3 自信喪失からの復活、そして決勝開始
予選が終わって、いよいよ決勝が始まる……らしい。私は死神さんから、『あんまり時間は無いから、できれば予選の最中からアイデアを練っておいて』と、決勝の内容を考えるように言われていたけれど、何も思い付いてなかった。
どうしよう、どうしようと気が焦るばかりでアイデアなんか浮かばない。いつしか私は、死神さんから失望される事を恐れていた。どうして私なんだろう。私は天才でも何でもない。ただ世の中に深く、絶望しているだけの人間に過ぎないのに。どうせ適当に利用されて、都合よく捨てられるのだ。死神さんが言う『人間の世界』で、そんな扱いしか私は受けてこなかったのだから。
私は闇の中で、おそらくは他の参加者と同様に、一人で待機させられている。このままでは何も思い付けないと、私はパニック状態になっていて、だから近くに死神さんの気配を感じた時には殆ど泣きついていた。
「死神さん……ごめんなさい。貴女の期待に、私は応えられそうにないです……」
「あらあら。その様子だと、まだ決勝のアイデアは浮かばないみたいね」
「もう決勝まで、時間は無いんでしょう? どうか今からでも、他の人を協力者に選んでください、死神さん……」
「貴女も変わってるわねぇ。このイベントで負ける事を受け入れたら、人生が終わるのよ? ……私には、貴女が何を考えてるのか分かるけどさ。もう生き続けられないくらい、深く世の中に絶望してるのよね。よしよし、いい子だから落ち着いて」
死神さんが、私の頭を撫でてくれる。これまで暗闇の中では気配しか感じられなくて、自分の肉体の感覚すら朧気だったけれど、今は撫でられた事で温もりが感じられた。
「いや、あの、感触が気持ち良くて嬉しいですけど。でも時間が……」
「落ち着きなさいって。確かに時間は少ないけど、その辺りは何とかなるわ。ほら、この時計を見てて」
そう言うと死神さんは、何処からとも無く、アナログ式の目覚まし時計みたいな物を取り出した。蛍光塗料で光っていて、闇の中でも秒針が動く様子が見える。その時計を私に見せながら、死神さんは指をパチン!と鳴らした。すると──時計の秒針は、動かなくなった。
「え……一体、何が?」
「時間の流れを、遅くしたわ。正確には、ここは夢の中だから、私達の意識のスピードを百倍にしたの。簡単に言えば、私達は今、百倍のスピードで行動や思考ができるのよ。一種のチート技で、決勝の舞台で使う事は禁じられてるけど、これでアイデアを練るための時間は確保できたから安心して」
凄すぎて、私は言葉も無い。すると死神さんが近づいてきて、軽々と、お姫様抱っこで私を持ち上げる。え、と思う暇さえ無くて、私は見えないベッドの上に仰向けで寝かされたような格好になった。宙に浮いているのかも知れない。
「あの、死神さん。何を?」
「時間は確保できたからね。少し、貴女をリラックスさせてあげる。要するに貴女、私を信じられないんでしょ? 私だけじゃなくて、周囲や世界全体を信じられないのかな。まともな愛を与えられてこなかったのよね。貴女が望む恋愛というのも、世間では受け入れられないし、社会的な権利も碌に与えられない。いいのよ、隠さなくて。全てを私に晒して委ねなさい」
服を着ている感覚が無い。夢の中では、魂が裸のままで現れているのかも。私は足を開かされて、そこに苦も無く死神さんの手が滑り込む。死神さんは少女みたいな声の持ち主だけれど、指の動きは信じられないくらい素敵で、たちまち私は喘がされる。どれほどの経験を積めば、こうなれるのか想像も付かなかった。
「ほら、私の此処を吸って。母親から受けられなかった愛情を、私が与えてあげる。いいのよ。いっぱい、私に甘えなさい」
私は死神さんの胸に口を当てる。彼女は死神どころか、天使のように思われた。最初に彼女は『天使でも悪魔でも、死神でも好きに呼んで。そもそも私の立場って、その時に寄って変わるのよ』と言っていて、そういう事なんだろうと思った。
