4 私達が押し付けられる理不尽(りふじん)なゲーム
死神さんは説明を省いてたけど、決勝の参加者は、事前に全員が何かしら能力を与えられている。自分では選べなくて、【体力二倍】や【銃の弾を無限に補充できる】といった感じだ。
しかし、どの能力も私には及ばない。銃を装備したドローンが、私の操縦で複数、施設内を飛び回る。日本では手に入らないような製品だが、ここは夢の中だから何の問題も無い。空中からの射撃に寄って、参加者が何人も倒れていく。
誰も私の居場所を捉えられない。その内、ドローンは撃ち落されるが問題は無かった。再度、売り場から銃を付けたドローンが、私の操縦で飛び出す。死神さんがアナウンスで言った通りだ。『売り場の品物は自動的に補充される』のである。無限に補充されるドローンを私は離れた場所から操縦して、銃で攻撃できるのだ。
脅威を感じたようで、何人かの参加者が団結して、私のドローンを撃ち落しに掛かる。別に構わなかった。私の真の狙いは、銃で参加者の数を減らす事では無い。私は操縦を自動モードに切り替えた。ドローンなど現実世界では触った事も無いが、夢の中では何でも可能だ。これで私が何もしなくても、ドローンは自動操縦で参加者を襲い続ける。
そしてイベントの参加者達は、決して私の居場所を捉えられない。と、死神さんの声が聞こえてきた。どうやらテレパシーで、離れた場所から私に話しかけてきているらしい。
「順調みたいね。一人で退屈でしょう? 少し、一緒に話そうよ」
退屈、という言い方が不謹慎すぎて、笑ってしまう。建物の中では凄惨な戦いが繰り広げられているのに。それでも実際、彼女が言う通りだった。
「ええ、ちょっと退屈。だけど、いいの? 死神さんって、球技の審判みたいな立場なんでしょ? 参加者の一人と話し込んでて、問題は無い?」
球技の審判という例えは、以前に死神さんが、そう説明していたのだが。実際には決勝の内容も決めてしまったのだから、イベントの企画や運営にまで権限が及んでいるようだった。人間界のイベントとは違うのだろうから、どうせ私に正確な状況は把握できないが。
「無いわよぉ、問題なんか。まあ一応、節度は保つけどさ。最初に説明したでしょ、『イベントにフェアプレーなんか、主催者側は求めてないのよ』って。このイベントの視聴者、と言うか、とにかく上の世界の存在は刺激を求めているの。人間界のボクシングや格闘技だって、客が求めるのは派手なKO劇でしょう? そういう刺激を得られるのなら、観客は細かい事なんか気にしないわ。そういう事よ」
格闘技には詳しくないので、そういうものかと思った。私は建物の中に意識を向ける。それだけで、私は中の状況を把握する事ができて、これも私に与えられた能力だ。参加者の数は、今や半数以下となっていた。中には男性も女性も居て、皆が懸命に戦い、胸に希望を持っているのだろう。そして、それらの願いは絶対に叶わないのだ。
「私が決勝の前に与えられた能力だけどさ。もう名前から凄いわよね、【理不尽な夢】っていう能力名がさ。ゲームのラスボスが持ってる能力みたい」
「もう、そのまんまよね。他の参加者達は絶対、貴女に勝てないのよ。だって此処は、貴女の夢の中なんだもの。だから、こうやって大掛かりなイカサマを仕組めるんだけど」
そう、そういう事らしい。例えば人間界の、サッカーでも何でもいいけど国際的な大会では、必ず何処かの国が開催地となる。そしてホームアドバンテージというのか、大会では開催地の出場国チームが、優勝する事が珍しくないのだ。自国で大会が開催されれば、それは有利な部分があるのだろう。まして、此処は私の夢の中だ。
「普通は、夢の中でのイベントって、誰の夢が開催地になるかは明かされないんでしょう?」
「もちろんよ。それを明かしたら、夢の持ち主が有利になりすぎるもの。私は貴女と一緒にイカサマを仕組むつもりだったから、話しちゃったってだけでさ」
ところで今、私は建物の中には居ない。家電量販店のビルの中では撃ち合いが続いていて、そして私は外の道路から建物を眺めている。空は晴天、良い天気だ。私の職場は、この家電量販店なので、街並みも含めて私は夢の中でありありと明確にイメージできた。外には私以外に誰も居なくて、車も何も動いていないのが夢ならではの光景だった。
決勝前のアナウンスで死神さんは、参加者が必ず建物の中に配置されるとは、一言も説明していない。私だけは建物の外に配置されている。別にルール違反では無いはずだ。
「死神さん、今さら確認するけど、私が攻撃される事は無いわね?」
