最終話 悪い夢の終わり
再び、辺りは暗闇となる。傍に死神さんが居るので、もう不安は無い。昔に観た、古い映画の「ネバーエンディング・ストーリー」を思い出す。あの映画で終盤、主人公の少年は闇の中で、幼い女王から言われるのだ。「始まりは、いつも暗いものよ」と、そんな台詞を。
「さて、勝利者インタビューなんかは無いから、速やかに貴女の願いを叶えるわよ。前にも説明したけど、貴女が大きな願いを叶えれば、世界は新しく再構成される。それで、イベントで亡くなっちゃった人達の死もリセットされるわ。一応、最終確認があるから手続きを済ませて」
死神さんの説明の後に、玩具のコウモリみたいな空を飛ぶ存在が現れた。そのコウモリが、「そんな事をすれば社会が変わってしまいます、よろしいですか?」と、繰り返し尋ねてくる。
「そんな事をすれば社会が変わってしまいます、よろしいで……」
言いかけたコウモリが吹き飛ぶ。私が、出現させた散弾銃で撃ち落したからだ。「聞き飽きたわよ、馬ぁ鹿」とコウモリの残骸に吐き捨てる。
「うん、手続き終了ね。じゃあ貴女の、魂のレベルを上げるわ。それで貴女の願いは叶えられるからね」
私の魂に、光が入ってくる。そして今、私は死神さんの心が分かった。人間の何倍も長く生きてきた彼女が、これまで強いられてきた理不尽、今も抱えている苦悩が分かる。種族など関係ない。彼女が言ってた通りだ、私と死神さんの立場は良く似ていた。
「ねぇ、死神さん……私の願いを叶える前に確認したいんだけど。死神さんは、人間になりたいとは、思わない?」
もう私には、死神さんが何を望んでいるのか、心が読めている。この問い掛けは、言わば最終確認だ。
「……ええ、思うわ。もう、孤独に生きていくのは嫌。私は愛する人と一緒になって、生を終えたい……」
死神さんと私の目に、涙が光るのが分かる。私達は、何方からとも無く抱き合って、キスを交わした。
目が覚める。何だか長い夢を見ていた気がした。奇妙な夢で、まるで私が別の人生を生きていたような、そんな夢を。
「……今日は仕事が無かったわね。のんびりできるわ」
独り言ちながら、ベッドから出る。リビングに行くと良い匂いがした。彼女が既に朝食を作ってくれている。「お母さん、起きるの遅ーい」と、既にトーストに齧りついていた娘が私を笑う。まだ小学生に上がる前で、可愛い盛りだ。
「そうね、早起きの方のお母さんを、私も見習わないとね」
娘の頭を撫でながら、私はテーブルに座っている彼女を見つめる。少女のような声なのに、私よりも背が高く、何もかも私より優れている最愛の人を。彼女からプロポーズされた時は、本当に驚いたものだ。どうして私なんかを選んだのだろうと。
「どうしたの、そんなに私を見つめて。美しさに見とれちゃった?」
「……ええ、その通り。貴女なら、いくらでも相手を選べたはずなのに。ねぇ、後悔してない?」
「する訳ないわ。私の苦悩を理解してくれたのも、私の願いを叶えてくれたのも貴女だもの。自覚してないみたいだけど、そこが貴女の魅力なのよ。だから自信を持って」
そんなに大した事をしたのかなぁ、私。彼女が幸せなら、それが私の幸せだから良いけど。
「寝坊したお母さん、変な顔してるー。夢でも見たのー?」
「うん、何だか変な夢だったわ。私に恋人が居なくて、同性婚も認められてない世界があって。つまり、お母さんとお母さんが結婚できなくて、娘の貴女も居ない世界よ。怖かったわ」
「それは馬鹿な世界ね。同性婚が認められないなんて何十年前の話かしら」
私も座って、トーストやサラダを食べ、オレンジジュースを飲む。細やかな幸せが何故か、たまらなく愛おしい。こんな幸せを決して得られない、暗い夢の中での出来事を思い出す。あらためて怖くなって、ちょっと涙が出た。
「どうしたの、お母さん? 何処か痛い?」
「大丈夫よ……大丈夫。ちょっと悪い夢を見ただけ……」
「心配いらないわ。お寝坊のお母さんはね、夢の中で理不尽なゲームに苦しめられてただけ。娘ちゃんには難しい話かな。さぁ一緒に、泣いているお母さんを撫でてあげて」
彼女が、私達の娘を抱き上げて、私の近くに来る。娘は椅子の上に立たされて、そこから一生懸命、「痛いの痛いの、飛んでけー」と私の頭を撫でてくれた。そして彼女は後ろに回って、私の背中を撫でている。掌の温もりが、安らぎとなって私の中に伝わっていった。
悪い夢が消えていく。きっと世の中は、変わる時には一瞬で変わる。悪夢の中で苦しんでいた私。そんな私が幸せになるには、ほんの一瞬だけ待てば充分だ。