引き取った父や、金のためにローランに妻を娶らせたブラン伯爵も殿下と同じ種類の人間です。けれど、わたくしにとっては、殿下の命こそが取るに足らないものでした」


「……私は自分のことを父上に次いで尊い人間だと思っていたのだよ。たとえ王太子失格だと言われようが……だけど不思議だ……君に言われると、私など……いなくなった……ほう……がいいのだ……と……気分……なるか……ら…………」


 リオネルの呂律が回らなくなった。

 やっと薬が効いてきたのだ。

 眠るように、というのは本当だったらしい。

 そのすぐ後で、アリーの視界も朦朧とし始めた。

 まだ口のなかに残っているキャンディを舌で転がす。

 甘い、甘い……甘い。

 ふいにレオンの面影が脳裏に浮かび上がった。キリッとした太眉にかかる黒い前髪。雲一つない晴天のような青い瞳。

 アリーの意識は、その空に吸い込まれていき――――消えた。

 

 

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