14 舞踏会の招待状
本日2回目の投稿です。
アリーは、怒りでどうにかなりそうだった。頭がクラクラする。
(使い捨て……)
ティーカップが、ガチャンと乱暴な音を立ててソーサーに置かれた。幸いヒビは入っていないようだ。
アリーの悪鬼の形相に気づいたダヤンが顔を青くした。
「お、憶測ですよ、憶測。気になるならお調べしましょうか?」
「……お願いできるかしら?」
アリーは震える声で答えた。
「お任せください、アリアンヌ奥様」
ダヤンが跪き、請け負った。
アリーは、一口紅茶を啜った。
「それから、ダヤン。あなたの知っていることをすべて教えてちょうだい」
その声は、もう震えてはいなかった。
※※
夫のローランが屋敷に顔を出したのは、ダヤンがブルール領へ出発してから二週間後のことだった。結婚から数か月が経ち、間もなく春になろうという頃になってやっとである。それまで、一度も会うことはなかったのだ。
「あれ? ダヤンは?」
ローランが、優秀な執事をキョロキョロと探し回った。
「定期報告を兼ねてブルール領へ行っています」
アリーが答えるとローランは納得した様子で食堂の椅子に腰かけ、メイドの淹れた紅茶を自然なしぐさで口に運んだ。
「ああ、もうそんな時期か。ダヤンは毎年、伯父上と次期当主である彼の長男に挨拶に行くのさ。君も、もう知ってるんだろう? ダヤンは伯父上が寄こした男爵家の監視役なんだって」
「監視ですか。補佐ではなくて?」
「監視だよ。なんだかんだ言って、僕が勝手なことをしないように見張ってる」
ローランが自嘲めいた笑みを浮かべた。
なるほど、そういう見方もできなくはないとアリーは思う。
「ダヤンが補佐に就いたのは、ご両親がお亡くなりになったからですよね?」
「そうだよ。僕は十四歳のときに、伯父上が後見人となって男爵位を継いだんだ。それからダヤンがやってきて、家のなかを仕切りだした。だから、僕よりもこの家のことには詳しいよ。どう? この家の居心地は」
「今のところ、不自由はありません」
「それはよかった。ボージェ男爵の機嫌を損ねずにすみそうだ」
ローランは、心底ホッとした表情をして焼き菓子の皿に手を伸ばした。
バターがふんだんに使われたサブレは、孤児院に差し入れられる硬いビスケットよりも、はるかにさっくりとしていて風味豊かだ。
(その言い方! そりゃ、お父様の機嫌を損ねれば、援助に影響するものね)
苛立ったが、ここで喧嘩をしても仕方がない。黙ってやり過ごすことにして、アリーもサブレを味わう。
「今日は、ダヤンに用があったのですか?」
わざわざ訪れたのだから重要な案件だと察して水を向けると、ローランが思い出したように封書を差し出した。
「来月、アルエ公爵夫人主催の夜会が開かれるんだ。これはその招待状。断れないので夫婦で出席しなければならない。準備があるだろうから、早めに伝えておこうと思ってね」
アリーは招待状を手に取り、鷹の紋章の蝋印をまじまじと眺めた。
アルエ公爵の妻は、現王マリウスの妹にあたる。彼らの息子は、王太子リオネルに次ぐ王位継承権二位の地位にあり、王家に最も近い家であった。
「わたくし、社交デビューはしていないのですけど……」
籍だけの妻と聞いて、社交場に出ることはあるまいと油断していた。不意打ちを食らい、夜会のマナーも覚束ないアリーはつい及び腰になった。
「社交デビュー前に結婚する女性の場合は、結婚式が実質的なお披露目ってことになるよね。だけど、僕たちの式は身内だけだったから」
ひっそりとした式だったのを嗤うように言う。
「でも、まあ、この夜会が社交デビューだと考えるのも悪くはないよ。王家の夜会に次いで格式があるから、王宮のデビュタントボールを諦めた令嬢たちが次に狙うのがアルエ公爵家の夜会なんだ。それでも狭き門だけど」
「フォルジェ家は、アルエ公爵家と親交があるのですね」
「伯父上はあると思うけど、今回は、僕の愛人が手配したので家は関係ない。僕の結婚相手を見てみたいから連れて来いってさ。困った人だ」
「ああ、あの大……」
大物の……と言いそうになって口を噤んだ。
「とにかく、ちょっと顔を見せるだけだから頼むよ」
ローランは、用件はそれだけだと腰を上げた。
屋敷を去ってゆく夫の後ろ姿に、アリーは「承知しました」と呟いた。
どうせ断れないのだから、腹をくくるしかない。
それからアリーは、皿に残ったサブレを食べながら夜会の準備について考えた。
ドレスの手配やダンスの練習、マナー教師に確認しなければならないこともある。はっきり言って憂鬱だった。
(愛人の妻の顔が見たいんですって?! 悪趣味だわ)
その大物は、一体、ローランのどこをお気に召したというのだろう。
蜂蜜のような金髪も静謐な湖のように深いブルーの瞳も、確かに美しいと思う。けれど、高位貴族には取り立ててめずらしいものでもない。
初対面から悪印象しかないアリーには、ローランの魅力がまったく理解できなかった。
「ローラン様の愛人……か」
魅了してみようか。
邪な考えがふと芽生え、アリーは慌てて頭を振った。