「無い、無い。アナウンスで言った通りよ。『決勝が始まったら、この建物への出入りは禁止されるわ』って。建物の中から外部を目掛けて銃を撃っても、窓ガラスは割れない。弾丸であれ何であれ、建物の中から外へは行けないし、逆も同じ。如何なる形でも、建物への出入りは禁止されているわ」
そして私は、外部から建物の中のドローンを操縦して攻撃できる。理不尽も極まれりだ。世の中には、そういう理不尽な事がある。大国が小国を一方的に攻撃して、そして小国は大国の領土への反撃を許されない。核兵器での報復が有り得るからだ。私達は理不尽な社会の中で生きている。
「……あれ、死神さん!? いつの間に、私の隣に!?」
「あと五分で、決勝の終了時間が来るからさ。こっちに来ちゃった。優勝者が決まったら、願いを叶える手続きに移るからね。ここで一緒に、優勝の瞬間まで見届けましょう」
私は今、職場と同じスーツ姿なのだけれど、死神さんも同じ服装だった。と言うか、私が死神さんの姿を見るのは初めてだ。今までは暗闇が続いていたからだけど、決勝舞台の外は晴天で、おかげで陽に照らされた彼女の姿がハッキリ見える。
背が私より高い。声は少女みたいなのに、二十代の私よりも大人びている。細くて、それでいて出る所は出ていて。しなやかで綺麗な指が見えて、この指で私は可愛がってもらったのだと思うと頬が熱くなった。
「ほら、私に見とれてないで、建物の方に集中して。お望みなら、また後で可愛がってあげるから」
本当に心の中を読まれてるんだなぁと思って、言われた通り、建物へと目を向ける。まだ何人かのイベント参加者が内部に居る。そう知覚できて、攻撃を強めれば全滅も狙えそうだったが──どうしても、その気になれなかった。
「このまま、終了まで待つわ。それでいい?」
「ええ、それでいいわ。内容は貴女の完全勝利だもの、イベントの視聴者だって文句は言わないわよ。このまま、世間話でも楽しみましょう」
私と死神さんは並んで立っている。イベントの参加者と審判が、二人で会話してる状況って、どうなのかなぁと思ったが。サッカーの試合でも、選手と審判が長く話しているシーンをニュース番組で観た気がした。球技は良く知らないから、何を話しているかは分からないけど。
「ねぇ、こう思わない? 私達は──」、「理不尽な社会の中で生きている。そう言いたいんでしょ?」
言いかけた言葉を、死神さんに先回りされた。そのまま、死神さんが続ける。
「そうよ。人間の世界でも、そうじゃない私達の世界でも、似たようなもの。私達は不自由を強いられて生きている。理不尽なルールがあって、それを変えようともせず、押し付ける存在が居るのよ。声高な少数派って言うのかしら。多数の人間がルールを変えるべきだと思っているのに、声だけ大きい奴らが邪魔をして、多数派や声なき少数派の声を届かなくさせるの。そういう事が、人間界ではあるんでしょう?」
私は、ただ頷いた。死神さんが話を続ける。
「あれは何なのかしらね、馬鹿な権力者に阿ってるのかしら。とにかく、そうやって変わらない世の中で。今日も人間や、人間以外の私が苦しんでいるのよ。私も貴女も、この建物の中に居るイベントの参加者と同じ。決して勝ち目が無い世界で、理不尽を押し付けられる事を強制されているの。そんな社会を変える手段って何? イカサマしか無いじゃない」
「そうね……選挙でもテロでも、戦争を起こしても世の中は変わろうとしない。ひょっとしたら変わるかも知れないけど時間が掛かりすぎるし、犯罪行為はリスクがあるし戦争は大掛かりすぎるわ。イカサマが一番、効率的ね」
私と死神さんは、ちょっと笑った。そして、ちょっと泣いていたかも知れない。私と彼女が抱えてきた苦悩が、響き合う感覚があった。私には死神さんの、苦悩の内容も分からないのに。
「もうすぐ、イベントの終了時間よ。建物が爆発するけど、貴女や私には何の被害も無いから安心して。怖かったら、私の手を握っていいから」
死神さんが、そう言ってくれた。できれば建物から目を背けたかったが、それは卑怯な気がした。イカサマで勝つのなら、せめて最低限の責任くらいは果たしたい。懸命に戦った者達の最期を見届ける。それが礼節というものだろう。
終了時間が来た。青空から彗星が落ちてくる。彗星は建物に炸裂して轟音を立てた。思わず死神さんの手を握って、彼女が力強く握り返してくれなかったら私は立っていられなかっただろう。建物は一瞬、光って、すぐに姿を消した。
「おめでとう。貴女が優勝者よ」という死神さんの声が聞こえる。様々な感情が相混ぜになって、私は只々、死神さんから伝わる温もりを離したくなくて手を握り続けていた。