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愛を知らない魅了の魔女は、王太子に復讐する  作者: ぷよ猫


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15 レオンの手紙

本日3回目の投稿です。

 アリーがレオンと交わした手紙は、たったの二通だ。

 ブルール領は遠くて配達に時間がかかる。しかも、アリーは刺繍工房で残業して郵便代を捻出していたので、月に一度が精いっぱいだった。

 アリーがしたためた二通目の返信を、レオンは読んだだろうか。

 今となっては届いたのか、届かなかったのか、それすらもわからない。

 身一つでボージェ家に引き取られたため、アリーの手元にレオンの手紙はない。けれども一言一句、記憶している。


『親愛なる アリー

 お元気ですか?

 こちらは元気にしています。

 養父はロイクさんというブルール領の騎士で、厳しいけれど優しい人です。

「瘦せすぎだ」と言って、お腹いっぱい食べさせてくれます。

 ケガもしていませんので安心してください。

 また手紙を書きます。  レオンより』


『親愛なる アリー

 お元気ですか? 

 こちらは何とかやっています。

 先日は、初めて合同演習に参加しました。

 ブルール領は広いので、いくつか軍の拠点があるのです。

 同い年くらいの見習い兵もたくさんいます。

 そういえば、ドニに似た兵士を見かけました。

 孤児院が懐かしいです。

 アリーに会いたい。 

 また手紙を書きます。  レオンより』


 アリーは、手紙の内容を何度も反芻しながらキャンディの赤い包みを解いた。


 アリーに会いたい。

 アリーに会いたい。

 アリーに会いたい。


 アリー……。


 もう誰にも呼ばれなくなってしまった本当の名前を、飴玉と一緒に舌の上で転がす。


(甘い……)


 それは幸せの味だったはずだ。けれど、レオンを思い出すときだけは、アリーの胸は締めつけられるように痛むのだった。



 ダヤンにブルール領の調査を頼んだ日、領主様たっての願い――というレオンの言葉に引っ掛かりを覚えたアリーは、孤児院があるロア伯爵領について調べた。

 ブラン伯爵領の川を隔てた奥隣りにあり、王都からは馬車で半日ほどの距離だ。

 先代のときに河川工事を共同で行った縁で、ロア伯爵の妹がブラン伯爵の弟に嫁いでいる。

 それがローランの両親、前フェレリ男爵夫妻である。

 

(ローランの母親がロア伯爵家の令嬢……つまり、両家は縁戚関係なのだわ)


 ロア伯爵が、ブルール領の兵集めに協力しても不思議ではなかった。


 アリーは、ダヤンを待っていた。

 レオンの養父だというロイクにも話を聞いてくるはずだ。

『厳しいけど優しい騎士』は、もしかしたら上層部のやり方を快く思っていなかったのではないか。

 わざわざ院長宛てに訃報を届けたのは、ロイク個人の判断なのではないか。

 ブルール側からすれば、正規の兵だけで騒ぎを鎮められず入ったばかりの見習い兵が出動したことは汚点になる。できれば隠しておきたかったはずだ。

 それを敢えて教えたのは、ささやかな反抗心の現れではないか。

 アリーは、そんな気がしていた。

 

 アルエ公爵の夜会の一週間前にダヤンが帰ってきた。


「戻りが遅くなり申し訳ございません」


 当主のブラン伯爵に挨拶をしてから隣領のロア伯爵邸と孤児院に寄り、ブルール領に向かったという。

 そのブルール領は、ブラン伯爵の嫡男カミーユが領主代理をしている。


「ご苦労様。面倒なことを頼んでしまって、ごめんなさいね」


「いいえ、これしきのこと。アリアンヌ奥様にお仕えできることこそ、私の喜びでございます」


 しばらく傍を離れていたというのに、アリーを見つめる思慕の瞳には少しの変化もない。覚醒時に得た知識として知っていることとはいえ、実際に目の当たりにすると、自分でかけた術の強力さに改めて感心するのだった。

 アリーは、夕食後、使用人たちが下がってからダヤンの報告を聞くことにした。

 誰も使っていない前男爵の執務室にある応接用ソファのローテーブルに、自ら淹れた二人分のハーブティーを置く。

 向かい合わせに腰を下ろしてから「それで?」とダヤンを促した。


「概ね、予想通りでしたよ。ブルール領では、縁戚の領地から孤児たちを集めて見習い兵にしていました。あの孤児院からはレオンさんの前にもヤニクさん、トビさん、サシャさんの三名がブルール侯爵家の騎士の養子となっています」


「ヤニク、トビ、サシャ……」


 レオンの一つ年上の孤児たちの名だった。

 アリーもよく憶えている。

 立て続けに出ていったので、彼らに懐いていた年少の子たちが大泣きして大変だったのだ。

 院長は、どこの誰に引き取られたかなんて細かな発表はしないから、アリーたちにわかるのは、農家か、裕福な家なのか、そうではないのかくらいのものだった。

 レオンのことも、あの日、本人に打ち明けられなければ兵士になったとは知らなかったはずだ。


(まさかブルール領で見習い兵になっていたなんて……)


 アリーは驚き、本人たちの意志とは関係なく無理やり攫っていくようなやり方を酷いと感じた。

 しかし、貧民の少年のなかには兵士となることに希望を見出す者もいて、どんなに憤っても違法とまでは言えないのだ。

 

「ロイクさんにも会いました。養子縁組は上司命令だったそうです。その強引なやり方に不満を抱いていたようで、三年前に起きた暴動のことを教えてくれました」


「何かあったの?」


「指令部は、最初から経験の浅い見習い兵たちに鎮圧を命じたんです」


 それは、こちらの予想とは違う部分だった。レオンは兵が足りなくて致し方なく出動したのではなかったのだ。


「それは、過去にもあったことなの?」


「いいえ、三年前だけです。見習い兵に経験を積ませることが目的だと、そう説明されたそうです」


 それは口実だった。

 ダヤンがそれとなくブルール侯爵邸にいるカミーユに探りを入れたところ、軍の被害を最小限に抑えるべきだと助言した者がいたのだという。


「軍の被害を最小限にということは……孤児の見習い兵は、被害のうちに入らないということなのね?」 


 孤児なら死んでも誰も文句は言わない――――いつぞやのダヤンの言葉が思い出された。

 その瞬間、アリーは目の前が真っ暗になった。


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