とろとろに私は、とろかされて、散々に可愛がられて仰向けのままノックダウンする。戦闘不能のボクサーみたいな私に、死神さんが添い寝をしてくれた。彼女は私と一緒に、このイベントの決勝の内容を考えてくれる。死神さんが色々と提案をしてくれて、それらがヒントになって私もアイデアを思いつく。そのアイデアの細部を彼女が詰めて、ようやく決勝の中身は完成した。
「ねぇ、死神さん……私を優勝させる事で貴女の望みも叶うって言ってたわよね? それって、つまり、私を篭絡して利用しようとしてるの?」
もう私は、死神さんに逆らえない。良く知らないけど、ドラマで頻出する展開じゃないだろうか。例えば金持ちのお嬢さんを、悪い男が誑かして、財産を目当てに結婚するような。目的が何かは知らないけど、それを達成すれば、死神さんは私を捨てるのでは? どうしても不安が消えなくて、それでも私は彼女の言う事を聞くのだと分かっていた。
「うーん、何て言ったらいいかしら。私、貴女の心が読めるのよ。だから不安の内容も分かるんだけど、私が言葉でどう言っても、貴女は私の心を読めないからね。だから信じられないって気持ちは理解できるんだけど、でも信じて。とにかくイベントで貴女が優勝すれば、全てが上手く行くから」
死神さんの説明に寄ると、私がイベントで優勝すれば、私は死神さんの心を読めるようになるのだそうだ。魂のレベルが上がるらしくて、そうなれば心配する必要も無いのだとか。そんな事を言われても、私が優勝した途端に殺されて、代わりに願いを叶えられたりする可能性はあると思うのだが。でも、もう、それでも良かった。
「ねぇ、何で私が、貴女に協力をお願いしたと思う? 貴女の絶望が深くて、話を持ち掛けやすかったからっていう理由もあるわ。でも一番は、貴女と私が似た立場だったからよ。そう言っても私が居る世界って、基本的に人間には理解できないような仕様だけどさ。つまりは単純に、私は貴女と仲良くなりたかったの。色々、話をしてみたい。そう思ってたわ」
「……私も、もっと死神さんと話したい。そのためにも優勝しないと。そういう事よね」
「ええ。私達の未来のためにも、邪魔者には消えてもらいましょう。さあ、決勝よ」
もう私は、ひょっとしたら人間の範疇から外れているのかも知れない。それくらい、何処か浮き浮きした気分で、私は死神さんが言う『邪魔者』を片づけるべくイベントの決勝へと向かった。
決勝の舞台は、誰でも知っているような家電量販店だ。ここは私の職場であり、夢の中で再現させやすかったというのが、舞台として選んだ理由である。十階建ての、このビルの中で決勝が行われる。
『はーい、準備は良いかしら? この建物の中で、制限時間は三十分。貴方達には、与えられた拳銃やナイフで、バトルロイヤル方式で戦ってもらうからね。支給された武器以外にも、店の売り場にある物は自由に使っていいわ。施設内には店員も居ないし、会計の必要も無いから。売り場の品物は自動的に補充されるし、どんなに派手に撃ち合っても建物の壁や内装は修復されるの。だから気兼ねなく、殺り合っちゃってー』
私達、参加者はテレビゲームのキャラクター風というのか、CGで描かれたような姿となっている。これは私が死神さんに提案した仕様で、生々しく血が飛び散るような光景を見たくなかったのだ。私達にはヒットポイントというのか体力が設定されてて、銃で撃たれても、そう簡単には死なないし体力の回復もできる。
『決勝が始まったら、この建物への出入りは禁止されるわ。何があっても、参加者が最後の一人になるまで建物からは出られないし、誰も外部から建物に入る事もできない。そして開始から三十分が経っても優勝者が決まらなかったら、建物は爆破されて、中の人間は全て消えちゃう。そんな終わり方は嫌よね? だから頑張って、自分以外の参加者を全員、倒して。参加者が一人だけ生き残ったら、その時点で優勝よ』
いよいよ、決勝が始まる。もう結果は分かっている。誰も私には勝てないのだ。
『では、もう面倒だから始めるわね。何か疑問があっても、説明はしないから精々、頑張って。じゃあ決勝、開始!』
施設内での、死神さんに寄るアナウンスが終わる。一階から十階まで、各階にバラバラに参加者がランダムで配置されて。たちまち銃の撃ち合いが始まり、夥しい弾痕が壁に刻まれていった。